駅から川沿いを歩いて十分ほど、築年数の浅い小奇麗なアパート。それがせつなさんの……私とせつなさんの部屋。
「お邪魔します」
せつなさんが開けてくれたドアをくぐり、私は言いながら入って行った。
来たのは二回目だけれど、この前はお客さんとしてでこれからこの部屋に住むのかと思うとなんだか始めてみるようにも見える。
一人暮らしをするには十分すぎる1DKに小さな物置のついた部屋。これが今日から私の暮らす部屋。
「荷物は届いているし、まずは少し休憩してから片づけをしちゃいましょうか」
「はい」
カートを部屋に運び、宅配していた段ボールやら、引っ越しの荷物を確認した私はキッチンに立つせつなさんを手伝ってダイニングに紅茶を運ぶ。
「来週にはもう入学式ね、渚のスーツ姿は初めて見るから楽しみ」
「……そんなに楽しみにするようなことじゃないですよ。ああいうのって、私みたいな人間には似合わないし」
「そんなことないわよ。渚は可愛いんだから、どんな格好でも私は楽しみよ」
「まぁ、言葉はありがたく受け取っておきます」
私たちの会話は相変わらず。恋人同士だっていうのにどこか淡泊で色気がない。
もっともところかまわずべたべたしたりいちゃいちゃするのは私もせつなさんも好まないから構わないけれど。
そんな風に紅茶と少しのお菓子をつまみ終えると、ようやく私たちは今日のすべきことに取り抱える。
引っ越しの荷ほどき。
といってもすごい大がかりというほどではないけれど。
まだ教科書とかは買っていないし、住まわせてもらうのに大量に私物を持ち込むのも遠慮がある(せつなさんは気にするなとは言うけれど)。服もそんなに持っている方ではないから、最低限の礼服や洋服。身の周りのものもせつなさんと共用で使うものもあるし、普通の引っ越しよりも全然荷物は少ないと思う。
とはいえ、お気に入りのあれこれや本、小物なんかもあり一人でやれば数時間はかかる。
一人では結構な重労働ではあるけど、こうして二人でかかれば夕飯前には十分に終わるはずだ。
「渚、こっちは適当に片づけちゃっていい?」
「はい。お願いします。私はこっちをやっていますから」
家主であるせつなさんに任せた方がいい部分についてはせつなさんにお願いをして、私は私がやった方がいい部分に手を付ける。
そんな感じに三十分ほどばたばたと荷物を整理し、ごみをまとめ、着実に二人の部屋を作って行く。
そしてそろそろ終わりも見えてきたころ
(あれ?)
そういえば、あるものを見ていなかったことを思い出す。
本や小物、日用品の整理は終わった。入学式に着ていく礼服も別の場所に移しておいた。
(けど……)
おかしいなと思いながら私はせつなさんの様子を見に行くと
「きゃぁああ」
瞳に飛び込んできた光景に思わず悲鳴を上げた。
だ、だって、だって!
「な、ななななななに、してるんですか!?」
せつなさんが私の下着を手に取っていたんだから。
し、しかも
「渚ってこういうのつけるのね。ちょっと意外」
思いっきり少女趣味のフリフリのついたショーツをまじまじと見つめてそんなことを言われた。
「そ、それは……」
「これだけじゃなくて全体的に可愛いの多いし、私が寮にいた時からこうだったっけ?」
「あぅぅ……それ、は……」
それはその通りでもあり、違くもある。下着は確かに可愛いのをつけることに興味はあったけど、私のイメージではなかったし実際につけることはほとんどなかった。でも去年は陽菜にそそのかされたっていうこともあって、いつのまにか増えていて、今目の前で好きな人にまじまじと見つめられている。
「と、とにかく手を離してください! それは私がやりますから」
「あらら残念。せっかくだから渚がどんなの好きかチェックしておきたかったのに」
本気で言っているのかからかっているのか知らないけれどどちらにしてもこの状況が恥ずかしすぎてせつなさんから強引に奪い取った。
(あ……)
しかし近づいたことですでにほとんどの下着が整理されていることを知り更なる羞恥に頬を染めた。
「な、なんでせつなさんが下着を整理してるんですか」
「なんでって渚がこっちをやれって言ったんでしょう」
「それは」
そうですけど、下着がこっちに紛れ込んでるなんて知らなかった。
いくらせつなさんに相手だからって、というかある意味せつなさんだからこそこんなことは恥ずかしすぎる。
「いいじゃない、私はこういうの好きよ。渚がつけてる姿を見てみたいくらい」
「なっ?」
もう一度手に取り掲げるようにしてじろじろと眺める。
「渚がつけたらどんな感じかしら。あっ」
その姿を想像しているのかいかがわしい顔になっているせつなさんから下着を取り上げる。
「し、信じられない。いつからそんなにデリカシーのない人になったんですか。あとは私がやりますからせつなさんはあっち行っててください!!」
「っ……ごめんなさい」
私が思わず大きな声を出してしまったからかせつなさんはしゅんと小さくなってすごすごと部屋から出て行った。
その姿に同情を誘われるものの、悪いのは私ではないと自分に言い聞かせ落ち着かない心のまま作業を再開するのだった。
思いのほかせつなさんが気にしてしまっているということに気付かずに。