ん、ンク……。
梨奈さんのお部屋で用意してもらったコーヒーを飲む。
梨奈さんたちのお部屋も涼香さんたちのお部屋と内装はほとんど変わらなくて、備え付けの家具以外には細々としたものが少し違うくらい。あとは、散らばってるティーン誌とか漫画雑誌とかは趣味の差が出てるみたい。
苦い。
コーヒーって普段あんまり飲まないからお砂糖をあんまり入れなかったけど、苦いのはいや。わたしは緑茶のほうが好き。
涼香さんも、そうだって言ってたし。涼香さんと好みが一緒だと思うと頬がほころんじゃう。
「梨奈、なんかこの子元気なくない?」
結城さんが種島さんに囁くようにいった。わたしに聞こえないように言ったつもりなのかもしれないけど黙ってたせいか耳だけは鋭敏に反応した。
結城さんは嫌いじゃないけど、あんまり話したことないし……ちょっと苦手。声が大きくてハキハキところは涼香さんに似てるけど、涼香さんとは違う感じで少しだけ怖い。悪い人とはおもわないんだけど。
「かもね、美優子ちゃんどうかした?」
「え? あ、な、なんでも……ありません」
……種島さんや結城さんは、【雫さん】のこと知ってるのかな。
この二人だってわたしよりもずっと涼香さんと一緒にいるんだからもしかしたら知ってるかもしれない。でも、知ってるって言われたら……わたしだけが仲間はずれになった気がして……
「あ、あの……お二人は、【雫さん】って言う方のことご存知、ですか?」
聞くのも怖いけど、涼香さんにあんな顔をさせる雫さんがどんな人か知りたい。
「あれ? 美優子ちゃん、雫ちゃんのこと知ってるの?」
「さ、さっき、涼香さんが寝言で……」
種島さんは、楽しそうに笑ってそうなんだと呟いた。それに対して結城さんは腕を組んで心当たりを探すようにしている。
「夢にまで出てきちゃうんだねぇ。あれだけ慕われてるだもん、そうなるかもね。うんうん、雫ちゃん可愛いからね」
「あぁ、雫ってあれ? 最近、涼香がよく会いに行ってるていう。そういや、最近涼香がよく話してくるね」
(…………っ)
やっぱり……知ってるんだ。
よく会いに行ってる? 涼香さん……いつも雫さんのところに行ってるの? だからいつも寮にいないの?
(しず……く、さんに……会いにいってるから?)
知らなかったのわたしだけなの? 涼香さんと親しいひとは皆知ってる風なのに、わたしだけが知らなかったの?
心の足場がグラグラって揺れる。涙がでてきちゃいそう。
「あ、あの……失礼、しまっ……す」
鼻声でそれだけいうと逃げるように種島さんたちの部屋を出て行った。
「え? あっ美優子ちゃん!?」
種島さんの声は聞こえたけどそれを無視してわたしは寮の中を力なく歩き出した。
どうしよう。帰ろうかな? 今涼香さんに会ったりなんてしたら泣いちゃうかもしれない。また涼香さんのこと困らせちゃう。
私は玄関に向かおうと廊下の中を歩いていると
「あ、みゅーこ……」
「涼香、さん」
「えっとさ、私に何か用? 寮をふらふらってしてたらなんか先輩たちがみゅーこが私に用があるみたいなこというから……っ。美優子!?」
やだ……涼香さんのこと見てたら、名前も顔をわからない雫さんと涼香さんが楽しそうにしてる光景が見えてきちゃって……
「あ、えっと。と、とりあえず私の部屋来る? ま、また私が美優子を泣かせたとかいわれても困っちゃうし」
頭の中がぐちゃぐちゃになって何を言っていいのかわからなかったけど、涼香さんが手を引いてくれたのが、久しぶりに感じられた涼香さんのぬくもりが嬉しかった。
……涼香さん、やっぱりわたしといてもつまらなさそう。困ったように見える。
わたしなんかといるより雫さんに会いに行きたいのかな……
「ん〜」
涼香さんは右手でしきりに後頭部をさすっている。
あ、そうだ、涼香さんに頭のこと謝らなきゃ。
「あっ。あ、あの、涼香さん」
「……ん、なに?」
「あの、頭大丈夫ですか?」
「へ?」
涼香さんはひどく調子の外れた声を出してまじまじとわたしのこと見つめた。
わ、わたし何か変なこと言った? おかしくないよね? 頭、痛そうにしてるから、わたしのせいなんだから聞いてもいいことよね?
「……えーっと、私、いつもそんなにおかしい、かな?」
複雑そうな表情をしてから乾いた声で、不安そうというか言葉が見つからないような感じで言葉をつむいできた。
そこで、わたしと涼香さんの食い違いに気づいた。
「あ、え、ち、違うんです! そ、その! 頭、痛いんじゃないかって思って」
「あ、ぁ、あぁ。な、ならそういってよ。もう、一瞬みゅーこにおかしな人って思われてるんじゃないかって思っちゃったじゃない」
「す、すみません」
「ん、そういえば確かに頭なんかズキズキするけどどうしてみゅーこがわかるの?」
「あ、え、あの」
ど、どうしよう。わたしが勝手に膝枕して種島さんに見つかりそうになったから、涼香さんの頭を床に落としちゃったなんていえない。
「え、えっと。そ、そうだ、雫さんってどんな方、ですか?」
言葉に窮したわたしは丁度頭をよぎった別の話題を口にして後悔した。
あ、や、いや。涼香さんの口から雫さんのことなんて聞きたくないのに。
「雫?」
わたしから思いもしなかった名前を聞かされた涼香さんは思案顔を見せて首をひねった。
「どうして、美優子が雫のこと知ってるの?」
そこでまた墓穴を掘っていたのに気づいた。わたしから、その名前が出たらおかしい、種島さんや結城さんだってわたしが雫さんのこと知らないって思ってたんだから。
種島さんから聞いたっていえばいいのかな? でも涼香さんに嘘をつくなんてしたくない。
「……涼香、さんが、寝言でそういってたんです」
「あーそういえば夢に雫が出てた気がするなぁ。ん、で何で私の寝言なんて聞いてるの?」
「た、たまたまドアを開けたら聞こえただけで、な、何もしてませんから!」
「う、うん」
バレるんじゃないかって思ったら、思わず声が大きくなっちゃった。
涼香さんはまた困ったような顔を見せたけど、まぁいいかと自分の中で何か踏ん切りをつけたみたいなことをいった。
「雫が、どんな子か、ね」
「べ、別に無理には……」
「一言でいうと、なんだろうねー、とにかく可愛い子かな」
胸を深く抉ってくる一言。
「そ、そぅですか」
「夕陽が大好きで、もの食べたり、飲んだりするときの仕草はほんと筆舌に尽くしがたいっていうか……」
涼香さんはどんどん雫さんのことを話していく、その中にいっぱい可愛いとか、褒め言葉ばっかりが出てきて、涼香さんが雫さんのことたくさん知ってて、大切に想ってるんだって伝わってきた。
(…………………涼香さん、雫さんのことが好きなのかな)
やだ、泣いちゃいそう。
だめ、泣いたりなんかしたら涼香さんにおかしな女の子だって思われちゃう。でも、雫さんのことを話す涼香さんのこと見ていると自然に……
「美優子?」
涼香さんがわたしのこと見てる。
このまま黙ってたらまた変だって思われちゃう。
聞きたいことがあるけど、聞きたくない。聞きたくないけど、聞きたい。聞くのが怖いけど、聞かないもの怖くて……
自然に言葉が出てきた。
「す、涼香さん。あの、雫……さんとわた…し、どっちが、す、…すき………か、可愛いですか?」
好きですか?
なんて聞けない。
もし、雫さんのことのほうが好きだなんていわれたら……
「ま、また唐突に聞いてくるね。っていうか、雫に【さん】なんていらないと思うけど……どっちが可愛いかって聞かれた、まぁ、雫……かなぁ」
(っ!!)
やだ、やだやだ……涙が……溢れ……
「美優子には悪いかもしれないけど、まぁ、ちっちゃい子の方が可愛いっしょ」
「……ちっちゃい……?」
「それに、小学生くらいって天然の魅力があるしね」
…………小学生?
沸騰しちゃった頭の中を思いも寄らなかった単語が冷やしていく。
「あ、の……雫……ちゃん? って小学生なんですか?」
「うん? あれ? それは知らなかった? って、み、美優子!?」
(よかった……よかった)
本当に、よかった。
夢にまでみる【雫さん】が小学生なんだって知って、安心したら……今度は、そのせいで気が抜けて涙が止まらなかった。
「美優子、え? ど、どうしたの?」
そして、嫌われちゃったんじゃないかって思っていた涼香さんがこんなにわたしのこと心配してくれるのが嬉しかった。
そうしてわたしはしばらく、笑顔で泣き続けるのだった。
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はい、このへんで終わりです。いつもながら中途半端ですね。おまけなので大目に見てください。
これは十話書き終えた直後に書いてたので何を思って書いたかとか忘れましたw。
まぁ、おそらく、膝枕を書きたかったのでしょう(なにw
あと十一話に一応、雫と美優子のことを書きたかったので十話に取り入れなれなかったところ補正といったかんじでしょうか?
内容としては美優子の心情がちょっと極端かなとは思いますけど、人のこと好きになるとその人のことしか見れなくなるだろうし、どう思われてるか、もしかしたら嫌われてるんじゃ、こんなことしたら嫌われるんじゃって気になって不安になっちゃうのは仕方ないでしょう。
まして、美優子はそんな性格でしょう。
でも、好きだから一緒にいたいし、怖くても自分と人を比較したくもなります。まぁ、典型的といえば典型的ですけどね。
というわけで、十一話はもう少しだけお待ちを。