次の日、私はちょっと気落ちしながらも学校に来ていた。一年生の教室がある三階に向かうための階段でも自然に足取りが重くなる。

(……まったく、先輩はあんなの……)

 昨日から気付くと先輩のことばっかり考えてる。先輩のことっていうか、先輩とあの本のこと。

 学校であんなの読むなんて駄目に決まってる。あ、あんな女の子同士で、……その……する本なんて……そりゃ、たまにふざけてキスとかしてるのとか、胸触ったりするのは学校でなくもないけど……そういうのは私はほんとに、たまにだし……それにふざけてするのとあの本は……その本気でっていうか、いや、本気じゃないのにそういうことするほうが理解できないけど……と、とにかく先輩があんなのに興味あるなんて……駄目! 駄目なんだから!!

「遠野さん」

(ちゃんと、今日は……)

「あのー、遠野さん?」

「ひゃっ!?

 ほとんど無意識に教室に向かっていた私の前にいつのまにか先輩の顔があった。

 驚いて足を止めると、小柄な先輩の体が目の前にある。

(……なに、かしら? 先輩が廊下に出てくるなんて)

 そう疑問に思いながらも先輩を観察してみると、いつもの制服姿に一つだけ違和感を感じさせる箇所があった。

「はい、シャープペン忘れてましたよ」

 それは昨日私が慌ててたせいで保健室に忘れていったシャープペンシル。わざわざ先輩は私が困るとでも思ったのか、朝一番に届けにきてくれたらしい。

「あ、ありがとうございます。でも、今日保健室にいった時でよかったのに」

「え?」

 先輩は何故か、思いもがけないことを言われたかのような顔をした。

「今日も、来てくれるんですか?」

「えぇ。行くつもり、でしたけど……? あ、もしかして今日はいないんですか?」

「いえ、今日もずっといると思いますけど」

「そうですか、じゃあ、お昼また行きます」

「え、えぇ」

(??)

 何で先輩驚いてるんだろう。さっきから先輩にしては珍しく、歯切れも悪いし、いつもは色々はっきり言うのに今日は言葉の端々に自信がなさげというか、らしくない感じ。

「あ、そろそろ時間ですし、もういきますね」

「あ、はい」

「じゃあ、シャープペンありがとうございました」

「あ、えっと……お昼、待ってます」

「はい! では」

 私は変わらずおかしくなってる先輩に頭を下げて、お別れの挨拶にすると

(先輩、どうしたんだろう?)

 と思いながら教室に向かっていった。

 

 

 普段の私は気分によって何本かあるシャープペンを使い分けるけど、今日はなんとなく先輩が持ってきてくれたのだけを使って午前中を乗り切った。

 授業を終えた私はここ最近の習慣のとおりお弁当箱を持って机から立ち上がった。

「あ、はるー、今日も行くの?」

 そのまま教室を出て行こうとするとたまに一緒にご飯することもある友達が声をかけてきた。

「あ、うん。約束だし」

「ふーん。あの、保健室にいた先輩でしょ? いつのまにそんなに仲良くなったの?」

「まぁ……ちょっと」

 馴れ初めはわざわざ人に話すようなことじゃない。というか、できるなら話したくない。それに今のゲームを壊したっていうのも私の人間性を失墜させるだけだし。

「ごめん、待たせてるからいくね」

「うん……」

 友だちに軽く手を振って私は保健室に向かっていった。

 コンコン、と軽く儀礼的なノックをして中に入っていく。

「失礼します」

「あ、遠野さん」?伯:p>

 中に入ると先輩はもういつものお昼を食べる机にいて、私を待っていたみたい。でも、そこにちょっと違和感。

 あ、お茶が出てないみたい。

 いつものは机の上に先輩が淹れてくれたお茶がおいてあるのに今日は何もない、先輩が小さく縮こまって座ってるだけ。

「ほんとに、来てくれたんですね」

 そんな先輩は小さくそんなことを呟いてきた。

「行くって言ったじゃないですか?」

 ほんとに今日の先輩は変。

「あ、えっと……昨日、怒らせちゃったから、嫌われちゃったかなって思いまして。もう知らない、なんていわれちゃいましたし」

(???)

 言ってることの意味はわからないでもないけど、先輩が言ってくると違和感を感じる。

「昨日は……まぁ、怒ったのは本当ですけど、別に先輩が……えーっとちょっと、へん……じゃなくて変わってるのはわかってますし、別にあのくらいで嫌いになったりなんかしませんよ」

「そう、ですか?」

「それに、あのくらいで嫌われるんならゲーム壊した私のほうがよっぽど嫌われる要素が強いじゃないですか」

「別に、あれは本当にそんなに気にしてませんから」

「大体、嫌われたって、それは気にしてる証だからかまわないんじゃなかったんですか?」

「あっ……そう、ですよね」

 先輩はまるで言われた初めてそのことに気付いたみたいな様子を見せた。

「もう、どうしたんですか今日は。いつもにましておかしいですよ?」

「そ、そんなことありませんよ」

 明らかにおかしいけど、こんな先輩を見るのは新鮮でちょっと面白い。

 クスリと笑うと私はお弁当を机において、先輩の横に座った。

「あ、でも、もうあんな本読んじゃ駄目ですからね」

 本当はこのこともっと強く注意しようって思ったけど、先輩の様子がやけに反省してるみたいだからやんわりとになってしまった。

「遠野さんがそうしろって言うんなら、そうします。お姉さまっていうのももういいですよ」

「さっきから、呼んでませんけどね」

 まぁ、それは言われなくても呼ぶ気にはなれない。

 だって、昨日の小説を思い出しちゃうし。

「にしても、遠野さんって本当にいい子なんですね。ますます好きなっちゃいました。ふふふ」

「え、あ、ちょ、ちょっと先輩!?

 雰囲気がいつもの先輩に戻ったかと思えばいきなり私に抱きついてきた。

「ふふ、大好きです遠野さん」

「は、離れてください!

 抱きつかれた私は好きっていう言葉なんかよりも抱きつかれてるってことにだけ反応して先輩を引き剥がした。

 そして、やっぱり【いつもの先輩】は扱いに困る存在だなと思うのだった。

 

 

(にしても……、今日の先輩おかしかったな)

 お昼を食べ終わった私は、授業中にも関わらず先輩のことばかりを考えていた。黒板にはすでにかなりの板書がされてるけど、それすらうつすことをしない。

 広げたノートの上にひじをついて、ずーっと先輩、特に先輩のこれからのことを考えている。

 でも、おかしかったけど、ちゃんと話はわかってもらえたみたい。うん、まだまだ私より一つ上なだけなのにあんなのは読んじゃだめ。あんなの読んでたら、近づいてくる人も近づいてこなくなるんだから。

 でも、この一週間はゲームを壊しちゃったのもあって一緒に過ごすことが多かったけど、先輩はなんていうか、もとは悪い人じゃないのよ。ただ、自分の表現をするのが苦手というか、上手じゃないの。タイミングや人にかまわず自分をさらけ出しちゃうから、きっと保健室なんかに閉じこもっちゃってる。

 そんなんじゃ駄目。せっかく学校に通ってるんだから、ちゃんとクラスの中に入っていかなきゃ。友だちとかと過ごさなきゃ学校に来てる意味ないもん。

 それには先輩にちゃんと常識っていうか、人の前でやっていいことと悪いことの区別をつけさせなきゃ。友だちになりたいからって、いきなりキスしたりするなんて問題外! 

 やっぱり、学校で授業中にゲームや漫画を読んでるのも駄目だって思う。ゲームやっちゃ駄目、漫画読んじゃ駄目なんていわないけどそれも時と場所を選ばなきゃ。

 先輩は可愛いんだし、話せば悪い人じゃないってわかる。でも、あんなことばっかりしてたらそのいいところをわかってもらう前に人がはなれていっちゃう。

 今日は、まずあんな本駄目だってわかってもらえたけど、もう少ししたらゲームばっかりしてないで、ちゃんと勉強もしなきゃ駄目って言わなきゃ。

 うーん、私が同学年か三年生だったら勉強教えてあげられたのに。二年生のじゃいくらなんでも教えられない。だから、勉強は先輩自身にやってもらわなくちゃ。

 そのためには、先輩に勉強の大切さを教えなきゃ駄目。……そんなの正直私が教えてもらいたいくらいだけど、とにかく先輩がクラスに戻っていくにはやっぱり必要だって思うもん。

あと、人の前での振舞い方。明るくて、率直に自分を出すのは悪いことじゃないけどちゃんと人を選ばなきゃ、きっと先輩は保健室に来てくれた人に平気で好きとか言っちゃうから、逆に引かれちゃうの。

 友だち相手にそういうこと言うのも大切とは思うけどあった人にいきなり言っちゃうのは駄目。

(うーん、教えなきゃいけないこといっぱいよね)

 でも、急に色々言い出したら先輩がついていけないかもしれないし、ゆっくりしていかないと。

(うんっ!

 私は肘を外すと一つ大きく頷いて。

(先輩はちゃんと私が真人間にして見せるんだから!

 そう心に誓うのだった。

 

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