「……はい。こっちも、なにか……わかったら連絡します」

 ガチャン、と私は力なく受話器を置いた。

 私は雫の母親から言われたことを頭の中で整理しようとするけど、なかなか事態を受け入れられない。

 雫が帰って来てない……? 家出? 行方不明? 事故? 事件?

 色んな可能性、それも嫌なものばっかりが頭の中を駆け巡り体がものすごい虚脱感に襲われってそのまま倒れそうにすらなる。

(雫……しずく……雫!)

 変だって思ったじゃない! 雫の様子がおかしいって、なにかしちゃいそうだって! 今日だって別れるときなんか……雫が消えちゃいそうな気すらして、それは正しかったのに! どうしてもっとちゃんと聞いてあげなかったの!? 

 雫になにかあったら……私……

「…ら、さん。友原さん!?

「あ、は…はい」

「どうしたの? すごく顔色悪くなってるわよ。それに今の電話、盗み聞きするつもりじゃなかったのだけれど……あんまり穏やかな話じゃなかったわよね?」

 そうだ、今は後悔なんてしてるときじゃない。

 雫を探さなきゃ……

「宮古さん、私少し出てきます」

 そういって部屋に道具を取りに行こうとする。

「っ!」

 けど、宮古さんに腕を掴まれた。

「ちょ、ちょっと待ちなさい! だ、だめよ。こんな時間に」

「放してください!! 私が……私が探してあげなきゃ……私が最後に話したのに、悩んでるの知ってたのに……雫に何かあったらどうするんですか! わたし、わたし……の、せいで」

「落ち着いて、友原さん! そんな詳しい話もわからないで外に出すわけにはいかないわ。まずは話を聞かせて」

「そんな、ことしてる場合じゃ……」

 ない、けど。このままここで押し問答をしていても時間がたっちゃうだけ。心は急いでいるのに、頭はそれでも雫を探しに行くための最上の手段を考えていた。

 私は、雫のこととさっきの電話のことを完結に宮古さんに話す。

「警察に連絡したの?」

「これからみたいです。でも、私が行ってあげなきゃいけないんです」

「そんなこと言っても、心あたりあるの?」

「……わかりません、けど……このままじっとしてるなんてできないんです!

 取り乱す私と対照的に宮古さんは落ち着きながら、でも辛そうに首を振った。

「残念だけれど、私はここの管理人としてあなたを外へ出すわけにはいかないわ。正直、あなたが探しに行ったところで、今度はあなたのことを心配する人を増やすだけだと思う。警察にも連絡するのなら、待ちましょう? 家に帰りたくないのならもしかしたらここにくるかもしれないのだし」

 ……だめだ。今ここで宮古さんと話してても埒があかない。

 ここにくるわけないじゃないですか。ここのことは教えてるけど、寮に、私に頼るくらいならはじめからそうしてる。私に迷惑をかけたくないから私に黙ってたんですよ? と、言えない悔しさに唇を噛み締める。

「…………わかり、ました」

「そう、ありがとう。また電話来たらすぐに呼ぶから部屋に戻ってて」

「……はい」

 誰が素直に言うこと聞くもんか。

 

 

 部屋に入るなり私は、まだ今年出すことのなかったコートを引っ張り出し、ベッドの上にほうりだしてあった財布を取る。

「ど、どうしたの涼香?」

 せつなが驚いて聞いてくるけど、説明してるのももどかしい。でも、直接は関係ないとはいえこれからしようとしてることをすればせつなにも自動的に連帯責任という名で迷惑がかかるからかいつまんで事情を説明した。

「だから、私、行くね。悪いけど、止めないで」

「……止めはしない、けど。どうするつもり? 玄関から出て行こうとしても管理人さんに気づかれるでしょ?」

「飛び降りる」

「え!?

「大丈夫だよ、二階くらいからなら多分怪我もしないってば」

 それくらい、してあげなきゃ。

 普通じゃないこと言ってるってわかってるよ。こんな時間に一人で出歩くなんて本音言えば怖いし、二階からとはいえ飛び降りるとかまともじゃない。

 そもそも私は雫の家だって知らない。私が雫の行く場所で知ってるのはあの公園だけ。探せるのなんてあの公園とその周辺程度しかない。宮古さんの言うとおり、私のことを心配する人を増やすだけなのかもしれない。ただ、ただの希望的観測としかいえないのかもしれないけどある予感がある。

 それに私は知ってる。雫が悩んでいたのを。あの小さな体に不安や、悩み、苦悩、言えなかった、気づいてあげなきゃいけなかった秘密を押し込めていたのを知ってる。

知ってしまった。

 窓の縁に寄った私をせつなは心配そうに見つめたけど、私の気持ちを察してくれてるのかそのままの表情で気をつけてねというと何かを思い出したようにベッドにおいてあったせつなの携帯電話をとって私に放り投げた。

「それ、貸しておくわ。でるのとかけるのくらい教えたからできるでしょ?」

「うん、ありがと。他の皆には適当にごまかして、ってか別に言ってもいいや。出ちゃえばこっちのもんだから」

「えぇ。でも、止めないけど、本当に遅くなる前には絶対に帰ってきてよね」

「そのくらいはわきまえてるつもりだよ。じゃ、行くね」

 せつなに颯爽と背中を向けた私は靴をしたに放り投げて、自分は窓に捕まって少しでも落下距離を少なくして、手を離す。

 ドンっ

「っ〜〜〜」

さすがにいった〜。

数秒痛みと痺れにもだえてたけど、いつまでもここにいたんじゃ音を聞かれて見つかっちゃう。

私は急いで靴を履くと、バス亭のほうに駆け出していった。

 

 

 ……私には探せるような場所なんてここ以外にはない。だけど……

 私は公園に行くための最寄のバス亭に着くと公園に向かって走り出していた。

「はっ、はっ」

 胸が、苦しい。

 人はそんなに全力で走れるようにはできてない。本当の全力って意味じゃ十数秒程度しかもたない。

 肺は苦しいし、腕は重くて、足は痛い。

 でも、スピードは緩めない。

(雫……雫!!

 走馬灯のように雫の姿、雫との思い出が、頭の中を駆け巡っていった。そして、最後に思い悩む雫の顔と、寂しそうな背中が私の足を限界以上に動かしていく。

 階段を上って、公園に入ったところで一端足を止める。

 人は一人もいなくて、雫に逆上がりを教えた鉄棒や一緒に登って話しをしたジャングルジムが幻想的に月明かりに照らされていた。

(いない……)

 そう判断した瞬間に足を高見台のほうへ向けていた。

 バス停からおよそ五分だったけど、普通にだらだら走るならともかく全力で走ってきた私の体は悲鳴を上げていた。

「はっ、……っは……」

 一呼吸するたびに冷えた空気を吸う肺が痛む。

 でも、走る。

(どうして……どうして私は……)

 雫が悩んでるのも知ってたのに、それを悩んでることだけにしか注目しないで、雫の想いをわかってあげようとしてなかった! 今日のあのキスだって、どうしてあんなことしたかを考えてあげなかったの!?

 【バイバイ】っていったのにどうしておかしいって思ってあげられなかったの!?

 あの背中を、消えてしまいそうあの背中が闇にさらわれる前にどうしておいかけて上げられなかったの!?

 次々と後悔の念が湧いてきて、涙まで出てきそうになった。

 今頃雫は一人で泣いてるかもしれない。寒くて、心細くて震えてるかもしれない。もし私が雫のこと見つけられたって雫の悩みを解決してあげられることなんてできないってわかってる。

 いつか思ったように雫じゃ、私じゃ、子供じゃ、どうにもならないことだった。でも、私はそのつらさを少しは知ってるはずなんだから気づけないはずはないのに!

「…っかは。ゲホっ、く……はぁ…あ……ぁ」

 いくら雫のことは心配でも、限界はある。

 私は激しく咳き込んだ。けど、ゆっくりでも足は止めず前に進んでいく。遊歩道も四分の三はきて出口も見えてる。

「行かなきゃ、もう少しなんだから」

 ゴールに、高見台に雫がいるかなんてわかんないどころか可能性としてはいる確率のほうが断然に低いはず。でもここは雫の思い出の場所で、雫の秘密とも関係してる。

 そして……バカな言い方かもしれないけど、私が、雫の好きな人が探しにこられる場所っていったらここしかない。雫の両親だってここに探しに来ることだってあるかもしれなくて、雫が見つけてもらいたい場所はここな気がするから。

だから、ここにいるような気がした。ううん、いて欲しかった。ここまま会えなかったら例え雫が見つかっても、もう会えないままお別れになるかもしれない。その前に、私なんかを好きって言ってくれる人の……

 ……違うよね。雫の力になってあげたいのは、雫が私のこと好きだからじゃないよね。私が雫のこと好きだから、だよね。

(だから、神様。私にそれくらいのチャンスをくれる奇跡を頂戴よ)

「雫!!!

 私は、遊歩道を出ると雫の姿を確認することなく叫んでいた。

「………………おねえ、ちゃん?」

 そして、神様に感謝をする。

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