かしこまって人にあやまるっていうことがここに来てから増えた気がする。冗談とかちょっとしか食い違いとかでごめんと軽く言うのとはまったく似てすらいない。ごめんとか、ありがとうとか気持ちを相手の顔をみて心に届くように伝えるっていうのは大切なんだろうけど、とっても難しい。
今回のことは雫にとって決して、小さなことじゃないきちんとあやまらなきゃ。
いつものベンチでいつものように雫を待つ。一人だと雫が来るまで退屈だけど、今日はせつなにも梨奈にもこないでって言っておいた。雫だって多分、あんまり多くの人に知られたくはないだろうから。
びゅうぅ。
と、少し強い風が吹いた。よく晴れてはいるけど、そろそろ制服だけじゃ寒いかもしれない。せっかく薬局によってきたんだからホッカイロでも買っとけばよかった。ここから見下ろしても結構厚着してる人とかが見えるし。
夕陽が照ってないとなんかここの景色は物足りないって感じがするな。色々見渡せて綺麗じゃないとは言わないけど、あの夕陽を受けた美しさには及ばない。
雫は夕陽はその日によって表情が違うって言ってたけど私はあの変わり映えしない景色でも十分に好き。
(……にしても)
私は左手の腕時計に目をやる。
来ないとか、ないよね?
丁度いまくらいに雫はいつも来てるけど少し遅くなるだけで、不安に思っちゃう。昨日のことで私といるの嫌になっちゃったんじゃないか、嫌われちゃったんじゃないかって。
けど、そんなの杞憂で雫は普段と変わりなく元気におねーちゃんと私のことを呼んで私のすぐ横に座ってくれた。
挨拶と適当に少しの雑談をすると私はすぐに本題に移った。
「雫、昨日は……ごめんね。ママのこと、最低だ、なんていっちゃって」
「……ううん。おねえちゃん、雫のこと心配してくれたんだもん。おねえちゃんは悪くないよ。それにね、ママ昨日ちゃんとごめんなさいって言ってくれたの」
「そっか……よかったね」
よくはないけど、あやまったっていうんなら常態化するなんてことないよね? ずっと母親にされるのなんてつらすぎるもん。体はもちろん、心もね。
ただ……今度雫にそんなことしたのなら雫が何を言おうと、例え泣いて止めようとしようが、家に押しかけてぶん殴る。……雫を連れ出すってことはできないんだよね。悔しいけど、誘拐だし。いや、あやまったのなら大丈夫なのかな。悪いって思ってるんだもんね。あの女からは……一回もそんな言葉聞けなかった。
……別に今さらそんな言葉聞きたくなんてない。謝罪どころか、声すら聞きたくないけど。
私が雫の頭を軽く撫でる。
すると、雫は少し目を細めて、照れたような、嬉しそうな笑顔を見せた。
しずく?
そして、小柄な手で私の腕を掴むとキラキラとした瞳を向けてきた。
「雫ね、昨日すっごく嬉しかったんだよ。おねえちゃんが雫のこと気づいてくれたから。ママのことはちょっと悲しかったけど、でもね、ほんとーに嬉しかった。おねえちゃんだけが雫のこと気づいてくれて心配してくれたから」
私だけがなんていってるけど、きっと雫は学校じゃそれを意図的に隠してたはず。だから治療もなにもしてなかったんだと思う。
でも、雫の気持ちはすごくよくわかる。お母さんにされたなんて自分からじゃ絶対にいえない。周りの子はお母さんに何かを買ってもらった。おいしいものを作ってもらった、ほめてもらったとか、優しいお母さんがいるのに自分だけ違うのは仲間はずれになった気になって悲しく……心ぼそくて……惨めな気分になる。
自分からは言えないし、気づいてだって欲しくない。欲しくないはずなのに、どこかで少しだけ期待してる。気づいてもらいたい人だっている。
私が雫にとってその一人なのかはわからないけど、本気で心配してくれる人なら気づいてもらいたい人じゃなくても嬉しいのかもしれない。
(……さつきさんだって、その一人じゃなかったしね)
「……うん。そうだ、雫ちょっと肩出してみて」
「? う、うん。こう?」
昨日はあんなに隠そうとしたけど今日はあっさりと出してくれた。昨日より少しは引いたようにも見えるけど相変わらず痛々しい痣は残っている。
私はバックから薬局で買った湿布を取り出すと。そこに張ってあげる。
「ひゃぁっ! つ、冷たいよぉ」
「はいはい、我慢してね。友達には知られたくなくて、学校にはこういうのしていかないでしょ?」
「!? おねえちゃんどうしてわかるの?」
「さぁ? はい、次は背中出して」
「う、うん。んっ……つ、冷たい……」
湿布を張ってあげると、乱れた衣服を整える。
しっかし、周りに人いないとはいえ今日はともかく昨日のなんて無理やり雫の服ずらしたりなんてしてたのなんて傍から見たらすごくまずくない?
くだらないことを考えていたら雫が好奇心を秘めた瞳で上目遣いをしてきた。
「ねぇねぇ、どうして雫の思ってることわかるの?」
うはぁ、肩を預けられたまま上目づかいされるのって強烈〜。
「ん〜、雫のことが好きだからわかっちゃうの」
ほんとは私も経験があるからなんとなくわかっちゃうなんて、雫には口が裂けてもいえない。
「!! し、雫もね、おねえちゃんのこと大好きだよ」
「う、うん。ありがと」
って、そ、そんなに真面目に受け取られても困るけど。子供ってそういうの難しいよね。まぁ、そういうのも魅力的なところではあるんだけど。特に雫は天然な素直さがほんとに可愛い。
幸せそうに私の腕を握る雫にやけに小ッぱずかしくなって私は立ち上がった。
「そ、そうだ。雫は痛くて逆上がりの練習できないだろうから今日は私が手本見せてあげるね」
よくわからない逃げ口上で私は甘えてくる雫からとりあえずはなれた。
「えっとね、だからこう胸をつけるようにして……こう!」
グルンと鉄棒を中心にして体を一回転させる。スカートの中にぶわ〜って風が入ってきてそれが上半身にまで突き抜けるのはすごく妙な感じがする。
だーかーらー、ハーフパンツとはいえスカートの中が見えちゃうようなことを何度もするなんてむちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。こんなことになるなら逃げるのに手本見せるとか軽々しく言わなきゃよかった。
雫は何でか知らないけど何度もやってってせがむし。ま、手本と言葉だけでできるようになるなら雫だって今頃出来てるに決まってるだろうし、こんなことそんなに意味あるとは思えないけど。
「もう、このくらいでいいでしょ」
私は鉄棒から降りると、正面にいた雫の元に戻る。
「じゃ、そろそろもどろっか……って、雫何やってるの?」
「んー、おねえちゃんの見てたら雫もできる気がしてきたからやってみるね」
トテトテと鉄棒によっていくと逆手でしっかりと掴んで、右足を前に出して左足を少し下げる。
「ちょ、ちょっと雫!? 怪我してるんだから駄目だよ」
「おねえちゃんが湿布張ってくれたからだいじょーぶ」
って、んなわけないでしょ。
私は雫を降ろそうと近寄ると……
ブンっ。
(……くまさん)
そのヒマもなく雫は勢いよく踏み切ると私にパンツをおもいっきり見せた。それはそこまで体が上がったってことで……つまりは成功したんだけど、ね。
「え? あ…?」
雫は自分が成功したって気づけていないのか呆けた顔で鉄棒にぶら下がっていたけど、
「わっ! できたよ、おねえちゃ……きゃっ!!」
「雫!!!」
できた気の緩みと肩の痛みのせいで、雫はバランスを崩し……
ズサー!
「っ!! つ〜〜〜〜」
雫が地面に落ちるっていうのはなんとか身を挺して庇ったけど、無我夢中だったせいでこっちが変な体勢になっておもいっきり地面を擦ってしまった。
「雫! 大丈夫!? もう、だからいったじゃない」
「う、うん。ありがとう、おねえちゃん」
「いいよ。雫が無事なら、それで」
私は立ち上がって雫も起こさせると、体についていた砂や埃を払う。
「ほら、もう陽も落ちてきたしベンチもどろ」
「う、うん。おねえちゃんごめんなさい」
「子供がそんなに気にしないの。いくよ」
雫を連れて遊歩道を歩いていく。初めて美優子に連れられたときは夏の太陽の光を受けて青々と輝いていたのが、この時期には赤や黄に色づき、見る楽しみをくれる。
でも、今の私はそれをゆっくりみてられる余裕がなかった。
(うぅ、歩くたびに擦れて痛い……)
さっき雫を助けたときに膝をおもいっきり擦っちゃって、見てないけどどうも血が出てるみたい。制服のスカートが半ば張り付いたようになって気持ち悪い上にいたい。
我慢しながら高見台のベンチに辿りついた私は、雫に背を向けて傷の確認をしてみた。
(……うわ、思ったよりも血出てる。絆創膏もないし、どうしよ)
あったとしても、普通の大きさじゃ足りないな。まったく薬局寄ってきたんだからおっきな絆創膏でも買っとけばよかった。今の状況を予測できるはずもないんだけど。
しょうがないとりあえず、ハンカチ汚れちゃうけどそれでおさえとこ。
「っと、雫、どしたの?」
「おねえちゃん、それ……さっきの?」
申し訳なさそうな雫の声。
「あー、うん。でも気にしなくていいよ。そんなに痛くないから」
強がりを言って、めくっていたスカートを戻して傷を隠した。
実際は結構痛いんだけどそんなこと言っても雫に罪悪感を持たせるだけだよね。
雫は、いつもは少し眠たそうに見えるたれ目気味の瞳をしかめさせて傷と私を交互にみてくる。そして、何故かベンチから降りると私の膝、傷のあたりに目線を合わせた。
「雫が……治す、から」
「へ? 治すって?」
雫は私の前にひざまずくと、スカートをめくって傷を露出させて……
ペロ
舐めた。
頭を上下に動かして、ペロペロ、チロチロと粘着質のある普段はあまり聞かないような音を立てる。
「んっ……ちゅ……レロ」
「………え、し、しししし、雫!!?? な、なにしてんの!!???」
あまりのことに思考が停止してしまっていた私はやっとそれだけをいえた。
一旦傷を舐めるのをやめると、雫は跪いたまま私を見上げてきた。
「えっとね、つばにはね、さっきんさよーっていうのがあるんだよ。だからね、ちゃんとしないとだめなの」
「え、あの〜、雫…さん?」
な、なんかやめろっていえない雰囲気じゃない。雫は自分のせいだって思ってるから軽く言ったくらいじゃどうせやめないだろうし。なによりおかしなことしてるって思ってない。きつくするのはそれはそれで可哀想だし。
雫は小さな両手を私の膝に添えてまたためらいもなく舌を伸ばしてきた。
「ん……っ〜〜」
沁みる。
「じゅ、ん…ぺろペろ…ちゅる……」
舌が私の傷を縦横無尽に攻め立てていく。先端でくすぐるように舐めたりするだけじゃなくて、ざらざらした舌乳頭を押し当てたりしてつばが全体につくようにしていくさまは……見てて背徳感を感じさせる。
「ちゅ、くちゃ……えへへ、おねえちゃんのって変な味がするね……じゅる…雫のとちがう味がする…ちゅぅう……でもちょっとすきかも……ペロ……」
小学生の女の子を跪かせて、膝のお皿を舐めさせている。しかも、周りは夕陽が沈むところでそろそろ暗くなっていく時間。
…………なんかものすごくエッチっぽくない?
【生小学生】が舌を一生懸命に伸ばして、舐めて、たまに吸うようにして……いけないことしてる気分になっちゃうよ。
へ、変な意味じゃなくて。
「し、しずく〜。そろそろいいかな〜?」
「おねえちゃん、もう痛くない?」
上目遣いで首かしげるとかも技の威力高すぎだから。
この痛くないって聞いてくるのも、天然なんだろうなぁ。舐めるだけで痛みはひかないって。そもそもしてること事体がすることっていうより動物のしてることに近い気が……
「うん、大丈夫だよ。ありがとう」
もちろん痛くなくなるわけないけど、これ以上されてて、人に見られでもしたら下手すれば、警察でも呼ばれかねないって。昨日なんて服脱がせはしなかったけど、十分やばいことしてたし。
跪いていた雫はベンチに戻ると私の片腕を抱きしめるようにして見上げてきた。
あぁ、もう。こういう雫って可愛すぎ。
「おねーちゃん。雫のことたすけてくれてありがとう」
そういう雫は今まで雫が見せたどんな笑顔よりもうれしそうな、本当にうれしそうな笑顔だった。