せつなが出ていった後二人でお茶とちょっとしたお菓子で、茶話会をしていた私たちだったけど、お茶を飲み終わると雫は服にもぞもぞと手をかけた。

「じゃあ、おねえちゃん、よろしく、お願いします」

「は? なに……がっ!?

 雫は宮古さんに買ってきてもらっていた水玉のパジャマに手をかけてめくりあげていた。肌はほとんど出てないけどまっさらな肌着が胸のあたりまではっきりと見える。

「雫!! なにやってんの!

 私が驚いて声を荒げても雫はそのまま姿勢を崩さない。

「だって、おねえちゃんお風呂で周りに人がいるから二人きりになったからしてくれるんだよね?

「ひ、人がいるから出来ないとは言ったけど、二人になったらするなんていってないでしょう」

「……おねえちゃん、して、くれないの?」

 さ、さすがにね……キスとかよりも全然やばい気するし。

「……そういうこと、軽々しく言っちゃ駄目なの」

「軽々しくなんてないもんっ!

 ようやく……自分の意志というよりも思わず雫はめくり上げていたパジャマを離して、怒鳴った。

 溜まっていた思いを噴出させるかのように。

「雫……おねえちゃんとちょっとでも思い出が欲しいんだもん! 雫だって、すごく恥ずかしいけど……雫だけの思い出……おねえちゃんと会えなくなっても、ちょっとでも寂しくないように……いっぱいいっぱい特別が欲しいんだもん!

 雫の中にある不安な気持ちを閉じ込める器が崩壊したみたいに、聞いていて悲しくも寂しくも……泣きたくなるような気にさせるような声。

「……雫」

 そうだ。自分じゃなだめられた気になってたけど、雫が寂しくて悲しんでる元を癒したわけじゃない。寮に来てからは元気そうだからあんまり気にとめてられなかったけど、私は雫にしなくちゃいけないことがあるはず。

 ………………胸をもむっていうのは絶対に違う気がするけどそれでも雫が望んでるならして、あげたい。

「わかった……だけど、少しだけだからね。あと、パジャマめくったりしなくていいから」

 直接はもちろん無理だし、直接じゃなくても雫みたいな純真な子にパジャマをめくらせて胸を差し出させるなんてむりっしょ。

 先輩たちからはまた意気地なしとか言われるかもしれないけど、私だって譲れないものはある。

……言葉だけは立派だね。

「じゃ、じゃあ……す、するよ……」

「うん」

 私は恐る恐る雫の胸に手を……

「ほ、ほんとうに、するからね?」

「うん」

「ほんとに、ほんとだよ?」

「おねえちゃん!」

「う、ご、ごめん」

 いつまでたっても胸の前でわなわなと手を震わせるだけの私に雫が怒るような声を上げる。

 い、いや、だって、ねぇ、やっぱり……

「…………」

 雫も羞恥に頬を染めてちょっと潤んだ目で見上げてきていた。恥ずかしがってるけど、心待ちにしたあんまり雫に似つかわしくない顔をしてる。

(……っ)

 私は意を決して包むこむように(包むものなんてないけど)雫の胸に手を当てて、外側から押し上げるようにもみ始めた。

「んっあ」

 やわらかいはやわらかいけど、胸のやわらかさじゃなくて脂肪の溜まった二の腕って感じ。あ、でも二の腕って胸の柔らかさと同じともいうよね。

 ムニムニ。

「ぅんっ……はぁ」

 私の手が動くたびに雫が妙な声を上げる。

 なんなんだろうね……この状況。あー、鍵閉めておけばよかった。せつなだって忘れものとかで戻ってくるかもしれないし、ほかに誰かこないとは限らないし。もし、こんなの見られたら……

「ぁ……は…ん、おねえ、ちゃん……んっ!

 雫が短く鋭い声を上げた。顔を少し苦しそうに歪ませる。

「ご、ごめん、痛かった?」

 勝手が全然わからないから、もしかしたら乱暴にしちゃったのかもしれない。

「う、うん、大丈夫だよ。おねえちゃん……えへへ、うれしいよ」

 当然、雫も恥ずかしいみたいで真っ赤になってる。

 くにくにと全体をマッサージするようにしていくと新品のパジャマがどんどんくしゃくしゃになっていく。

 しっかし、もみ応えとかあったもんじゃないよね。ぺったんことかそれ以前の問題だもん。

 でも、こんなの見られたら絶対に誤解されちゃうだろうな……。

「ん、ああぁ、う…ん」

「だ、だいじょうぶ雫? もうやめようか?」

 っていうか、やめさせて。

「ううん、変な感じするけど、やな感じじゃないの。だから、大丈夫だよ」

「う……うん」

 でも、少し苦しそうに見えたので、手を緩めて布と肌が擦れるように揉んでいると……

「ふぁ…あは…、ふふ、くすぐったいよぉ」

「あ、ちょっとあんまり動かないでよ」

 雫が逃げるようにするからそれを追うのが大変。体を少し折り曲げたり、ひねったりちっちゃな体がくねくねって不思議な動きをする。

 いい加減やめてもいいかなとは思うけど、雫がいいよって言わない限りまた文句いわれてもこまるし。

 でも、そろそろやめないと、基本的に部屋にいるときに鍵なんてかけないんだからいつ誰が来るかわかんないんだって。

 コンコン。

「ッ!!

 ノックの音がしてそれに一瞬私は固まると

「すずかー、噂の雫ちゃんが来てるって、きいた…ん、だ…け………ど……」

 返答を待たずにデリカシーのなさ満載で夏樹が入ってきた。

「……………………」

 そして、部屋の空気が完全に固まる。

(………………)

 よし、ここはいつかみたいに人の視点で物事を考えてみよう。

 よくわかんないけど誰か(多分、梨奈あたりに)雫が来てることを知って、聞きしに及んでいる雫のことをどんなものかと見てみようと私の部屋に来たら、あどけない少女の胸に手を当てて揉みしだいている私………

 この状況を理解してくれる人っている?

「え、えーと、あたし、なんか、おじゃまみたいだなっと」

 固まった表情を一切崩すことなく夏樹は回れ右をした。

「あ、あたしに気にしなくで続けてくれていいから……それじゃ、ごめん!

「ちょ、ちょっと待ってよ。雫ちょっと待ってて!!

 出て行こうとする夏樹を制して一緒に部屋を出て行くと壁に押し付けた。

「い、いや、あたし、人のそういうことには首突っ込まないって決めてるし、き、気にもしないから」

 その反応は気にしてるよ。おもいっきり……

「あ、あれには理由があるんだからね!

 理由? 雫の胸をおっきくするため……? いやいやいやいや、じゃなくて! 雫との思い出作りだって! でも、思い出作りに胸を揉むって……

 私があたりさわりのないように説明すると、夏樹は羞恥と焦りで真っ赤になった私の勢いに押されてどうにか頷きはしてくれた。

「……一応、【雫ちゃんのため】ってことにしとくけど、さすがに小学生にそんなことあんましないほうがよくない?」

「だ、だから変な目的があってやったわけじゃないってば」

「はいはい。わかったから、ちょっとあたしも雫ちゃんと話してみたかったけど、なんかそんな気分っていうか、空気じゃなくなったな。あたし戻るわ」

「あー、うん。なんか悪いね。一応、念押しとくけど、せつなにはぜっっったいに言わないでよ。っていうか、誰にもいわないでよね」

 相手が雫ならせつなだってそこまで気にはしないかもしれないけど、まぁそれでも余計な心配というか気苦労はかけたくないし。

「わかったって。じゃ、【思い出】をつくるのはいいけどやりすぎない程度にしなよ」

「だっ……」

 から、と文句をいう前に背中を向けて去っていってしまったので振り上げた拳を透かされたような気になり、若干の心配を抱いたまま私は部屋に戻っていった。

 

 

 そのあともちょーっと、恥ずいような話や、ことをしてたけどそこは雫小学生、頑張っていたみたいだけど九時も回ると眠くてたまらないといった様子一緒のベッドに入った。

「えへへ……おねえちゃんの香りがするー。……あったかくて、なんだかおねえちゃんの中にいるみたいー」

 ベッドに並んで横になって顔の位置を合わせて、できるだけ雫のことを私のほうに寄せているからほんと目の前に雫の顔がある。

 一緒のベッドになって興奮したのか、雫はちょっと元気を取り戻したけど、相変わらず電池きれかけみたいに、首をカックン、カックンとうつらうつらさせている。

「雫、眠いんなら無理しないほうがいいよ? ほら、明日は朝からずっと一緒にいられるんだからさ」

「う……ん。でも、雫もっ…と……おねえちゃんと、おはなし、したい。ちょっと、でも……おねえ、ちゃんとおはなしして、想い出……おねえちゃんと、一緒にいた、こと、ちゃんと、覚えてたい、から……」

 意識が夢と現実の狭間で揺らいでいるような状態になっても雫は、話をしようとしてそれに耐えている。

私の胸に顔を埋めるように甘えて私のパジャマを掴む手には私のことを大好きっていう想いを少しでも伝えるように意識が飛ぶ一歩手前なのにしっかりと握ってきていた。

(雫……)

 私はそれに胸を打たれて、雫のことをさらに引き寄せる。

 可愛いくて、愛しくて、そして……なにより儚い。

 私にすがることで少しでも寂しさを晴らそうとしているのかもしれないけど、私だって寂しい。

寂しいよ、雫。私だって雫が遠くにいっちゃってもう毎日待ち合わせしたり、こんな風に話できなくなるなんて……心に穴が開いたようになるかもしれない。

それに……ううん、こんなこと思っちゃいけない。今はそんなことよりも雫のことを考えなきゃ。私の自己嫌悪なんてあとでいい。

「…………おねえ、ちゃん……すき…」

「うん……」

 と、何度も何度も言われた言葉に頷いたけどすでに雫に反応はなく、寝言になっていた。

「寝ちゃったんだ」

 寝言でも、告白してくるなんてね。そんなに想われてるってことかな。

素直に嬉しいよね。こんな可愛い女の子が好きっていってくれるんだから、さ。それも私なんかを。

「私も、好きだよ、雫」

 私も雫のこと大好き。可愛くて、無邪気で、小学生のくせにちょっとませてて、妙なことも言ったり、したりもするけど本当に愛おしいって想う。

 雫は安らぎそのものだった。せつなや美優子から逃げてて、自分が本当に嫌になりそうだったところで少しは自分のことを肯定できるようにもなった。自分のことを嫌いになるっていうのはすごくつらくて、あのままじゃ私はどうなっていたかわからない。

 雫は私が雫のこと助けてくれたとか言ってくれたことあるけど、それは私も。私も雫に救われた。

初めは雫と会ってたって問題を先送りにしてるだけだっていうのがあったけど、【好き】ってことに関しても少し教えてもらった気もする。それが私の答えを導く手助けになるかはわからなくても、色々な【好き】を知るのは私に必要な気がするから。

「……それに」

 母親……が、ちゃんと子供のことを想ってくれる存在なんだなって思えたのは、そんな母親がちゃんといるっていうことは、意外なほどに私に希望っていうか、なんていうのかわからないけど……うれしいっていうか、そんな感じがした。

 雫からはそんなにいっぱい色々なものをもらったのに……私はなにも出来てない気がする。今だってこんなに……苦しめてるなんて言いたくないけど、結果的にそうなのかもしれないし。

好きな人と離れるなんてそれこそ身を引き裂かれるような思い。さつきさんとは一緒にいることがあんなにもつらかったのに、それでもここに来るときは本当に寂しくて、不安で、悲しくて……泣きそうになったことも何度もあったし、泣いたこともあった。

「想い出が欲しい……か」

 それしかないんだよね。もちろん、プレゼントとかで形あるものだって残せるけど……雫はそんなのよりも、なによりも私の【想い】が、私が雫のことを好きだっていう気持ちが大切なんだよね。

 想いを伝えること…伝えて、通じ合って、例え離れたって私が雫の大切に想うこと、雫が大切に想うこと……その証。

 秘めた想いだけでも、表に出せる言葉だけでもなくその両方で相手に想いを伝えること。簡単じゃない、経験もない。ただ、一つだけそんな儀式とでも、儀礼とでもいいのかわからないけど互いが互いを想いあう、確かめあう証になることはある、よね。

 ある意味私にとっては最悪な思い出だけど、あれは一生の誓いを立てるもの。一生だなんて正直、重いのかもしれないけどそれが雫に対する私の答えなのかもしれない。

「しずく」

 私は寝入った雫を完全に抱き寄せて、私のすべてで雫のことを包み込んだ。

 

 

 

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