(どうしよう。どうしよう……どうしよう)

 どうしよう。

 頭の中がそれでいっぱいになる。

 聖ちゃんとお話ししなきゃって思ってたはずなのに、聖ちゃんに声をかけられた瞬間頭の中が真っ白になっちゃった。

 ううん、ほんとは最初から何も考えられてなかったのかも。

「撫子さん」

 聖ちゃんが近づいてくる。

 そのたびに私の胸は大きく跳ねて、聖ちゃんに向かって行くことも逃げることもできずにその場所にくぎ付けになるしかできなかった。

「は、ぁ……はぁ」

 聖ちゃんとはお話しなきゃいけないって思ってた。それは、それは本当に本当だけど、でもやっぱり私は昨日のことをキスをのことをどこか夢みたいに思っていたんだと思う。

 感触は覚えてるし、何度も何度もその光景は頭の中を駆け巡ったけど私は現実だって思いたくなくて。

 けど、聖ちゃんを見た瞬間にそんなのは私の都合のいい妄想に過ぎなかったんだって体が教えてくれる。

 震えてる。手も、足も。心も。

 聖ちゃんのことが…………怖くて。

「っ!!?」

 腕を掴まれた。

「あ、の……?」

 それがどういう意味か分からなくて、掠れた声で聖ちゃんのことを呼ぼうとする。

 何? なに、するの?

 ちょっとでもよく考えれば、ここは朝の廊下で私が心配するようなことはあるはずないって思うけど。そんなの考える余裕があるわけもなくて、聖ちゃんがさぐるように私のことを見てることすら気づけない。

「昨日は」

「っ!」

 聖ちゃんの口からその言葉が出てくるだけで心臓がドクンってなった。

「………ごめんなさい」

「っ……」

(え………)

 でも、聖ちゃんの口から出てきたのは予想できていなかった言葉だった。

 その声の響きにつられて私は、聖ちゃんのことをようやく見ることができてまた別の意味で驚いた。

 聖ちゃんは本当に、心の底から申し訳なさそうな顔をしてた。

 表情だけでこんなに感情が伝わってくるんだって思うくらいに切ない顔をしてる。

「あ、え、と………」

 それだけで私は毒気が抜かれたような感じになって、ちょっとだけ緊張が解ける。

「わ、たしの、ほう、こそ……突き飛ばしちゃったり、なんか、して、ごめん、ね?」

 聖ちゃんにつられるようにして、キスをされちゃったこととは別に気になっていたことを聖ちゃんに伝えた。

「ううん、いけなかったのは私のほうだもの。全然平気よ」

「あ、りが、とう」

 あれ? こんな風なことっておかしくないの、かな? キスをされちゃったのにこんな風にお話できるんだ。

 今聖ちゃんと話してる自分が他人みたいに遠く感じる。

「それでね、撫子さん」

「う、ん」

 あ、聖ちゃんが私のこと、見てる。言いし得ない想いを感じさせる潤んだ瞳で。

「ちゃんと、撫子さんと話しがしたいの。いいかしら?」

「う、うん」

 きっとさっきまでの私なら頷いてなかった。でも、今は聖ちゃんにつられるように言葉が出ちゃう。

「ありがとう。それじゃあ………」

 聖ちゃんは安心したよう表情になってから、また一歩私に近づいて

(あ………)

 昨日と同じように顔を近づけてきた。

 ただ、それは当たり前かもしれないけど私の唇に近づくんじゃなくて、顔と顔がすれ違って。

「放課後、あの音楽室に来て」

「っ!!」

 耳元で、囁かれた声にゾクゾクって背筋を震わせた。

「う、うん」

 私はどこかまで呆けたまま、頷いていた。

 私からは見えないところで聖ちゃんがまるで獲物を捕らえる動物のような表情をしてることにも気づないで。

 

 

 自分でも意外っていうか、もしかしたら聖ちゃんが謝ってくれたからっていうのが大きいのかもしれないけど、その日私は思いのほか普通に過ごせた。

 完全にいつも通りっていうわけじゃないけど、朝奏ちゃんと話した時みたいに誰からも挙動不審になるようなことはなかった。

 もちろん、聖ちゃんのことは気になってるし、放課後のことは不安。

 謝ってはくれたけど、それは本気だって思うけど、どんなつもりだったのかはわからないまま。

(普通、キスは好きな人と、するもの、だよね)

 一番の好きな、人と。それ以外で、なんて考えられな

(そう、いえば………)

 私はあることを思い出した。

 初めて聖ちゃんとちゃんとお話をした日。

 今日みたいに音楽室に呼び出されて、

(あの時、聖ちゃんは…………)

 私、キス、しようとして、た……?

 自信を持ってそう思えないけど、でも……そうだった気がする。

 あの後、全然聖ちゃんとそういうことはなかったから冗談のように思っていたけど、ううん、勝手に変換しちゃってたのかもしれないけど。

 あの時、聖ちゃんは本気でキスをしようとしてたんじゃ………?

(どうして、かな?)

 だってキスをするってとても大切なことなのに、聖ちゃんはきっとあの時私のことなんて全然好きじゃなかったはずなのに。

(他にも、何か言ってた、ような……?)

 初めてのあの場所でキスをされそうになっただけじゃなくて、他にも何か言ってたような気がする。ちゃんと考えれば、すごいことを言ってたような気がするけどうまく思い出せない。

(聖、ちゃん………)

 不思議な人。

 お話しするようになる前からそう思ってて、お友達になったあともやっぱり他の誰とも違うような気がしてた。

 けど、それがどうしてか全然分からなくて、わからないまま、昨日………あんなことになっちゃった。

「はぁ、………」

 聖ちゃんのことを考えるとやっぱり胸が苦しくなる。体が震えて、運動もしてないのに百メートルくらい走ったようなそんな疲労すら感じて、けどこれをどうにかするには聖ちゃんに会いにかなくちゃいけない。

 だから、私は

「んく……」

 ドキドキする胸を抑えて、聖ちゃんの待つ音楽室のドアに手をかけた。

 

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