「はぁ…………」

 次の日。

 久しぶりに雫にたこ焼きでも買ってあげようと公園の外にまで買いに行っていた私は遊歩道から高見台へ向かう道中ため息をつきながら考え事をしていた。

 あぁーあ、もう何なの私は……? 雫に……子供にキスされて赤くなるっていうか意識しちゃうなんて……気落ちするねぇ。

 もしかして、私って女の子なら誰でもいいわけ? せつなにキスされて、して。美優子にもされて、して、雫にまで……いや、雫にはされはしたけどするつもりなんて全然ないから!! 

せつなや美優子は取り返しつかないし、私にしてきたのは自分の意思でそれは大切な想いだったんだろうからしてきたこと自体にはなにもいえないけど。雫の場合はあれが雫の意思で本気だとしてもやっぱりまずいって思う。

 キスって、そんなに簡単にしていいもんじゃないでしょ。

 原因作ったのは私なんだけどね……

「はぁーあ。……ん?」

 遊歩道の出口に来ると私は足を止めた。

 今日は雫の出迎えに梨奈を残してあるから問題ないって思ってたけど、問題なのは梨奈と雫、じゃなくて雫ともう一人、初対面になる美優子だったみたい。

 美優子は子供とか嫌いじゃなさそうだけど、困ったように梨奈と雫がいるベンチからは少しはなれていた。

 遠くからじゃよくわからないけど、また雫がせつなの時みたくしたのかな。美優子の顔があの時のせつなにそっくりだし。

「おまたせ」

「あ、おねーちゃん!

 私の声を聞くと同時に雫は私に抱きついてきた。梨奈にたこ焼きを渡すと、とりあえず一緒に食べようと美優子を近くに呼ぶ。

「で、梨奈? 美優子はどうしたの?」

「うーん。美優子ちゃんがどうっていうよりも涼香ちゃんが連れてきたっていうのがおきに召さないみたいだよ」

「なにそれ?」

 美優子には聞こえないようにぼそぼそと話ながら私も腰を下ろす。と、雫がなぜか強引に私と梨奈の間に割り込んできて私は端に追いやられた。たこ焼きを持ってるのが梨奈なので必然的に美優子は梨奈の隣に座る。

「みゅーこ、雫になにかしたの?」

「え、あ、あの……わ、わかりません」

 これは何かしたのかわからないじゃなくてどうして、警戒されてるのかわからないってことだろうね。

(ふぅ……まぁ、美優子はせつなと違うしみゅーこ相手ならそのうちなれるでしょ)

 楽観的に考えて、談笑しながらたこ焼きをみんなでほおばっていると、美優子のほっぺと、いうか唇のすぐ側にかつお節がついてるのに気づいた。

「みゅーこ、ほっぺ」

 と指差してあげても何のことだからわからないみたいで首をかしげて見当違いな所を触ってる。

 ひらひらとかつお節が舞うさまはおもしろいけどあんまに女の子にずっとさせてるものでもない。

「もぅ……」

 美優子の行動はもどかしくて、私は立ち上がって美優子についてたかつお節をとった。

「ほら、これがついてるっていいたかったの」

 美優子にみせてそのままそれを口に含める。

「あ、ありがとう、ございます」

「おねえちゃん!

 美優子が照れたようにお礼をいうのと同時くらいに雫がなにか怒った様な声を出した。見ると、何故か明らかに不機嫌そうな顔をしている。

「どしたの? 雫?」

「雫、寒い!

 いや、そんなことを怒っていわれても……

「だから、そんなに薄着してるからだって、昨日も言ったでしょ、何かもっとけって。まぁいいや、今日は私のセーター貸してあげる」

「違うの! いつもみたいにぎゅってして欲しいのー」

「なっ!

「あれ? 涼香ちゃん、いつもそんなことしてあげてるの?」

 雫の言葉に狼狽した私をよそに梨奈の狙ってるんじゃないかっていう楽しそうな質問。

「い、いつもなんかじゃないってば……」

「でも……してるんですか?」

 対照的に不安そうな美優子。

「うんッ! 雫が寒いときにはいっつもおねえちゃんがぎゅーってしてくれるの。おねえちゃんあったかくて、すっごくいい匂いなんだよ」

「な、なにいってんの雫! 昨日たまたましてだけでしょ」

 美優子の前でそんなこと言わないでよ。

「なに? 涼香ちゃんって寒いって言えば抱いてくれるの? じゃあ、今度寒いときには私も頼んでみようかなー。ねぇ、美優子ちゃん?」

 っく、梨奈、もしかしたら、わかってていってる…?

「え、あ……は、はぃ……おねがい、します」

 って! 美優子も真面目に受け取んないでよ。

 あぁもう! なに今の状況は! 雫はなんでか怒ってわがままになってるし、梨奈は楽しそうなのがむかつくし、美優子は梨奈の変な言葉に頬を染めてるし。

「おねえちゃん、早くー」

「ど、どうしたの雫、いつもはそんなにわがまま言わないでしょ」

「してあげたら? 涼香ちゃん、私は気にしないから」

 私【は】ね……。だめだ完璧に今の梨奈は敵だ。

 気分的には八方塞で四面楚歌って感じ。どこを打ち破って脱出すればいいのか。

どこも何も行動を起こせる相手は雫しかなくて、イエスかノーで答えるしかないんだよね。

「しょうがないね、雫。してあげる」

 一番話の通じない相手は雫なんだから雫の言うことを聞いてあげるのがここじゃ最適な選択肢だよね……多分。

「わーい」

 ベンチに戻って昨日のように雫を膝に乗せて抱きしめる。

「……涼香、さん……」

 あぁ、美優子そんな顔しないでよ。これは別に雫のほうが美優子より大切だとかそんな深い意味ないんだからね、ただこの場じゃ雫のことを優先させてるだけで……。

(はぁ……)

 私は心の中だけでため息をついて、やけに疲れる日になったなぁ、と思い返すのだった。

 だけど、どうして雫がこんな風にちょっとわがままを言ったり、抱いてとせがんだり、……昨日みたいにキスしてきたりするのか今の私には察することができなかった。

 

 

 ザー。

 雨が、降っている。

 平日の放課後、寮の中を行くあてもなくふらふらしていたら、二階のロビーでこの時間あまり寮でみかけない人物を見かけた。

「夏樹」

 夏樹はロビーのソファでだらしなく足を組みながら横になっていて私が呼ぶとだるそうに体を起こした。

「めずらしいね、部活は?」

「この雨じゃできるわけないって。ま、室内練習やんなきゃいけないんだけど、たまには休まないと持たないからね」

「なら、部屋で寝ればいいじゃない」

「あたしんとこは梨奈がいつも鍵持ってるから入れないんだよ。開けてもらうのも面倒だし。涼香こそ、今日は行かないの?」

「そっちと同じ。この雨じゃ雫だってこないと思うし」

 そんな約束はしてないけど、雫は【夕陽】を見に来るって言ってたんだし、行ってないよね? 家にいたくないとは言ってたけど、この雨じゃいるわけないよね。

 私は夏樹の横のイスに座りながらそう安易に考えていた。

「雫、か。梨奈は可愛い可愛いっていうけど、そんなに可愛いの?」

「ま、すごいよ。……色々ね」

 可愛いのはすごく可愛いんだけど……色々部分部分で色々いいたくなかったり、若干思い出したくなかったりもすることもある。

「なに? 何かしたの?」

 夏樹は普段鈍いくせに、今回は梨奈に何か吹き込まれてるのか鋭く突っ込んできた。

「なっ、べ、べつに……変なことはしてないって」

 ……もう少し私は図星をつかれたときに表に出さない訓練が必要かも。

「ま、それはいいけど。みんなそんなに可愛いなんていってるの聞くと、あたしも会いたくなってくるな」

 梨奈を連れて行ったあとにこれ言われてれば一もなく頷いていただろうけど、せつなと梨奈の様子をみたあとだと簡単に頷けない。

 私は口元に手を当ててしばし考え込む。

「うーん、やめておいたほうがいいかもよ? 意外と人見知りするみたいだし。子供に嫌われるって結構きついと思うし、せつなとか戻ってからかなり落ち込んでたよ」

 その上、あれ以来は誘ってもほとんどこないもんね。部屋戻ってからの落ち込み具合は今までにみたことない感じで、実は結構な楽しんでいたのは内緒。子供恐怖症とかにならないといいけど。

「あぁ、梨奈が言ってたね。西条にも全然なつかなかったとか。でも、あたしなら多分平気みたいなこと言ってたな。そういえば」

「夏樹ぃ? 夏樹こそ子供受けするとは思えないけど」

 結構失礼な言い方だけど……ん、でも子供相手だと夏樹みたいな活発な感じのほうが受けいいのかな? 

 勝手に夏樹と品定めするような目で見ていると、夏樹も私のことを見てなにやら思いついたような顔をした。

「あぁ。もしかしてそういうことなのかな。朝比奈と西条が駄目だったんだよね?」

「そうだけど? それが、なにか問題?」

「ほんとに気づいてない? そりゃ、【雫ちゃん】も怒るんじゃないの?」

「は? なに、まるで私が悪いみたいな言い方じゃない」

「気づいてないなら別にいいけどね、あたしは。梨奈がそういうことにはあんまり首突っ込むなとも言ってたし」

 夏樹はそこまで興味ある様子じゃなくてまたボフンとソファの上に寝転がってしまった。

「ちょっとどういう意味? 私がいつ雫怒られたって……」

 文句をつけようとしたけど、昨日の雫の様子を思い出して抗議をやめる。

 あ、そういえば、昨日はなんか怒ってたな。それに全体的に態度がいつもと違ってたし。でも私が何したの? お嫁さんになるなんていってたから他の人を連れてきたのがデートを邪魔されたような気分になったとか? でも、別にお嫁さんになるって言われてから梨奈連れて行っても別に怒ったりしなかったよね。

 やっぱ、美優子が嫌だったんじゃないの? 私が悪いわけじゃないでしょ?

 まぁ、明日は一人で行ってみて聞けるような機会があったら一回聞いてみよ。せつなや美優子のことが嫌われるなんて私にとってもあんまりいい気分じゃないからね。

 そんな楽天的なことを私は考えていた。

 雫の気持ちに思いを馳せることもできずに。

 

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