相も変わらず私は雫のところへ通い詰める。美優子のことをほとんど無視して、せつなや梨奈と一緒に雫のところに逃げて……ただ雫のことが本気で可愛くなってきたっていうのはあるけどね。

 雫も私のことが好きだなんていうけど、それはせつなや美優子とは違うよね。そもそも子供なんて友達=好きだろうしね。

 所詮子供の好き、なんだよね。

「おねーちゃん、はいっ。買ってきたよ」

「ん、ありがと、雫」

 黄昏時、世界が赤く染まる中ジュースを買いに行かせてた雫が戻ってきた。お金は私が出してるからって雫はわざわざ一人で買いに行ってくれていた。高見台の端っこで目の届くところだから心配はないけど、なんとなく雫は目の届くところに置いておかないと不安。

「あれ? 雫のと同じでいいっていったのに」

「でも、お姉ちゃん前もこれ飲んでたから好きなのかなって思ったの」

「ありがと」

 それは市販されている中じゃかなり強めの炭酸飲料で確かにシュワって感じが好き。雫からそのペットボトルを受け取ると早速あけて飲み始めた。

(ん〜〜〜)

 いいねー、この口の中が少し痛くなるピリリとしたのが、お風呂上りとかだともっといいんだけどね。

「んく……んくっ」

 雫も隣で何かジュースを飲んでいる。よく見てなかったけどオレンジジュースかな? 雫のはペットボトルじゃなくて缶で、両手で缶を持っている。

 赤い、ぷるっとした唇が銀色の缶の縁にくっついて、オレンジ色の液体が雫の口の中へ入っていく。

「こく……ん……コク」

 雫の飲み姿を集中して見せるせいか、ジュースが喉を通っていくのがやけに大きく聞こえる。その度にほっそい首の中心あたりがゴクンて波打って鳴るのがすごく蠱惑的。

 人が飲み物を飲むって当たり前の行為なのに、よく見るとこんな風に魅力的なんだねぇ〜。

 っは! ってなに考えてるのよ私! うー、あの傷舐めのせいで雫の唇とか舌とか変に意識しちゃう。

 最近の私って言動がロリコンっぽい……いや、でも子供を可愛いって思わないほうがおかしいよね!? 

 自分の愚かさ加減に嫌になって自分のを飲もうとすると今度は雫が私を見てきているのに気づいた。

「おねえちゃんのもおいしそう。雫も飲んでみていい?」

「これ? まぁ、いいけど、子供にはちょっときついと思うよ」

「むー、雫、子供じゃないもんー」

 冬眠準備中のリスみたいに頬を膨らます。

「はいはい、どうぞ」

「ありがとー、おねえちゃんにも雫のあげるね」

 お互いに交換し合って、別々のを飲む。

 ん、これはこれで甘くていいね。まぁ、私はやっぱり炭酸のほうが好きなんだけど。

「ぅ〜〜」

 私は問題なく雫のオレンジジュースの味を楽しんでいたけど、雫はまぁ、予想通りというかうなり声をあげた。

「ほら、だから子供には早いって言ったでしょ? はい、返すから返してね」

「うー、雫子供じゃないのにぃー」

 文句を言ってもつらそうにしてたのは明白。素直にペットボトルを渡してくれた。けど、不満そうな顔をするかと思った私の予想とは逆に嬉しそうな顔をしている。

「えへへ、でも、間接キスっていうんだよね。こういうの」

「う、うん」

 わかってはいたけどわざわざ言葉にしなかったっていうのに、子供はこれだから……でも、言うのも子供なら間接キスをしたのだって子供。そこまで意識することじゃない。学校とかじゃ普通にするんだし。学校じゃわざわざ言葉にしたりするのはあえて避けてるけどね。

「嬉しいー。雫初めてなの、ちゅーするの」

 実にいい笑顔、多幸感に包まれた笑顔を見せる雫。

「なっ!!? こ、こういうのはちゅーとは言わないって。それに子供がませたこと言わないの」

「おねえちゃん、すぐ雫のこと子供っていうー。雫、子供じゃないのにぃ」

「なーにいってるの。子供でしょ」

「ちがうもん」

「子供、子供って言われて怒るのは子供って証拠なの」

 ま、確かに今日は子供って結構言ったかもね。それに、私だってまだまだ子供だから雫に偉そうなことはいえない。雫と比べれば大人ではあるけどね。

「むー」

 雫は意気消沈して下を向いてしまった。

 そこまで落ち込むこと?

「大体、子供じゃなかったらどうしたいって言うの?」

 予期してなかった落ち込み具合に頭を優しく撫でてあげると、ちょっと恥ずかしそうに「あのね」と言ってきた。

「雫ね、お姉ちゃんのお嫁さんになりたいの」

「………………………え?」

 理解に苦しむ単語が聞こえた気がするんだけど?

「だからね、子供じゃ嫌なの。早くおっきくなっておねえちゃんのお嫁さんになりたいの」

 可愛い告白をしてくる雫に一瞬思考が飛んだけど、すぐに意識を戻して頭を撫でるのを再開する。

「ありがと。でも、気持ちは嬉しいけどちょ〜と難しいかな? ほら、私も女の子だしね?」

「??」

 雫は何を言われたかわからないようなキョトンとした顔をする。

「えーと、わかるよね? 女の子同士じゃ結婚できないの」

「どーして? けっこんて、一番大好きな人とするんじゃないの? 雫、おねえちゃんのこと大好きだよ?」

「え、えっとー」

 雫の頭から手を外して夕陽が作り出す美麗な景色を見つめて、思案する。

 だ、大好きって……しかもこの言い方だと一番好きってことじゃない。ママにされたっていうのを気づいてくれたのが嬉しかったんだろうけど、そんな好きになられるところ所までさつきさんと同じにならなくていいっての!

 んでも、何でって言われると、雫を納得させられる理由が見つからないなぁー。そういう法律だからっていっても納得しないに決まってるだろうし。あれ? 憲法だっけ? あ、それにヨーロッパのどこかの国なら同姓でもいいんだっけ? って! 今はそんな問題じゃない。

 でも、雫の言ってることも間違ってはいない。一番好きな人とするっていうのは当たり前だし、一番大切なこと、だよね。

「それでね、雫はおねえちゃんのこと嫌いになったり、喧嘩したりなんて絶対にしないの。ずっと、ずぅぅぅっと大好きなままなの」

(ん…………)

 私は少し複雑な顔をした。雫の気持ちが迷惑だったわけじゃない。その無邪気な発言に雫の心の中がいっぱい詰まっている気がして……

 なでなで。

 雫を今までで一番優しく、慈しみを込めて撫でた。

 雫の【お嫁さん】発言がどこから来ているのかわかったような気がしたから。身勝手な親に振り回される中、雫は私にすがってきた。

 その気持ちはわかるし、嬉しくもあった。

「だからね、おねえちゃん。雫が子供じゃなくなったら、おっきくなったらお嫁さんにしてくれる?」

 雫の言ってることは現実感のない子供だからこその発言でしかない。でも、今ここで雫の気持ちに応えてあげるのは、私の役目な気がした。心のどこかで雫と昔の私を重ねその自分を救おうとしているのかもしれないけど、雫の気持ちに応えてあげたかった。

「……うん。雫がおっきくなったらね」

 私は雫を撫でながら穏やかな笑顔を見せた。

 

 

「お嫁さんになる、か」

 私は寮に戻ると雫の告白を思い返していた。

 学校の床と同じリノリウムの床を歩いて部屋に戻りながら、雫の言葉、笑顔、雫のすべてを頭に浮かべていた。

 自分じゃ気づいていないだろうけど、雫のあの言葉は雫が思っている以上に重く感じた。好きって気持ちを漠然としかわからない雫が、両親の関係を見る中で辿りついた一つの好きの形なんだろう。

 それをまっすぐに伝えられるのは子供だからだし、言ってることだって夢のような子供じみたこと。

(でも、あれが雫の好きの答え、なんだよね)

 私のこと好きだなんていうのは年上への憧れだったり、つらい時に一緒にいてくれたことだったり、気づいて欲しくない、でも気づいて欲しいことを気づいて心配したことだと思う。

 お嫁さんになりたいだなんていうには、弱いのかもしれないけど私だってさつきさんのことをお嫁さんとかはともかく一生尽くしてあげたいくらいには思っていた。だから、雫のことは笑わないし、笑えない。

 いつか雫は自分の言ったことの違和感に気づくときも来ると思う。子供は移り気しやすいものだし、いつまで私への気持ちを保つのかもわからない。

 でも、それまでは雫の真っ直ぐな気持ちを受け止めてあげよう。それは、雫に悪いことだとは思わない。

(……っ)

 二階に上がったところで理解のロビーに私はあるものを見て唇を噛み締める。

 それにうらやましい。

 あんなふうに自分の気持ちを素直に伝えたい人に伝えられるっていうのが。

 私は足を止めてロビーで談笑している美優子とせつなに目を向けた。

 何を話しているかまでは正確に聞き取れないけど、二人ともどこか複雑そうに話をしている。特にせつなは悲しそうにすら見えた。

 美優子がせつなのことをどんな風に思ってるか大体知ってるつもりだけど、せつなが私を【涼香】って呼ぶ美優子をどんな風に思ってるか知らない。

怖くて聞きたくもない。

「…………っ」

 私は二人で話しているところになんて入っていきたいと思えなくて踵を返し早足に階段を下りていった。

 あんなに小さい雫ですら自分の気持ちを伝えてきているのに……私は何をしているんだろう。

 この数週間ぬぐいきれることのない自虐感を感じながら私は気持ちを伝えるべき二人から離れていった。

 

 

10-3/10-4,5/11-1

ノベルTOP/S×STOP