カポーン。

 って漫画とかのお風呂のシーンだとそんな擬音使われてるけど、お風呂で特にそんな音なんてしないしどうしてなんだろ。

 目の前にあるのは年頃の、ううん、女の子なら誰もがうらやむようなツルツルで、ぷるっぷるの肌。触ると見た目どおりすべすべで、勾玉とかそんな感じの宝石のよう。

「んっ、きゃはは、くすぐったいよぉ」

 その玉のような肌をくねらせて雫は恥ずかしそうに笑う。

「ほぉら、あんまり動かないの」

「だってぇ、髪触られるのって変な感じなんだもん」

 今は雫の髪を洗ってあげてる最中。体洗ってあげてるときもそうだったけど、いちいちくすぐったいとか言って逃げようとしたりするから思ったよりも大変。

「……にしても、うらやましいね。髪とか、肌とかこーんなに綺麗で、何にもしなくてもこんななんだろうね」

 こちとら、色々気を使ってるっていうのに。

「はい、おしまい。って、わっ!

 髪を流してあげると、雫はブルブルと頭を振って水の粒を周囲に撒き散らす。

 もぅ、ほんとにネコかっての。実は猫が人間に化けてるんじゃないのとか若干本気で思っちゃうよ。

「ありがとう、おねえちゃん。……ん〜、おねえちゃん……」

「な、なに?」

 振り返った雫が興味ありげに私の体をまじまじと見つめてきた。普通、こんな風にみんなと一緒にお風呂入ってたって人の体をそんなに深く見ることも、見られることもないからかなり恥ずかしい。

 しかも、なーんか目つきがやらしいっていうか邪まな感じが……

「……おねえちゃんっておっぱいおっきい」

「っ! な、なにいってんの! ほら、早くお風呂はいるよ」

 手を引いて湯船に向かっていくけど、その話題を変えることなく、さらには湯船に使ってもやめようとしない。

「雫ね、全然大きくならないの。どうしたらおねえちゃんみたいになるの?」

「私みたいって…………」

 そもそも私はそんなでもないでしょうに……周りみても私より小さい人を探すほうが難しいっての!

 雫と比べれば月とスッポンっていうかそれ以前の問題だけど。

「雫、早く大きくなっておねえちゃんのお嫁さんになりたいのに。ちっともおっきくならないの」

「ふぅ、すぐ大きくなるよ」

 夏樹みたいな例もいるけどね。

「むー、ねぇおねえちゃん、またお願い、いい?」

「ん、なに?」

 湯船に使ってからの私は雫と会話しながらも熱いお風呂の心地いい感覚に脳を揺さぶられていた。

 んー、やっぱお風呂っていいよねぇ。この体が浮いたような感じになった感じが、特に今みたいに体が冷えてるときだとなおさら。ぽかぽかになって、このままお風呂に住みたくなってくるよねー。

 まぁ、こんな感じで私は正常な思考回路なんて働いてなかったわけで……雫につけこまれれる隙がありまくりだったわけで……

 蕩けてゆるみきった顔をしている私の手を雫はとって…………

 ムニ……

 ムニムニ……

「…………………………なに、してるの?」

 ムニムニムニ

「んしょ……んっ」

 私の言葉を無視して、雫は自分の胸に当てた私の手を一生懸命に動かし続ける。

 あまりのことで、反応すらできずに雫のことを見つめていた私は、しばらくするとようやくまともな意識を取り戻してあわてて手を引いた。

「あ、おねえちゃん、なにするのー」

「そ、それはこっちの台詞でしょ!

「むー、おねえちゃんお願い聞いてくれるって言ったのに。うそつきぃ」

「いや、っていうかなんでこんなことしてるの」

 まわり、まわりの視線が……お風呂にはそれなりに人がいて……その視線が突き刺すように私に集まってるのを感じる。

「だって、みーちゃんがお胸大きくするには好きな人にマッサージしてもらうといいんだよって言ってたの。だから、おねえちゃんにしてもらおうと思ったの」

 たびたび名前が出てくるけど、小学生の高学年でもないのにそんな話をするみーちゃんって何者? 

 つか、そんなの迷信に決まってるって。いや、知らないけど。

「いいんじゃないの、友原さんしてあげれば?」

「そうよ、その子のこと、お嫁さんにするんでしょ?」

「あ〜あ、雫ちゃんかわいそ〜」

 浴場で痛い視線を送ってきた人たちが次々集まってきて無責任な言葉が浴びせられた。ごく普通の反応をしているはずの私のほうが悪役になってしまう。

 極めつけは不安そうに雫が見上げてくるのが……

「……だめなの? おねえちゃん?」

「え、えっと〜、ほらこんな所だと、他の人に迷惑、かか、っちゃう……し、ね?」

 意味わかんない言い訳だね。

 いつぞやの梨奈と美優子で雫にあってたときの梨奈みたいに周りは敵だし、雫をなだめなきゃ。

「意気地なし」

「弱虫」

「わたしたちに遠慮することなんてないのにねー。あ、そうだ雫ちゃん、涼香がしてくれないのならわたしがしてあげようか?」

「あ、なら私も〜」「あたしも〜」と、まるでどっかのゲームとか映画のゾンビのようにワラワラとにじり寄ってくる。

「ちょ、ちょっとやめてくださいよっ」

 私は雫を後ろに隠すようにしてじりじりと湯船を下がっていく。けど、いくら広くは作られていてもホテルの大浴場でもないんだからすぐに端っこに追いやられてしまった。

 雫を完全に後ろにして、先輩たちを強くにらみつける。

「なーに、そんなに雫ちゃんのこと大切なの? 私たちには触らせもたくないってわけ?」

「せ、先輩たちがやらしい目でみてくるからじゃないですか」

 雫のことは大切だけど、独り占めしたいとかそんなんじゃない。ただこの暴漢共の魔の手から雫を守らなきゃ。あ、つか女だから暴漢とは言わないのかな、暴女じゃ意味不明、だけど……ニュアンスが伝わればいいのかな。

 というか私はこんな時になに考えてるの?

「ふぅ、つまらない子ねぇ。ねぇ雫ちゃん、こんなつれない子よりお風呂上がったら、私たちの部屋にこない? お姉さんたちがいいこと教えてあげる」

「いいこと?」

「私の部屋に来てくれれば教えて、あ・げ・る」

「だ、だめに決まってるじゃないですか! 猫なで声なんてしないでください! 気色悪い」

「あんたに聞いてるんじゃないの。雫ちゃんどう?」

 今まで私の後ろに隠れていた雫がぴょこっと顔を出す。

「えっと、ごめんなさい。雫、今日はおねえちゃんと一緒に寝るの。だから、ごめんなさい」

 そうして、水面についちゃうくらいに頭を下げた。

「そう。あーあ。ふられちゃった。にしても、【寝る】なんてちゃんとやることやるんじゃない」

「なっ……にいってるんですか!! だから雫に変なこと吹き込まないでください!

 私はまた雫を守るように前に立ちはだかった。

「もぅ、くだらないこというんなら向こう行ってください」

 雫が楽しいんなら寝る前までくらいは他の人といてもいいかと思ってたけどこんなこというんなら駄目に決まってる。

 しっしと雫に群がる悪い虫共を追い払う。すると、当然そんなに本気だったわけじゃないみたいで口々に私へ文句や軽い嫌味を言いながら離れていった。

 思い返すと、私とはじめてあったときもちょっと心配なる知り合いかただったよね。私がついててあげなくちゃ心配だよ。

 ……こんなので、大丈夫なのかな……

 私は些細なきっかけから気落ちし、雫の頭をなでる。

 それにしてもこんな疲れたお風呂なんて始めて。

「はぁ……」

 ため息をついた私だったけど、疲れるのはまだまだこれからだということ私はまだ知らなかった。

 

 

 お風呂を出て地下から二階までの短い区間に私は一つ考え事をする。

 ……悪いけどせつなには出て行ってもらったほうがいいよねぇ? 邪魔とかいうわけじゃないけど、雫はせつなのこと苦手っていうか嫌いみたいだし。今日は梨奈とかお姉さんのところにでも預かってもらえると助かるな。

 せつなには雫の事情すでに話してるからせつなに対してそんなに罪悪感感じる必要もないし。まぁ、別に雫とは同じベッドで寝るつもりだからいてもいいといえばいいんだけどね。

 雫と話すと、言葉だけで考えれば聞かれて困るようなこともあるかもしれないけど、せつなだって雫相手に本気でヤキモチ妬くこともないだろうし。

 ま、ちょっと話してから決めよっか。

「って、せつな、なにやってんの?」

 部屋のドアを開けた瞬間の光景に疑問を持ってせつなに問いかけてみる。ちなみに雫はせつな見た瞬間、握ってた手を恐れるようにしてさらに強く握ってきた。

 せつなは着替えやら、櫛やら寝るときと寝起きに必要そうなものをテーブルの上に広げていた。私に目をやるけどそのまま作業を続けていく。

「今日は梨奈の部屋に泊めてもらうことにしたのよ。涼香や、雫ちゃんのためにも私はいないほうがいいって梨奈も言ってきたし」

「あ、そうなんだ。なんかごめんね、気を使わせてるみたいで」

 余計な手間が省けたともいえるね。

「私だってその子に気を使ってあげられるくらいの分別はあるわ。もう一緒にいられなくなるって訳じゃないんだし。とにかく二人が来たのだし私も退散させてもらうわ」

 せつなはテーブルの上に広げた用具一式を抱えて、部屋を出て行こうとした。

「あ、涼香が気を使わせてるって思うなら、せっかくだから【貸し】にしておくわね」

「なによそれ。ほんとはそれが目的なんじゃないの?」

「どうかしらね。それじゃ、涼香……頑張れって言い方おかしいだろうけど、頑張ってね」

 最初のどうかしらは少し含みありげに、それ以降は真面目な顔でせつなは言ってきた。

「……うん、ありがと。せつな」

 そのせつなとの慣れたようなやり取りが雫の心を沈ませていることに気づかない。

 そしてこんな所にまで連れてきておいて私は雫になにをしてあげられるのかさえ考えられていなかった。

 

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