その日の夜、すっごく落ち込んだ。
ただでさえ聖ちゃんに変なこと考えちゃうって沈んでいたのに、奏ちゃんにまで思ったのと違うことを言っちゃった。
そんな風に考えてないはずなのに、口からは心で思ってるのとは別のことが勝手に出てくる。
きっと怒らせちゃった。
ごめんねってメールをしても、お返事もくれなくて、罪悪感とよくわからない自分への不信に気持ちを沈ませて夜を過ごしたの。
朝になってもやっぱり奏ちゃんからは何にも連絡は来てなくて、また落ち込んだけど、学校に来ると予想してなかったことがあった。
教室の前に奏ちゃんがいて、
「放課後、あの公園で待ってて」
ってそれだけを言ってくれた。
それがどういうことなのかわからないまま、悶々とした一日を過ごして私は放課後になると奏ちゃんの言うとおりにあの公園についてた。
「…………」
初めて奏ちゃんとお話したベンチに座って、ぽーっと空を眺める。
(どういうことなのかな?)
一日悩んでたけど、答えなんて出るわけはなくて今も奏ちゃんの言葉の意味を考えてる。
(昨日、終わったらお話ししたいって言ってくれてた、けど)
伊藤さんと話すって言ってた。その後、話がしたいって。
だからきっと今頃はお話してるんだって思うけど……ここに来てって言ってくれたのはそのことでいいのかな?
けど……奏ちゃんのこと怒らせちゃったはずだし。
でもそうじゃなかったら他に理由なんてないと思うからやっぱりそのことのはずだけど。
(うーん………)
奏ちゃんの理由はわからないまま私はこうかなって思うだけで奏ちゃんが来てくれるのを待つ。
「………………」
けど、奏ちゃんはなかなか来てくれなくて
もしかしたらって……怖くて、いけないことまで考えちゃったけど。
太陽が沈み始めて、夕焼けが世界を赤くしていく中
「奏でちゃ……」
奏ちゃんはその太陽を背にしながらゆっくりやってきて、
「ふられてきた」
どこか清々しい笑顔でそう言った。
「えっ、っと………」
奏ちゃんの言ったことがうまくわからなかった。
聞いてた、よ。うん、ちゃんと聞いてたよ。
でも、
「何? その顔」
ぽかんとしたまま私は奏ちゃんが隣に座ってくるのを見る。
やっぱりその様子は今聞いたこととは結びつかなくて………
「撫子が言ったんじゃない。ふられてこいって」
「え!? わ、私、そんな、こと」
「言った。撫子にそのつもりがなくても、恋人のいる相手に好きって言えなんて、ふられてこいって言ってるのと一緒」
「っ………」
そう、なのかな? そんな、こと全然考えてなかったんだよ。自分でもどうして言っちゃったのかよくわからないけど、でも、そんなつもりじゃなかったの。
奏ちゃんのこと悲しませるつもりなんて………
「……撫子ってさ、からかいがいがあるのかないのかわかんないよね」
「え?」
「騙しやすそうなんだけど、余計なことまで考えちゃいそうだってこと」
「? ……え?」
ええと、つまり……ええと、嘘、だってこと……なの、かな?
なんて安心ともう一つ自覚のない感情を抱いて私は改めて奏ちゃんを見ると
「あ、ふられてきたのはほんとだから」
「っ」
あっけらかんという奏ちゃんにまたびっくりさせられた。
もう今度は嘘じゃない。
(本当に、本当のこと、なんだ………)
「ふぅ、ほんとからかいがいがありそうだけど、これじゃ話が進まなさそうだから、真面目に話すわ」
まだショックから抜け出せていない私に奏ちゃんは落ち着いた口調でそう言った。
(あ………)
本能的に場が重くなったのを感じる。
「仲直りは、した」
体をちょっとだけこっちに向けて、でもちゃんとは見てくれなくて奏ちゃんの心が揺れてるのを感じる。
「お、おめで、とう………」
って言っていいのかな。だって、その先をもう聞いちゃった、のに。
「ちゃんと謝った。酷いこといってごめんって、避けちゃってたのもね。ちゃんと言ったら許して、くれた。理由を伝える前さ。わらっちゃうよねー、何で言われたのかわからないのに許すなんて」
「そんなことは……ないよ」
「なんで?」
「喧嘩、してても、嫌われちゃったって思っても奏ちゃんのことはお友達って思ってるから、だよ。きっと」
自信なんてない、けど、言っていいことなのかもわからないけどそれはきっと本当のこと、だから。
「……かも、ね」
奏ちゃんも自分でそれがわかってるみたいに深くうなづいてくれた。
「……だから私も仲直りしたかったんだろうし」
言ってから奏ちゃんは軽く首を振った。
「……違うか、私の場合は」
私じゃなくて自分に言っているようなその理由、声にはしないけどわかる。
好きだから、気づいてなかったかもしれないけど好きな人だから喧嘩したままでなんていられなかった。きっとそういうこと。
「許してもらえたんだから、もうそこで終わりでもよかったはずなんだけどね。理由もちゃんと言った」
理由。
それは、今は伊藤さんを好きっていうことだ。
「ふふ、笑うしかなかったよ。ぽかーんとしてさ。何言われたか全然わかってなくて」
それは、普通そうなっちゃうって、思う。だって、お友達だと思ってた人にいきなり好きだなんて言われてもきっと戸惑っちゃう。
現実だって思えないかもしれない。
「私にそんなこと言われるなんて、思ってなかってことよね」
「っ」
奏ちゃんの言葉の響き。とっても痛く感じた。
奏ちゃんの言ってる意味わかる。
「わかってたし……っていうか、私だって気づいたのはこの間だから文句なんて言えないけど、ちょっと悔しかった、かな……はは」
わざとなのか奏ちゃんにはどこかふざけたような雰囲気がある。でも、それが上辺だけなんてきっと誰にもわかることで。
「あいつは、私の、こと……全然そういう目で見たことがないって、ことよね」
すぐに奏ちゃん自身すらだませなくなった。
その通りだって、私も思う。お友達以上に考えたことなんてきっとないっていうこと。
それは、多分当たり前のことなんだろうけど、でも、すごく、すっごく悲しいことだってわかる。
経験のない私でもそれくらいは想像できた。
「わかってたし、大体もう相手がいるんだから当たり前、だけど。でも……悔しくて……むなし、かった」
気づくと奏ちゃんはうつむいてて、掠れた声を出してた。
泣きそうに見える。
ううん、もう泣いているのかも。ここに来てくれるまでの間からすでに。涙は見せなくても心の中じゃ。
「結局、なんだったのかな。私の恋って。自分で気づきもできないで、気づいた時には手遅れで……告白しても、困らせるだけで」
(あ……ぁ)
泣いてるって気づくと途端に怖くなった。
(私の、せい………?)
今奏ちゃんが泣いてるのって、私のせい、なの?
「はぁ……ほんと、笑っちゃうね」
顔を上げた奏ちゃんは私じゃなくて正面を見てた。
対して私は奏ちゃんを見てるのに、見えないで自分のことを考える。
(私のせい……私のせいなんだ)
私が昨日変なこと言っちゃったから。言うつもりもなかったのに勝手なこと言っちゃったから。
ただ、謝るだけだったならちゃんと仲直りして、これからまたお友達になれたかもしれない、のに。
私の、せいで。
奏ちゃんのことを悲しませたくせに私は自分のことで罪悪感と恐怖を感じて
「ご、ごめんね……」
浅はかにそう口にしちゃってた。
「…………」
奏ちゃんがこっちを向いた。
目を細めて、感情の読み取れない瞳で私を見てる。
「私が変なこと、言っちゃったから……本当に、ごめん、なさい」
薄い言葉だって自分でもわかる。それに今更こんなことは意味ないよ。
だって、いくら謝ったって変わらない、もん。もう奏ちゃんと伊藤さんの仲が戻ることはないんだもん。
「ごめんなさい……ごめんなさい」
今苦しんでるのは奏ちゃんなのに、私は泣きそうになりながらそうやって繰り返した。意味なくても、謝るっていうこと自体悪いことのような気がしてもそれでも身勝手に謝ることしかできないの。
そんな私を奏ちゃんは
ムニ。
軽く、ほっぺをつまんできた。
「ふぁ?」
その小さな痛みが私に我を取り戻させる。
「なんで撫子が謝ってるの?」
(あ、れ?)
わけがわからないまま私は奏ちゃんを見返すと、奏ちゃんの様子がさっきとは全然違うことに気づいた。
そう、まるでいつもここでこうしてた時みたいに。
「だ、だって、私の、せいで」
それでも私は、まだ謝らなきゃって思ってて言おうとするけど
「うん。撫子のせいでふられたよ」
「だ、だから……私の、せい、だから」
ムニュ。
「ほ、ぁ?」
今度は両方のほっぺをつままれた。
「確かに、告白したのは撫子に言われたのがきっかけだし、今結構つらい。でも、私怒ってるなんて一言でも言った?」
「それは……」
言葉にはしてない、けど
「ここに来るまでは泣きそうだったし。さっきだって思い出して泣きそうだった。けど、怒ってなんかない。むしろ感謝してるくらいよ」
「……嘘」
だって、私のせいで悲しい思いをしたのに感謝、だなんて。
「……まぁ、確かにそこまでは割り切れないかもしれないけど、でもどっちが怖いかって話」
「こわ、い?」
「そう。怖い。昨日、撫子にそれでいいのかって言われて、ずっとそのこと考えてた。そしたらすごく、怖くなったの」
奏ちゃんは立ち上がるといいことを思い出すわけじゃないのに懐かしそうな表情になった。
「告白しなかったら、仲直りはできて、友だちにも、親友にも戻れたかもしれない。それで、前にみたいに楽しい時間は過ごせたって思う。でも、それって絶対に怖いことよ。自分の気持ちに嘘ついて、いろんなものを……二人が付き合ってるってことだって受け入れて、好きだって気持ちに整理をつけて。いつか……好きだったっていうことすらなかったことすら忘れるかもしれない。なかったことにするかもしれない。それって、もしかしたら楽なことなのかもしれないけど……それ以上にすごく怖いって思った」
くるりと奏ちゃんは私に向き直った。
「こうやってふられることよりもね」
「奏ちゃん……」
わかんないけど、わかる。ううん、わかっちゃいけないのかもしれない。でも、わかるの。
大好きっていう気持ちがまるで最初からなかったみたいになっちゃう。
(……怖い)
想像しただけで、体が震えちゃうくらいに怖い。もちろん告白するのだって勇気のいることなんだろうけど、それとは全然違う怖さなんだって私にもわかった。
「まぁ、そういうこと。だから後悔はしてない」
「……うん」
やっと私はそれに頷けた。
「あんたのおかげ」
奏ちゃんが私の手を取ってくれる。その暖かな感触を感じながら
「ありがとう。撫子」
瞳を潤ませながら屈託のない笑顔を見せる奏ちゃんを可愛く思った。