あの下着のことがあってから一時間と経たずに片づけは大体終わりになる。

 そろそろ夕方になっていて、夕ご飯のことを考えなきゃいけない時間。

 最初はすぐに仲直りできると思っていた私だけれど、せつなさんは思いのほか気にしてしまっていて、ずっと落ち込んだまま。

 私が気にしていないといえばいいのかもしれないけれど、実際怒ってはいるし、それにせつなさんが落ち込んでいる所を見るとなんだか逆に簡単に許してはいけないような気がして、あまり会話もなく時間が過ぎて行った。

「えっと……ごはん、どうしますか?」

「そ、そうね。とりあえず買い物に行きましょうか」

「はい」

 なんて会話をして私たちは近くのスーパーへと行くことにした。

 スーパーは駅前にあって、昼間通った道を折り返していく。

 ただし、来た時と違ってほとんど会話はない。

「あ、そうだ。せっかくだし今日くらいは外食にする?」

「………私はできればせつなさんが作ってくれる方がいいですけど。そういう話でしたし」

「あ、そう……だったわよね」

 せつなさんらしくないぎこちない会話。

 これまでだって会話が止まったり、気まずくなることもあったけれどこんな風に弱気な姿っていうのはあんまり見たことがなかった。

(私に怒られたのがそんなにショックだったの?)

 確かに言い訳しようなくせつなさんは悪いけれど別にそれで私がせつなさんを嫌いになったりするわけがないことくらいはわかっているだろうに。

 そんな調子だからスーパーに行っても、あまり会話はないままで重い荷物を二人で分けながら夕闇の迫った土手を歩いていく。

 夕日の河原は綺麗だとは思うけれどその風景に心を動かされることもなく、私の心は隣を歩くせつなさんに囚われたまま。

(っていうのもいい加減飽きてきたわね)

 せっかくの同居はじめの記念日なのに肝心のせつなさんがこんなんじゃ楽しめるものも楽しめなくなっちゃう。

「せつなさん」

 と私が呼びかけるとせつなさんはワンテンポ遅れてから、な、なに? と返事をする。

「それはこちらのセリフです。なんでそんなに落ち込んでいるんですか」

「落ち込んでるってわけじゃ……」

「落ち込んでいますよ。全然私と話をしてくれないし。なんですか私と一緒にいるのがつまらないんですか」

「そ、そんなことあるわけないじゃない。今日をずっと待ってたんだから」

 夕日のせいか、別の理由かせつなさんの頬に赤みがさすけれど先ほどまでの様子を見せられて言葉をそのまま受け取るほど能天気じゃない。

「なら、なんでさっきからそんななのか教えてくださいよ」

「それは……その」

「その?」

 せつなさんは「だって」と歯切れ悪く呟くと私に意図のわからない視線を送り、

「渚があんまり楽しそうじゃないから……」

 意味のわからないことを言ってきた。

「は?」

 私はあまりにも意味がわからず反射的にそう答えてしまい、さらに考えてないせいもあって威圧的になってしまった。

「何言ってるんですか」

「だ、だって渚。部屋に来てからずっと冷めた感じだったし、あんまり嬉しそうにしてくれなかったから、私だけが楽しみにしてたのかな……って思ったのよ」

「……………なるほど」

 たまに忘れそうになるけど、この人も私と一歳しか違わない女の子なのよね。

 こんな風に繊細に臆病にもなるんだ。

(……対して私は……)

 私はただ楽しみでたまらなくて、でもそれを表に出すとせつなさんにからかわれちゃうような気もしちゃってたから、できるだけ意識しないようにしていただけだっていうのに。

 でも原因がわかれば対処法は決まっている。

「せつなさんがそんな風に言うなら私も言わせてもらいますけどね」

「う、うん……」

 緊張している。

 確かに私の言い方は優しさには満ちていないかもしれない。

「私は今日を楽しみにしていましたよ。ずっと。それこそ大学が決まった瞬間から。やっとせつなさんに追いつける。また朝から寝るまでずっと一緒にいられるって楽しみでたまりませんでしたよ。なのに、私が楽しそうじゃない? ずいぶんなこと言ってくれますね」

「あ……う……」

「せつなさんは私の恋人ですよ。楽しみじゃないわけがないじゃないですか」

「そ、う、なの」

「なんど肯定させるつもりですか。楽しみだと言ったら楽しみだったんです」

 私の愛にせつなさんはようやく信じてくれたのか小さくそっかと安心したように漏らした。

「よかった。渚のパンツ眺めてたせいで渚が私と一緒に住むの嫌だって言いだしたらどうしようかまで考えてから安心したわ」

(……これは、冗談のつもりなの?)

 私は恥ずかしいことを言ってしまったという自覚はあり、たぶん夕日のせいじゃなく頬を染めていた。

 そんな私に気を使ったつもりなの……?

「………………」

 そもそも蒸し返すことが正解には思えなく、私は無言で歩くのを再開した。

「あ、あれ、渚?」

 そんな風に自信なさげに言うということは多分冗談を言ったつもりだったようなのだけど今更反応する気にもなれず私はそのまま歩いていき、結局その後せつなさんが話しかけてきては私はほぼ無視をするという形で部屋までたどり着いてしまう。

「あの……渚……その……怒った?」

「……怒っていますよ。せつなさんがあんなことする人だなんて思っていませんでしたから」

「う……ご、ごめんなさい」

「いいですよ、許してあげます」

 部屋のドアの前で私が言うとせつなさんはパァと表情を明るくする。

「ただし、私が今言って欲しいことが言えたらです」

「え? それはどういう……?」

「さぁ、とりあえずドアを開けてくださいよ」

「え、えぇ……」

 鈍感なせつなさんをそう急かし、言われた通りにドアを開けると私はすばやく玄関へと入り、

「……ただいま、です。せつなさん」

「っ……おかえりなさい、渚」

 どうにか許してあげることにしたのだった。  

 

 

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