お昼ごはんを食べ終えた私は、部屋に戻ってくると即テーブルの横に寝転がった。
「むぃー」
あー、気持ちいいー。
お気に入りのクッションに頭を預けてはしたなく体を脱力させる。ご飯を食べたあと特有の心地いい眠気に誘われるまま、目を閉じていく。ここいくらかは平日休む暇がないから、たまの休みにこうして休んでられるのはすごく幸せな気分。
「ちょっと、ご飯食べてすぐに寝るんじゃないわよ」
少し遅れて入ってきたせつながいきなり文句をつけてきた。少しむっときたけど起きないまま言葉だけを返す。
「なによー、牛になるとでもいいたいの?」
「だらしないっていってるのよ」
「いいじゃない、学校がある日はあんまりこういうことできないんだから。雫と遊ぶのって結構疲れるんだよ? 移動するだけでもね」
「なら、無理に毎日行かなきゃいいでしょうに」
「そういうわけにも、ね。まぁ、せつなは怖がられてるみたいだからそういいたくなるのかもしれないけど?」
お嫁さんになるなんてまで言われちゃ、会いにいかないわけにもないでしょ。せつなはたまーにだから疲労はそんなでもないかもしれないけどね。もっと頻繁にいけばちゃんとなついてくれるかもしれないのにね。梨奈にはもうかなりなついてるもん。
「あの子だって私がいないほうがいいんじゃないの?」
あらあら、思ったよりも気にしてるみたいだね。ちょっとだけ顔を起こしてせつなの顔を覗き込んでみると若干いじけてるようにも見えておもしろい。
「まぁいいわ。なら、私はお姉ちゃんのところにいってくるわ。休みだからってあんまりだらけてないでよ」
「うぃー、いってらっしゃーい」
パタン、としとやかにドアを閉めてせつなは出て行った。
(……………むぅ)
体は疲労で満たされていて確かに眠気もきているのに、うつらうつらはしても何でかなかなか眠りがやってこない。でも、ものすごくだるくて眠くはある。
そのまましばらくたつとドアが控えめに開く音がした。
「……つれ……し…す」
(ん……せつ、な……?)
が、戻ってきたんだろうとかまわないでいると侵入してきた人物はそのまま私の横に座った。
うー、なんか朦朧としてる。部屋に誰かいるなら起きなきゃとは思うんだけど、もう本気で眠すぎてを目をあけるのも面倒。
(……?)
しばらくすると、急に頭が浮き上がって、次いで暖かくて、やわらかな感触がした。
なにこれ? やわやわで気持ちいい。クッションよりいいかも。
ほとんど無意識に半目で何かを確認しようとしてみると……
(みゅー、こ?)
なんでここに……この気持ちいいのは美優子の太もも? あー、っていうかせつなじゃないんなら起きてあげなきゃまずいのかな……でも、駄目やっぱ、眠いや。
にしても、初めてなはずなのに、初めてな感じがしないや。むぃ……ほっぺ触んないでよ…くすぐったい。
んっ、くちびるなんて触ってどうするつもり……。
あれ? っていうか、こんなところ誰かに見られたらまずくない? 多分今、美優子に膝枕されてるんだよね? こんなところ梨奈とか夏樹……せつなに見られたら……
そもそもなんで美優子がこんなことしてるの? あれ? もしかしてこれ夢なのかな? こんなことしてくるなんておかしいもんね。大体、休みだから美優子はいないはずなんだし。あ、でもこの前も遊びに来てたな……んぅ、ほっぺくすぐったいってば。
眠気のせいで今が夢か現かわからない。はっきりと思うのは妙に心地いいってことだけ。
これ、夢ならいいけど現実なら……やっぱり誰かに見られちゃまずいし……。
(??)
急に頭が少しだけ持ち上げられて、あごに手を添えられた。
ん、今度はなにー? あごをくすぐって……るわけじゃないや、なんかなでてるんじゃなくて……上向きにされ…あれ……これってまるで……
端からみたらこれって……童話とかであるような…お姫様が…キスされるシーンみたいな……?
(!!!??)
キス!?
それに思い立ったとき一瞬で頭が覚醒した。
同時に色んなことが頭を駆け巡る。飛び起きたりなんてしたら、美優子がびっくりしちゃうとか、もしかしたら悲しませちゃうかもしれないとか。それでなくても気まずくなるなとか。
でも、考える時間なんてなくて……反射的に寝返りをうった私は
がツン!
「ぐがっ!! っ〜〜〜」
美優子の膝から転げ落ちて床におもいっきり頭をぶつけてしまった。
「す、涼香さん!!」
と、心配そうに呼ぶ美優子の声を聞いた私は……自分の身勝手さを呪うのだった。
週があけた月曜日。寮から逃げるように雫のところへ来た私は、ベンチに座りながら何気なく頭をさすっていた。
隣じゃ雫が今日あったことなんかを楽しそうに話してる。
まだちょっと腫れてるなー、というか前もなんだか昼寝から起きたら頭痛くなってたときがあったような。
でも……あれも自業自得なのかな。私が美優子のことほっぽいたせい、なのかな? 美優子が寂しがってるのは知ってるくせにね。結局雫のことは話しても、せつなとは違ってここに誘ったりしてない。一回くらい……誘ってあげたほうがいいのかな。
美優子は、私が美優子のことかまわないのが辛くて悲しいんだよね……あのキスの未遂はその中で美優子が私にした抵抗なのかもしれない。
雫のことで泣いたのは……雫のこと小学生だなんて知らなくてヤキモチっていうか……とられるとでも思ったのかな……?
(好き……か)
いつまでもこうしてるわけにはいかないってわかってる。せつなと美優子に向き合わなきゃいけないときがくる。でも雫のことはほうっておけない。またいつ雫がなにかされるかだってわかったもんじゃないんだし。
ビュウウ。
「っぅうー」
強い風が吹いてきて雫と二人、体を震わせた。私のほうはその一瞬だけだったけど雫は寒そうに腕を何度もさすってる。よく見てみると、雫は結構薄そうな服。子供なんて天気予報みないだろうから、朝の様子で服を決めてきたのかもしれない。そういうことを注意してくれる人だったいないんだろうし。
「雫、寒い?」
「う、うん」
「そんなに薄着してるからよ。こういう時期はなにか羽織れるもの一つもっとくものなの」
まぁ、私も制服しか着てないけど。雫のこと考えれば早めに帰らせてあげるべきなのかもしれないけど、それは雫にとっては酷なんだよね。
「しょうがない、ほらっ、こっちきて」
私は雫の体を引いてピタッと密着させた。雫は甘えるように肩っていうか首をくた〜っと預けてはにかむ。私も寒いのは事実だし、こうしてるのは結構あったかくて気持ちいい。
「ねぇねぇ、おねーちゃん、雫ぎゅーってして欲しいな」
「ぎゅーって……抱けってこと?」
「うん、だって寒いんだもん」
さすがにそれは恥ずかしいね。
「もぅ、しょうがないなぁ」
そうはいっても、雫に風邪引かせるわけにもいかない、か。
雫を前にやって包み込むように抱きしめた。服の上からでもぷにぷにで子供らしい感触が感じられる。体温も高くてなんか、犬かネコの子供を抱いてるみたい。実際、ちょっと似てるところもあるしね。可愛いところとか……傷なめたりとか。
「えへへ〜、おねーちゃん。あったかーい、大好きー」
私の腕の中で体をくねらせた。本当に動物みたいに思えてくる。
(大好き、か)
全然迷惑なんかじゃないけど、なんていうか私って意外に罪な女だね。…あぁ今のやっぱなし。冗談にならない。こんな風に慕われるのは嬉しいけどお嫁さんになりたいだなんていうときどんな気持ちだったのかな……
「雫、雫はさ……この前私に告白してくれたとき……怖くなかったの」
「???」
「えーと、ね。お嫁さんにしない、とか……私が雫のこと……その…嫌いだったらとか、断られたらもう気軽に会えなくなっちゃうとか、思わなかった?」
って、子供相手に真面目に聞きすぎかな。
「え……おねえちゃん、雫のこと、きらい、ヒク…なの? あいたくないの……? ふえ……」
雫はこの世の終わりみたいな絶望の表情になって今にも泣きそうになった。っていうか、早くも瞳いっぱいに涙がたまってる。
「わー、違う違う! 雫のこと大好き!! もしねっ! もし」
力いっぱい否定してあげると今度は一転して笑顔を見せた。一言、一言で泣いたり笑ったり忙しいね。喜怒哀楽がはっきりしてるっていうのは魅力かもしれないけど。
「よかったー。えっとね、おねえちゃんが雫のこときらいでも、雫はおねえちゃんのこと好き。きらいでも好きになってもらえるようにがんばるー。雫、おねえちゃんのこと大好きだもん」
可愛い、ね。ほんと、に。
(……………)
雫のいってることは、やっぱり子供の考えでしかないと思う。自分に気持ちが向いてないのに、大好きって思うことは……可能かもしれないけど……振り向いてもらえるように頑張るなんて簡単じゃない。
答えなんてないのかもしれないけど、無邪気にこう言える雫がうらやましかった。
「あ、そうだ。おねえちゃん、目つぶって」
「ん、なぁに?」
「いいから、はやくー」
なんだろうね、急に。まぁ、いいやここはお嫁さん候補の雫の言うことを聞いてあげよう。
「はいはい」
私は軽く目を閉じる。
雫はんしょっと、甲高い声をあげて
……ちょっと、胸触ってるよ。くすぐったいっていうか、もどかしい感じ。触ってるというよりは手を添えてるって感じだけどっつ! 胸に体重かけてこないでよ。左手は首と肩の中間あたりにあるね。何するつもりだろ?
……思えば、好きだって言ってくる人間に目を瞑ってといわれて、はい、そうですかと目を閉じた私が無用心というか、無防備だったんだよね。漫画とか小説でお決まりのパターンでしょ?
「ん〜、ちゅ」
雫の唇が触れた感触がした。ただし、予測とは違ってほっぺたのほうに。
「し、雫!?」
驚きに目を見開いて雫を少し引き離すと、雫は恥ずかしそうながらも嬉しくてたまらないといった顔をしていた。
「えへ、雫はおねえちゃんのお嫁さんになるんだから、雫のファーストキス、おねえちゃんにあげるね」
「え、い、いや、あの……ね」
「あはは、おねえちゃん、顔真っ赤だよ?」
「う、うるさい」
うぅー、自分でも自覚しちゃうくらいに確かに赤いと思う。恥ずかしさじゃこの前に膝を舐められたときのほうが上だけど、なんかわざわざファーストキスだなんていわれると意識しちゃって……し、雫にまでこんなにドキドキしちゃうなんて……不覚というかなんというか。
ある意味自分が情けない。
「おねーちゃん、大好き♪」
勝手にキスなんてされて怒りたい気分ではあったけど、あまりに雫のことが可愛く思えてなんだかんだ言って許してしまう自分がいた。