「でねー、雫ちゃんってほんっとに可愛いの」
「そういや、梨奈にも結構なついてたね」
約束通りに雫のところへ行ってきた私は、ご飯前にせつなと梨奈、三人ロビーのテーブルを囲んで話をしていた。
「でも、結局涼香ちゃんにべったりだったじゃない。おねーちゃん、おねーちゃんって。刷り込みしたみたいに後ろについてきて」
「ま、なつかれて嫌な気はしないよ。雫のあの顔とか見てるとなんか癒されるし」
「うんうん。頭撫でてあげたりすると、すごく嬉しそうで可愛いよね」
「けど、あれやりすぎると嫌がるんだよ」
「ふーん……」
梨奈と二人で盛り上がっていると、せつなは退屈そうに声を上げた。憮然とした表情で手元に持っていた小説をパンっとわざとらしく音を立てて閉じる。
「あれ? 話に混ざれなくて寂しい?」
すねてるわけじゃなさそうだけど、とりあえずからかってみる。
「別に……」
と、案の定認めはしない。
こういうときのせつなって大体素直に言ってくれないもんね。
「だからせつなもくればって誘ったのに」
「涼香ちゃん、あんまりイジワルいっちゃだめだよ。せつなちゃんは委員長さんなんだし色々やることがあるんだから。でも、よかったら一回くらい会ってみるといいよ? すっごく可愛いから」
梨奈が笑顔で優しくせつなを促す。
けど、せつなの顔は固いまま。
「うーん、別に会うのが嫌なわけじゃないのよ。ただ、私、子供って嫌いじゃないけど苦手なのよね。なんていうか、あのキラキラした瞳で見られるといたたまれなくなるっていうか……」
「せつなちゃん、それって心にやましいことがあるって証拠だよ?」
笑顔のままのくせにいってることは辛辣だね、梨奈。
まぁ、ちょっとわかるような気もするけど。あんまり穢れのない目と心だから、悪いことをしてるわけじゃないのに何故か後ろめたい気分になるのことは確かにある。
「なっ! そんなものあるわけないでしょ。まぁ、それに何を話していいかわからないのよ。今まで話したこともほとんどないし」
「へーき、へーき。雫とかいちいちそんなこと気にしないから。思ったこと素直に言えば向こうが勝手に反応してくれるから。ま、明日は一緒に行こ」
「……わかった。また話に入れなくても嫌だしそうさせてもらうわ」
そういうせつなの顔は言葉とは裏腹にどこかほころんでいた。
あーあ、何が思ったこと素直に言えばいい、よ。
そんなこと自分じゃまったくできてないくせに。
いや、私の場合それ以前の問題、か。
……でも、雫といるのは私だけの都合じゃない、もん。
雫のため、だもん。
雫のために何かをしてあげられるのは嬉しい。
こんな最低な私でも、さつきさんみたいになれるんだって思えるから。例え私だけのものにならなくても、さつきさんは私の憧れ。真似事をして自分を肯定しようなんて昔のせつなみたいだけど、あの女から助け出してくれて私をまともに育ててくれたさつきさんのように優しくて強くて、かっこいい女になるっていうのは私の夢でもあるから。
雫をつらいことから救い出すことはできなくても、つらさを和らげてあげられるのなら……自分のためだけじゃないって言える。
だから、私はまた雫のもとを訪れる。
……せつなと美優子に答えるまでの時間は、まだあるもん…ね。
タッタッタと、元気のいい足音が聞こえてくる。
眼下に広がる町並みを見下ろしながら三人で話をしていた私たちはそれを聞きつけると音のほうに振りかえった。
ランドセルを背負いながらも、それが上下しないように肩紐を少し浮かせるリュックとかランドセルを背負ったとき特有の走り方でやってくる。雫は私たちの目の前まで来ると嬉しそうにおまたせーと挨拶してきた。
「こんにちは、雫ちゃん」
「あ、梨奈おねえちゃん! 今日も来てくれたんだ」
「うん、また雫ちゃんと会いたかったから」
「わーい、うれしー」
「…………こんにちは」
居心地悪そうにせつなが雫に挨拶をする。
雫は一度首をかしげてせつなのことを値踏みするような目で見つめた。
「あ、これはルームメイ……えーと、私と一緒の部屋で暮らしてる友達だよ」
「ちょっと、【これ】ってなによ」
私の所有物を紹介するかの説明にせつなは愚痴をもらす。
「あはは、ごめん、ごめん。ま、とりあえず雫に挨拶したら?」
「あとでちゃんと話、するわよ。えーと雫、ちゃん? 私は涼香の友達の朝比奈 せつなっていうの、なんか涼香がお世話になってるみたいで……」
「って逆でしょっ!」
別に世話をしてるつもりはないけど、面倒をみてるというのは間違った表現じゃないので私はせつなに軽く突っ込みを入れる。
「まったく、なにふざけてこといって……!? 雫?」
何故か雫は私の後ろに隠れて、その小さな手でたどたどしく制服を掴んだ。そんなに力はこもってないけど、少ししわになってる。
というかなんでこんなことしてるの?
「雫どうしたの?」
「……ううん。なんでも、ない。せつな、おねえちゃん……よろしく、お願いします」
隠れたまま雫はせつなにそういった。
なんか普段と態度違くない? 気のせいかもしれないけど少しだけとげとげしいもの感じるような。雫の敬語なんて初めて聞いたし。
怖い、のかな? せつなのこと。梨奈よりはパッと見、近寄りがたいだろうし。目とか結構冷めた目してるもんね。
「雫? このおねえちゃんは悪い人じゃないよ? ……まぁ、ちょっと厳しくて怖いところはあるかもしんないけど、一応いい人だから安心していいんだよ?」
「…それって私のこと擁護してるの? それとも貶してるの?」
せっかく雫を安心させてあげようとしてるのに、わざわざ細かいところ気にしないでよ。
じぃぃぃぃ。
雫は私に隠れながらせつなのことを見上げる。
「ぅっ……」
プイ。
せつなが顔を背けた。
「はいっ、せつなちゃんの負けー」
「ま、負けってなによ」
にらめっこでもしてたわけじゃないけど梨奈の言ってることがなんとなく適当な気もする。野良犬同士でにらみあったとき目を背けたほうが弱いって証らしいし。
「ま、きっと雫もあったばっかだから緊張してるんだよ。あんまり、気にしないほうがいいよ?」
「わ、わかったわよ」
と、この場はそれで片付けたんだけど……
適当に遊び(最近はほとんど雑談会)終えてまた、高見台に戻ってくると夕陽を眺めながら飽きもせずに話しをしていると。
「……ねぇ、梨奈。私ってそんっなに怖いかしら?」
私と雫が高見台のフェンス近くで街を見下ろしていると後ろからせつなと梨奈の会話が風に乗って聞こえてくる。
「そんなことないと思うけど……?」
「だって、あの子私にだけ明らかに態度違うじゃない。ああもあからさまだとさすがに少し悲しくなるわ」
「う〜ん、ちっちゃな子って変なところで敏感だから。なにかせつなちゃんに思うことがあるんじゃない?」
「なによそれ? 梨奈はわかるの?」
「どうだろ、私も雫ちゃんなわけじゃないから……」
やっぱ、気にしてるんだねぇ。雫なんでか知らないけど全然せつなになれなかったもんね。梨奈のときはすぐなれてた上に、今日はいつも以上に私にべったりだったし。
「おねえちゃん、雫の話、ちゃんと聞いてる?」
「っと、ごめん、なんだっけ?」
「もぅ、おねえちゃん」
雫は少し怒ったようにほっぺを膨らませる。
はぁ……このすーぐすねたりするところも可愛いんだよねぇ。
「だからね……」
きゅぅぅ。
「あ………」
お腹が可愛く鳴って雫は恥ずかしそうに頬を染めた。
「お腹すいた?」
「……うん」
「よしっ」
私は雫の手を引いてせつなと梨奈がいるベンチに戻ってきた。そのまま鞄をあさってあるものを取り出すと雫に差し出した。
「フッフッフ。今日はメロンパンをあげよう」
雫に差し出したのは購買で人気のジャンボメロンパン。(大きさと味の割りに百五十円と御得で人気の一品、売り切れることもしばしば)
「わざわざお昼に買いに行ってたからなにかと思えば、あげるためだったの?」
「ま、いいから黙って見ててよ」
「はぁ?」
雫は袋を開けるとパンを取り出して、雫には少し大きすぎるメロンパンを小さな両手でしっかりと掴んで、めいいっぱい口をあけて食べ始めた。
「んぐむぐ……」
もきゅ、もきゅ。
か、可愛い……
「はむはむ……」
リスみたいに頬を膨らませて大きなメロンパンを食べていく雫はもう雫のほうを食べちゃいたくなるくらいに可愛い。
「……で、これがなんなの?」
笑顔で雫を眺める私と梨奈に向かいせつなは呆れたように言ってきた。
「なにって、可愛いじゃない」
「ま、まぁそれは認めるけど。え? それだけ?」
「はぁ〜。この雫を見る以外に何か必要?」
「あ、も、もういいわ」
……なんか愛想つかされたみたいに言われたね。ちょっと変だっていうのは自分でもわかってるから反論しないけど。
「にしても、毎日こんなことして飽きないの? 確かに綺麗なのはそうだけど、季節が変わるのならまだしも、毎日見ててもおんなじものが見えるだけでしょ?」
「はぁ、景色も楽しむことができないなんてせつなは心が貧しいねぇ」
「む、なに……」
よ、と続きそうなところをメロンパンを食べていた雫が突然口を開いた。
「おんなじじゃないよ」
宙に浮いた足をプラプラとさせ、遠くを見つめて少し大人びたように続けていく。
「昔ね、ママが言ってたの。夕陽って毎日ちがうんだよって。その日の雲とか、場所とか、気持ちでその日ごとに全然ちがって見えるんだよって。雫もね、あんまりわかんないんだけど……でも今はちょっとわかるよ、お姉ちゃんたちと見るとすっごくきれいで、楽しいもん」
えへっと雫は可憐な笑顔を見せた。
「素敵な、考え方だね」
「……こんな子供に、もの教わるなんてね」
関心したように雫のことを見つめる二人。
だけど、私は二人とは違った面持ちで雫のことを見ていた。関心はした。でも、それ以上に雫がママがと言ったことが私は気になった。怒られるっていったり、家にいたくなっていうのにそれでも母親のことが気になるんだな、と。
私とは違うんだなと思っていた。