ドキドキ、してる。

 私は高鳴る胸を抑えながらふかふかした青い絨毯の上を歩いて中に入っていく。

 足元がしっかりしてないっていうだけで、なんだかとっても不安。ううん、不安に思ってるから普段は大丈夫なこの場所でもこんなに心細く感じちゃうんだ。

「……来てくれてうれしいわ。撫子さん」

 聖ちゃんとどんなことになるかがわからないから、こんなに不安なんだ。

「聖、ちゃん」

 私は中に入っていって先に来てた聖ちゃんに近づいて、ちょっと離れたところで止まった。

 そうしようって思ってたわけじゃないけど、勝手に足が止まっちゃった。

「……………」

 聖ちゃんは何も言ってこないのが不安で私は、唾を飲み込んで痛くも感じる沈黙を過ごす。

 聖ちゃんが私を、見てる。

 目は口ほどものを言うなんて言葉があったりするけど、私には聖ちゃんの気持ちが全然わかんない。

 何を考えてるんだろう。何をお話するんだろう。何をするつもりなんだろう。

 私はそれが全然わからなくて、

「あ、あの、聖ちゃん。お話って、なぁに?」

 この何もない時間に音を上げてそう言ってた。

 それでもやっぱり聖ちゃんはすぐには返事してくれなくて、少し間をおいてから、

「そうね。まずはもう一回きちんと謝らせて。昨日はごめんなさい」

 朝と同じように心から申し訳なさそうに頭を下げてくれた。

「う、うん」

 私は、ただ頷くだけでそれ以上は何も言えない。

 どんなつもりだったのって聞きたいけど、聞く勇気が出てこないの。

「あんなこといきなりされたら、迷惑よね。私、撫子さんに嫌われちゃったかしら?」

 聖ちゃんの目、すごく悲しそうで頼りなさ気に潤んでる。聖ちゃんも私とおんなじで不安、だから?

「…………」

「……やっぱり、嫌いになっちゃったわよね。私のことなんか」

 聖ちゃんのことしか考えられてない私は、二言目を言われてやっとさっきの質問の意味に気づいて

「そ、そんな、こと……ない、よ」

 咄嗟に、でもとぎれとぎれに言った。

「そう。よかったぁ。私撫子さんに嫌われたら困っちゃう。ううん、辛いもの」

「っ、ぅ……」

 どういう、意味?

 言葉通りに考えていいのかもしれないけど、でもそのままの意味には考えられない。

(……なんで?)

 言葉の意味通りに受け止められない理由がわからない。

「本当に昨日はごめんなさい」

 私がどこか現実感を得られないまま、聖ちゃんはいつのまにか私の目の前に来てて

(あ………)

 手を取られた。

「けど、あれが私の気持ちなの」

 そのまま指を絡められる。

(気持ち……?)

 キスをする、気持ち?

「ぁ………」

 目が、あってる。

 きらきらと潤んだ聖ちゃんの瞳。熱に浮かされたようで、気持ちが溢れていて、そこにある並々じゃない想いを嫌でも感じるような目をしてる。

 それは、怖いくらいで私の胸はとどまることなく高鳴っていく。

 そして、それは

「好きよ、撫子さん」

 生まれて初めての告白に破裂するんじゃないかってくらいに大きくなった。

「え………?」

 昨日キスをされちゃったときみたいに頭が真っ白になっちゃった。

 信じられない。

 聖ちゃんがこんな嘘つくわけないって思うけど、でも信じられない。

「……嘘、だよね」

 真っ白な頭のまま、私は確かめるようにそう言った。

「本当よ。こんなこと、嘘で言えないわ」

 聖ちゃんは私の心を射抜くような真剣な目で返した。

「っ………」

 嘘を言ってるようには見えないし、そんなことを言う人だって思いたくもない。

 け、ど。

「だ、だって………この、前……下級生の、子に……き、キスしてた、よね」

「この前?」

 心当たりがないのか、他の理由か聖ちゃんは一瞬それを思い出そうとしてるのか目を細めて、私から離れた。

 でも、それはほんの数秒で。

「……あの子とは、あれが最後だったの」

 人が変わったようにせつなそうな顔でそう言った。

「さい、ご?」

「………そう。こんなこと言ったら撫子さんに軽蔑されちゃうかもしれないけど、あの子とは正式に付き合ってたわけじゃないの」

「え………?」

 何を言ってるかわかんない。

 だって、付き合うって、キスを、するって……すごく大きなことで、すごく大切なことで………

 え?

「あの子、好きな人に振られてたの。私は色々相談に乗ってあげてて、色々苦しんだのも悲しんだのも知ってたから、慰めてあげたかったの。いけないことっていうのはわかってたけど、でも何かをしてあげたかった」

「………聖、ちゃん……」

「けどね、この前もう大丈夫って言ってきたの。立ち直れたって。でも、最後に勇気が欲しいって……」

「それで、キス、したの?」

「……そう。ふふ、でもだめよね。そんなの。本当に好きだったってわけじゃないのに。結果的にはよかったかもしれないけど、本当にあの子ためになったかだってわからないもの」

 わかんない。

 そういうこと、ってあるのかな? 

 私がただそんな風に人を好きになったことがないっていうだけで、あるのかな? 

 漫画とか、小説とかだとそういうの見たりするけど、でも……現実にそんなことを考えたりとかするのかな? 

 わかんない。

 わかんない、けど。

 聖ちゃんは、その子のためだって思ってしたんだよね。

 それは、聖ちゃんが優しいから、なのかな?

(けど、つまり、それって……)

 結局、聖ちゃんは……私の、ことを……

 好きっていうこと?

 聖ちゃんが名前を出さないであの子っていう理由も、それが本当かどうかすらも考えられないで、私は最初の疑問に戻っちゃった。

「ねぇ、撫子さん」

「う……うん」

「私、本気なのよ。本気で撫子さんのこと、好き」

「……………」

「私なんかじゃ撫子さんにふさわしくないってわかってる。だって、私悪い人だもの」

「そんな……こと」

「ううん、悪い人なの。撫子さんもわかってるとおり、私はいろんな人で付き合ってきた。キスもしたわ。でも、本気なことはきっとなかったの。その時は本気のつもりでも、何か違うって思っちゃって、いつも長続きしない。相手の子のことを傷つけたりもしてるわ」

(苦しそう………)

 そう見えたの。苦しそうで、辛そうで、後悔してる。

「私、誰にも本気になれないんじゃって怖くなったりもしてた」

 まるで自分を責めてるようにも見える聖ちゃん。

 ちょっとだけ、心が痛い。

「そんな時に、撫子さんを好きになったの」

「っ。」

(わた、し………)

「うまくは言えないんだけど、撫子さんに思う気持ちは他の誰とも違ったの。……本気だって思えたの」

 私が今正常だったら、聖ちゃんのおかしなところに気づけたのかもしれない。言ってることが今までの言動と矛盾してるって気づけたかもしれない。

 でも、私は昨日から混乱しっぱなしで、自分のことだってよくわからないのに。聖ちゃんのことなんてわかるはずもなかった。

「撫子さんの相談に乗ったりとかも、これで撫子さんに気にられたらいいなってそんな下心ばっかりだったのよ。ふふ、ほんとひどいでしょ」

「う、ううん………」

 さっきから聖ちゃんが自分を否定しては私にそれを否定させるのが続いてる。でも、私はそれにも気づいてない。

「ふさわしくないってわかってる。それでも、私……撫子さんが、好き」

 聖ちゃんがまた私を見て、私の手を取って、指を絡めてきた。

 聖ちゃんの目が私の頭を熱くさせて、聖ちゃんのぬくもりが思考を奪っていく。

「撫子さんが、欲しいの」

「聖、ちゃん」

 何を言えば、いい、の? 

「私のこと嫌いなら、嫌いって言ってくれていい」

 そんな聖ちゃんのこと、嫌いだなんて。そんなことは

(…………ない)

「ただ、答えを聞かせて」

 答え? 何を言えば? どう、答えれば?

「私のこと、好き?」

 好き? 聖ちゃんのこと、私は

(好き?)

「それとも、嫌い?」

 嫌い? 聖ちゃんのことを? それは………

「どっちか教えて」

 好き? 嫌い?

 嫌い? 好き?

 聖ちゃんが好き? 聖ちゃんが嫌い?

 他に答えようはいくらでもあるはずなのに私の頭の中にはいつのまにかその二つの言葉だけがぐるぐる回ってる。

 聖ちゃんがそんな風に二者択一に誘導してるなんて私はわかるはずもなくて、どっちかで答えなきゃいけない気がしてた。

 そして、そんな二択なら私の答えなんて……

 

3/5

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