そんなある日。

「えっ! うそっ!」

 夕食後部屋でいつも通り部屋で談笑をしているとせつなが信じられないことを言った。

「……私も、そんなに詳しく知ってるわけじゃないけど、私にお姉ちゃんいるでしょ」

「……うん」

 それは知ってる。せつなには年子のお姉さんがいて少しだけ話したこともある。色々人気があるって有名な上、生徒会の副会長。それに確か先輩と同じクラスだったはずだ。

「で、お姉ちゃんがクラスの人が話してるのを聞いたって言うのを又聞きになっちゃうんだけど、その……藤澤先輩に付き合ってる人がいる、って……」

 最後の方はもう私には届いてなかった。

 ……目の前が真っ暗になるってこういうことを言うんだと思う。

 頭に血が上って何がなんだかわからなくなって、かと思えば今度は全身の血の気が引いたような気がして体の力が抜けていき……

「あ……えっと…その……別に……涼香に……」

 せつなの言葉は耳には入っているけど頭には伝わらない。

(や、だ……)

 やだやだやだ。

 先輩が他の人に……

(また……なの……?)

 ある光景がフィードバックされる。

やだ……

先輩を失いたくない。

 ここにきてやっと大丈夫になってきたのに……

 また、なんて。

 そんなの、

「そんなの、絶対にやだ!」

「やだって……そんなこといっても……」

 やだ、あんな気持ちを二度も味わうなんて……絶対、嫌。

 だから……

 

(だから、絶対に先輩を他の人に渡したりなんかしないんだから!)

 

 

 

 

 とはいうものの。

 翌日、教室の自分の席で私はため息をついた。

 昨日から色々考えてみたけど、具体的にどうすればいいのかわからない。これが単純に「好き」なら少しは話も簡単なのかもしれないけど、私の心の内はいろいろ複雑だ。

けれど「好き」っていうこと本当で誰だって好きな人を独占したいとは思うし。私は、多分それが人よりずっと強い。

「涼香」

 そんなこと私の勝手だってわかってはいるけど、やっぱり先輩を他の人に渡したくなんてない。でもそれは私の身勝手で……

「涼香、涼香ってば」

(本当、どうしたらいいんだろ?)

 パコン。

 小気味いい音と一緒に頭に若干痛みを感じた。

 顔を上げてみるとせつなが不機嫌そうに私を見ていた。手には丸めた私のノート。

「ちょっと、なにー?」

「なに? じゃないでしょ、さっきから呼んでるのに」

 そういえばさっきからせつなの声がしていたような気がしていたけど考え事に夢中で無視していた。

「……ってあれ? 授業いつ終ったの?」

 いつ終ったどころか、よく考えてみるとさっきの授業の科目すら思い出せない。

(そもそも今何時間目だっけ?)

「そんなことも気付いてなかったの?」

 せつなが呆れたように言うけど、気付いてなかったのはその通りなので何も言い返せない。

「……悪かったわね。で、何?」

「何って、食堂いこ」

「あ、もう昼休みなんだ」

「……それも気付いてなかったの? ……ある意味尊敬する。まぁ、別に急ぐ必要はないけど」

 ん? この前は席がなくなるみたいなこといって先輩と話しているのを邪魔したくせに。

 でも、お昼を食べに行く事に異存はない。私はせつなと一緒に教室を出て学食に向かおうとした。けど、教室を出たところで思わぬ人に呼び止められた。

「涼香ちゃん」

 私のことをちゃん付けで呼ぶ人は二人しかいない。寮での友達に一人、そして、もう一人は

「ふ、藤澤先輩!」

 さっきまで先輩のことを考えていたせいか急に現れてびっくりしてしまった。会えたっていうのは嬉しい事なんだけど。

「……こんにちは」

 冷ややかにそう言ったのは私じゃなくてせつな。憮然とした様子で先輩と向き合う。せつなは時々先輩に対してこういう態度を取る。嫌ってるわけじゃないと思うんだけど。

「こんにちは、朝日奈さん」

 先輩は気にしてないように見えるけど私はこういうときなんだか気まずくて先輩と話しにくい。

 とりあえず私もこんにちは、と言っておく。

「……何か御用ですか?」

 せつなは身構えるようにしながら、きつい目つきで棘のある言葉を発する。

 わざわざ「御用」なんていってるのがなんとも、嫌味っぽい。

「あの、お弁当作ってきたんだけどよかったら一緒に食べない?」

 せつなの態度には反応を示さず、あくまでいつものように柔和な笑顔を浮かべている。

「え!? 今、なんて……」

 実際にはちゃんと聞こえていたと思うけど、なんだか信じられず確認を求めてしまう。

「だから、お弁当を一緒にどう?」

 どうやら聞き間違いじゃなかったみたい。しかも

「作ってきてくれたん、ですか?」

「えぇ、この前涼香ちゃんがお弁当をうらやましがっていたみたいに思えたから。涼香ちゃんも朝日奈さんも寮暮らしだからたまにはこういう物も恋しくなるでしょ?」

 先輩の言うことは的外れじゃないけど、私にとって重要なのはなにより先輩が作ってくれたという所。

 一瞬これは先輩が付き合っている人のための予行練習ではないかと頭によぎり自分に嫌気が差した。

「あ、ありがとうございます!

 さっき浮かんだ考えのことなど表に出さず元気よくそう言った。

 断る理由なんてない。現実的なこと言えば食事代も浮いてありがたいし。

「せつなももらうでしょ?」

 当然そう思って聞いたけど帰ってきた答えはまったく予想と反対のものだった。

「私は、いい」

 その言葉に私は目を丸くする。

「え?」

 せっかく誘ってくれたっていうのにそれを断るなんて……せつなに向かって抗議しようとする……前にせつなが私じゃなく先輩に向かって口を開いた。

「あの、実は私今日、お姉ちゃんから呼ばれてるんで、私のことは気にしないで二人で食べててください。お姉ちゃんからの用事が済んだら私も行きますから」

 せつなの顔は笑っているはずなのに営業スマイルのようで見てていい気分のするものじゃなかった。

「そう……? それなら、しょうがないか……」

「はい、じゃあ私はこれで」

 あきらかに今作ったようないいわけでせつなはそそくさっと去っていこうとした。教室のドアから離れ、階段方面に向かう。

「ちょっと、せつな! 先輩、ちょっと待っててください」

 私はすぐにせつなを追いかけ、ちょうど廊下の角を曲がったところで追いついた。そのまませつなの腕に掴みかかる。

「さっきの、嘘でしょ」

 教室を出るまでは私と学食に行くつもりだったんだから。

「そ、嘘」

あっさりと認める。

「なんでそんなこというのよ?」

「いいじゃない、涼香だって二人っきりの方がいいでしょ」

 何故か悲しげな表情を浮かべながらせつなは言った。

「それは……」

 そりゃ先輩と二人っていうのはうれしいけど、なんだかこんな感じで無理矢理作られると釈然としない。それに、昨日せつなから聞かされた話のこともあるし。

「じゃ、そういうわけだから」

 私がそのまま何も言えないでいると、せつなは私の手を振り解いた。

「あ……」

そして、どこか寂しげな背中のまま階段をゆっくりと下っていった。

 

 

 

「はぁ……」

 涼香たちから見えないところまできて私は深いため息をついた。

「何やってるの私は……?」

 自嘲地味に呟く。

「そりゃ、涼香には幸せになって欲しいけど……」

 でも今、二人にすることが涼香はとっていいことなのだろうか。

 もしかしたら本当は自分のためだったのかもしれない。

 けれど、私だって……

「はぁ……」

 

 

 

 

 せつなのことは気になったけど先輩の誘いを断ることなんてできないので、誘われたとおりにお弁当をご馳走になることした。

 場所は屋上。どちらかの教室じゃ気まずいし、せっかくだから普段はあんまりいかないような場所にいってみようということになった。

 屋上に出ることは禁止されているわけじゃないけど、今まで出てみた事はない。

「うわぁ」

 出ると同時に目に飛び込んできた景色に私は息を飲んだ。屋上の出口の正面からは街を一望することができた。多種多様な建物が見下ろせ、それは近くで見たらただの建物にしか見えなくても、ここからなら景色を彩るオブジェクトになる。見てるだけで街の息遣いが感じられそうな景色だった。また、遠くの山々の新緑とも相まってさらにすばらしくしてくれる。この学校は丘陵にあるし、さらに四階建ての屋上ともなれば当然こういった景色が見られるのだろうけどここまでとは思わなかった。

それに私は高いところが好きだ。

「綺麗ね」

 私がフェンスにまで寄って景色に見惚れていると、いつの間にか先輩が隣に来ていた。

 ここは「先輩も綺麗ですよ」って言う場面かもしれないけど、実際そんなこと言っても恥ずかしいし、馬鹿みたいなだけなんで口には出さないでおく。

「ここでいい?」

「あ、はい」

 私が答えると、先輩はお弁当が入っているであろう手提げを置いて、スカートを抑えながら座り込んだ。

 私もそれに倣う。

(それにしても……)

 せつなは本当にどうしたんだろう。私のために気を使ってくれたっていうのもあるんだろうけど、なんだかそれだけじゃない気がする。ううん、むしろ私に気を使ってくれたっていうのはおまけでもっと別の理由があるような。

「涼香ちゃん? どうかした?」

 って目の前に先輩がいるっていうのになんでせつなのことを考えてるんだか。

「あ、いえ、なんでもないです」

 どうも私は考え事をして目の前にいる人のことを忘れがちになることが多い。でもそれをせつなの前ならまだしも先輩を前でやっちゃうとは。

 心の中で嘆息つきながらもお弁当を広げるのを手伝う。お弁当箱自体は市販で、何の変哲もないものだったけど、それを薄ピンクで花柄のハンカチで包んであったのがらしいと思った。

「いただきます」

 準備が終われば後は食べるだけということで、そうは言ったんだけど……

(先輩の手料理……)

 自慢じゃないけど私は今まで好きな人の手料理なんて食べたことはない。

 それがこんな形で実現してくれるのはいいんだけど、なんか嬉しすぎてどれから手をつけていいんだかわからない。しかも、どれもおいしそうに見えるし、でもいただきますって言ったのに食べないなんて失礼すぎるのでとりあえず、すぐ近くにあった卵焼きを取って食べてみた。

あ、おいしい……いや、やっぱり……うっ……

(あ、甘い……)

 最初は程よい甘さだったけど段々と甘味が口の中に広がってきて思わず口を抑えてしまった。

「あ、涼香ちゃん! おいしく、なかった?」

 やや首を傾けながら、先輩は不安げな表情を浮かべた。

「え、えと……前に涼香ちゃんが甘いものが好きだって言ってたから、めいいっぱい甘くしてみたんだけど……」

 先輩は必死に弁解しようとしてる。

 それを見て、なにやってしまったんだろうと、後悔した。

先輩が私のために、私だけのために作ってくれったていうのに……自分の軽はずみな行動に泣きたくなってくる。

「ごめんね、それ食べなくてもいいよ」

「いえ! いただきます、全部」

「で、でもおいしくないんでしょう?」

「そんなの、関係ないです」

 重要なのは先輩が私のことを考えても私のために作ってくれたっていうこと。そのことが私にとってなによりエッセンスになる。

 私は残りの卵焼きを一つずつ食べていった。それは確かに甘すぎたけど私にとってはなによりもおいしく感じられた。

「涼香ちゃん……ありがと」

 先輩はそんな私をみて微笑んでくれた。自分のしたことで好きな人が喜んでくれるっていうのはやっぱり嬉しかった。

 

 

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