「じゃあ、お母さん。行ってくるね」

 わたしは元気よくお母さんにそういうと家を出て行った。

 涼香さん……今日はいる、かな?

 すっかり秋模様になった町並みをバスから眺めながらも涼香さんのことばっかりが頭の中をめぐる。

 どうして涼香さんこのところ学校が終るとどこか行っちゃうんだろう? 

 種島さんは涼香さんがわたしのこと嫌いじゃないって言ってくれたけど……やっぱりわたしなんかといたくないのかな……それに、朝比奈さんも種島さんも涼香さんと一緒にどこか行くこともあるし。

 きちんと聞きたいけど、話したくないなんていわれたらって思うと怖くて聞けない。実際、涼香さんは教えてくれなかった。わたしなんかに話したくないから?

 涼香さんやっぱり……わたしのこと……

「西条さん、いらっしゃい」

「美優子ちゃん、ようこそ」

 寮につくと入り口の側にいた先輩たちがわたしを迎えてくれた。わたしは軽く頭を下げて、涼香さんの部屋に向かおうとしたけど心が拒絶をみせた。

 もしいなかったら……

 また嫌われてるんじゃないかって思っちゃうから。

「涼香なら、部屋にいるわ」

「え……?」

「会いにきたんじゃないの? 友原さんに」

「ぁ、そ、そういうわけじゃ……」

 別に、涼香さんだけに会いに来たわけじゃ……ここにくれば今いる先輩たちにしろ誰かはいてくれるから……涼香さんいなくても……

「じゃあ、ここで私たちとお話していく?」

「あたしたちはそれでもかまわないわよ」

「あ、う、え、えっと」

 涼香さんだけに、会いに来たわけじゃない。その通りだけど、涼香さんがいるなら……会いたい。

 もしかしたら嫌われてるんだとしても、それでもわたしは涼香さんに会いたい。

「す、すみません、あの……わたし」

「いいよ。気にしないで、やっぱり同じ学年のほうが話も合うだろうし、いってらっしゃい」

「は、はい。失礼します」

 優しい先輩たちの言葉に触発されてわたしは涼香さんの部屋に向かっていった。部屋じゃ多分朝比奈さんが一緒にいるだろうから二人きりにはなれないかもしれないけど最近ほとんど話せてなかったから二人きりじゃなくても一緒にいられるだけで嬉しい。

(……朝比奈さんは、いつも涼香さんと二人きり……なんだよね?)

 朝も、夜も、寝るときもずっと一緒。色んなおしゃべりしたり、一緒に着替えをしたり、前に涼香さんが来ていた服を朝比奈さんが着てたことあったけど、あれは二人のお洋服を交換したりとかしてたのかな……?

(いつもどんなこと話してるんだろう。学校のこととか、世間話とか……わたしのこと、話したりするのかな?)

 もしそうならどんなこと話してるのかな?

 そんな風に朝比奈さんのことすごくうらやましいって思う反面、わたしはずっと同じ部屋なんかにいたら色々心が持たなくなっちゃうような気がするから今のままでもいいかもしれない。

……ちゃんと涼香さんがわたしにかまってくれるなら。

 コンコン。

 涼香さんの部屋に着いたのでノックをしてみたけど、反応がない。

 いない、のかな? でもさっき先輩たちは部屋にいるって。

「失礼します」

 ノブに手をかけると鍵は開いていたので、勇気を出してドアを開けてみた。

「あ…………」

 すると、中央においてあるテーブルの横で仰向けにくたーって眠る涼香さんが目に飛び込んできた。

 すー、すー。

 起こさないように静かに近寄ると可愛い寝息が耳に聞こえてきた。

 どうやら朝比奈さんはいないみたい。

(涼香さん、幸せそう)

 なだらかな胸が規則正しく上下して、顔には少しの笑みが浮かんでいる。

 楽しい夢でも見てるのかな?

 涼香さんが寝てて、話せないのは残念だけどこんな風に幸せそうな涼香さんを見ているだけでその幸せがわたしにもうつってきちゃう。

 涼香さんの夢にわたしがいたらいいな。

「………………」

 わたしはある衝動に駆られて涼香さんの顔とドアを交互に見つめた。

 いいの、かな? 涼香さんは寝てるし、バレないよね?

 涼香さんの意思を無視してしても、ただの自己満足なのはわかってるけど……でも、してみたい。

 わたしは膝を折って涼香さんの頭の側に腰を下ろすと涼香さんの頭にそっと手を添えた。

(涼香さん、ごめんなさい)

 そして、涼香さんの頭を持ち上げると……

わたしの膝に乗せた。【ひざまくら】、そんな言葉で呼ばれるもの。

 涼香さんの細やかな髪が肌をこすってくすぐったい。

 こんなの自分勝手だとは思うけど、涼香さんだって枕もないんじゃ苦しいかもしれないもの。

「………………ん」

 久しぶりの涼香さんとの二人の時間。

 涼香さんとは話せていないけど、こうしてるだけでもわたしは嬉しかった。

(涼香さん……)

 わたしはもう一度涼香さんの顔に手を添えた。

「んっ……」

 涼香さんはそれに反応するように身を捩る。

 ほっぺを撫でて、目の近くまで手を持ってくる。ほっそりとした繊毛が綺麗で、可愛かった。でも、綺麗とか可愛いとか関係なくてわたしは涼香さんのことがすき。

 また頬に指先を伝わらせて、今度は口元に持っていった。涼香さんの赤くて形のいい唇をそっとなぞる。

 やわらかい。この唇がわたしの唇に……そのことを思い出そうとしても突然でびっくりしちゃってせいであんまり詳しく覚えてない。でも、人生で一番の衝撃だったのに関わらず嬉しいっていう気持ちがあったのは覚えてる。

「ん、もぅ。雫、へんなところ触んないでってば〜」

!!?

 すずか、さん? 起きた?

「ん、ぅ……スー」

 と、思ったけどすぐにまた可愛く寝息を立てる。

 どうやら寝言だったみたい。

 よかった、こんなこと勝手にしてるなんて思われたらまた自分勝手な女の子だって思われちゃう。

(………………雫?)

 なんとなく、その名前が気になった。

 聞いたことのない名前。少なくても、この寮の人じゃない。

 涼香、さんは今その人の夢を見てるの? わたしじゃなくて雫さんっていう人の夢を見てこんなに幸せそうな寝顔をしているの?

やだ……そんなの。

 心が沈んでいくのを感じた。

 心と一緒に顔が下向きになると、ノックと一緒に声が聞こえてきた。

「涼香ちゃん、せつなちゃん、いるー?」

「!!」

 そしてすぐにドアが開く。

 ゴンッ。

 わたしはあわてて膝を引いたら、涼香さんの頭が床に勢いよく当たってしまった。

(ご、ごめんなさい)

「あれ? 美優子ちゃん、なにしてるの?」

 入ってきたのは種島さんで、わたしと涼香さんを交互に見やる。

「あ、え、えっと……」

 涼香さんが寝てるのに、涼香さんの部屋で何してるの、なんて聞かれたらどうしよう。涼香さんが寝てたから思わず膝枕しちゃったなんていえるわけないし。

「あ、涼香ちゃんねてるんだ。最近は疲れてるだろうしね。じゃ、いいや、美優子ちゃん、よかったら私たちの部屋でお茶でもしない?」

「あ、は、はぃ」

 幸い種島さんは追及してこなかったのでわたしは涼香さんに申し訳ないと思いながら、種島さんの誘いに了承した。

 

 

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