ん……ぅ? 

 おぼろげな意識の中私はほっぺになにかされてる感覚を感じた。なんだかあったかくてやわらかい小枝につつかれてるような感じ……

「おねえちゃん、おきてー」

 ついで、小鳥のような甲高い声。

 っていうか、なんか重いものがのってるような。

「おきてー、おねえちゃん」

 また呼ばれるけど、体は眠気に誘われていて夢に引き込ませそうになる。

 ん、なになにー? 休みなんだからもう少し寝かせてよー。あれ? っていうか今日は休みなはずなのになんで起こされなきゃいけないの?

 それにおねえちゃん?

 と、そこでやっと今私の上にのってる人物が誰かわかった。

 ゆっくり目を開けると、天使のような可愛さを持ち私に馬乗りになってる人物の正体がわかる。

「おはよ、雫」

「もうー、おねえちゃんやっと起きてくれた。なかなか起きてくれないんだもん。雫、寂しかったよ」

「うん、ごめんね」

 ……とりあえずは雫元気そうだね。最後の一日になるんだから、朝から泣かれるまではしなくても元気なくなっちゃうかなとも思ってたけど今のところは心配ないみたい。それか強がってるだけだとしても私には笑顔を見せておきたいんだろうね。

 にしても眠い。昨日は雫に付き合って九時にベッドに入ったけど、眠いはずもなくて悶々としてたもんね。眠くないからって雫の側から離れるなんて絶対にしたくなかったし。

「ね、雫、今日なんだけどさ。朝ごはん食べたらデートしない?」

 とはいえ、その眠るまでの莫大な時間の中で今日のプランはそれなりに練られたのはありがたかったかな?

「デート!? うん!!

 デートって単語だけでこんなに嬉しそうな顔して可愛いねぇ。まぁ、デートなんて初めてなんだろうししょうがないのかな?

 そういえば冷静になると私も初めてのデートなんだよね。あんまり引き合いに出したくないけど、三人のファーストキス奪っておいてデートしたこともないっていうのっていったいどんな人間なんだ私は。

「えへへ〜、デート、デート♪」

 雫は顔のにやけが治まらないといった感じで両手をほっぺにあててえへへ〜としまりのない笑いをしている。

 それは当然ものすごく可愛いわけだけど、今私はそれをじっくり見るよりも気を回すことがあった。

「……で、雫そろそろどいてくれないかな? 重いんだけど」

「むー、おねえちゃん、重いだなんてひどーい」

 笑ってたのから一転ふぐみたいに頬を膨らませる雫。こんな風に私たちは微笑ましい朝を過ごした。

 そして、雫との最後の一日が始まる。

 

 

 それから寮を出るまでは大変だった。

 朝ごはんのときは

「おねえちゃん。あーん」

「ぁ、ぁーん。んむっ」

「おねえちゃん、おいしい?」

「う、うん」

「はい、じゃあ、もう一個あーん」

「あ、あーん」

 って感じだったし。

 ご飯の後お店が空く時間くらいまで時間潰そうとしてたら

「雫ね、今日おねえちゃんとデートなの」

「へぇー、よかったねー」

「うんっ!

「でも、涼香って意外と手が早いって噂だから気をつけなきゃだめよ?」

「ふぇ?」

「だ、だから雫にへんなこと言わないでください!

 もの珍しさに雫に寄ってくる人がいっぱいいて大体がろくでもないことを雫に吹き込んだりしてくるので大変だった。

 今はやっと落ち着いて街へのバスに乗ってるところだけど、ほんと朝から無駄なエネルギーを使っちゃったって感じ。

 朝ごはんのときなんて、周りは新婚みたいだなんていってからかってくるし。

(……それはまだはやいっての)

 おかげで私から雫にあーんだってやらされるはめになっちゃった上に周りは余計調子付くし……

「はぁ……」

 私はため息をつきながら窓から景色を眺める雫を見る。

 ま、でも雫が楽しそうだったからいいか。

「そうだ、雫。ちょっと聞きたいことあるんだけどいいかな?」

「なぁに?」

 私の呼びかけに雫はすぐに反応して私を見上げてくる。

 デートも始まった直後に聞くことじゃないのかもしれないけど、聞いておきたいことがあった。ちゃんとデートが始まったら多分聞く機会なくなっちゃうと思うから。

「雫さ、私に内緒でいっちゃうつもりだったの?」

 その一言だけでいっきに場の空気が重たくなる。

 雫も息を飲むというほどの衝撃じゃないみたいだけどキラキラさせていた瞳に少しだけ陰が宿る。

 当然、だよね。目を背けたい【別れ】に関する質問なんだから。でも、今日一日を本当に心残りなく過ごすためにははやめにすっきりさせておきたい。

「……おねえちゃんにはお手紙書くつもりだったの」

「それって向こうについてから?」

「ううん、お引越しの日に届けにくるつもりだったの」

「そっか。ごめんね、変なこときいて」

 今さら雫の気持ちを疑ったりしたわけじゃないけど、もし黙っていっちゃうつもりならそこまで私の存在が大きくないかなとも思ってしまう。

 私が今日雫にしようとしてることは、私は雫のためだと思ってるし、雫も喜んでくれるって思うけど、へたすれば雫に重荷になってしまうかもしれない。私のしようとしていることは雫にとって私がどれほど大事なのかということがなにより大切だから、それを少しでも確かめられるようなことを聞いておきたかった。

 雫からすれば、しょっぱなからお別れについての話をさせるなんて面白いはずはないんだろうから私の自己満足なんだけどね。

「雫」

 私は優しく雫の頭をなでた。

 小さな、女の私の手で簡単に覆えるような小さな頭。ただ、小さくてもそこにこもっている想いは私とだって変わらないはず。

 私のしようとしてることが本当は雫にどんなことをもたらすかは私にはわかりようがない。私はただ、雫のために私ができることをしたいだけ。

 私はできるかぎりの笑顔を作った。

「今日はいっぱい想い出作ろうね」

 雫も私にまけない天真爛漫な笑顔を見せる。

「うんっ」

 

 

 はじめにやってきたのは可愛らしいファンシーショップ。見た目もさることながら、品物も充実しててこの辺の学校の女の子や若いOLとかに大人気のお店。

 まだ開店してそんなに時間もたってないのに、店内にはそれなりに人がいた。

 中は明るめの色が基調になっていて、そのほんわかとした雰囲気の中を所狭しとアクセサリーやぬいぐるみ、キラキラとした小物なんかがおいてあってお店の中にいるだけでもわくわくさせられる。

 何度も来てるところだけど全然飽きないよね。

「雫、どう?」

 雫はお店の中に入るなり圧倒されたようにほわーっと店内を見回していた。口が開けっぱなしになってるのがちょっとまぬけな感じ。

 私は雫くらいの年には丁度色々あった時期だからこんな風なところに来たことなかったけど、雫も多分デパートとかにあるやつは覗いてみたりすることはあったのかもしれないけどこんなに本格的なのは初めてでこんなのになっちゃってるんだと思う。

 目の前にはビーズアクセサリーがメインにおいてあって雫は全体を見回した後そこに目をキラキラさせながらよっていった。

「雫、どれでも好きなの選んでいいよ。私がプレゼントしちゃうから。あ、でもあの辺のは勘弁してね」

 次々とビーズのアクセサリーをみる雫に甘い言葉を投げかける。ちなみに、【あの辺】っていうのはこのお店にしては少し本格的なアクセサリーが置いてあってお値段が少々お財布の中身とつりあわない。

(ま、そのためにせつなにお金借りちゃったけどね)

 ただ、お金がどうとかじゃなくて今この時点で選んでもらうのは困る。

 にしても、これも貸しにしておくとか言われちゃったから、後が少し怖いかも。変なことさせられなきゃいいけど。

「わぁぁ、キレー」

「ん、それがいい?」

 雫が手にしたのはビーズのリスト。赤や藍、翠なんかがふんだんに使ってあってカラフルなのが可愛い。

「えっと……」

 でも、雫は他にも目を奪われるものがあるみたいで戸惑った様子を見せていた。

「まぁ、ゆっくり考えていいよ」

 優柔不断とはこういうときはいえないんだろうね。好きな人からのプレゼントだもん悩んじゃうよね。

「雫、この辺みてる?」

「え、うん」

「じゃあ、少しここにいてね。私もちょっと見たいものがあるの。雫はゆっくり選んでていいから」

「う、……うん」

 悲しそうな顔しないでよ。私だって今日は少しだって雫と離れたくなんかないけど、でも今日まずここに来た本当の目的を済ませなくちゃ。雫にはまだそれを選んでいるところを見られたくない。

 私はすばやく雫からはなれてお店の一角にくると、手早く品定めにかかる。

 どんなのがいいかな。おもちゃと本物っぽいのとの中間くらいのやつで、これから持っていく上でも不釣合いにならないやつ。大きさはなるべく小さいやつにするけど、実際に合わせられないからちょっと不安だね。色は……なんだろ、夕焼けっぽい色がいいけど……うーん、オレンジと赤が混じったような……、あ、これなんか良さそうだね。あ、でもこっちも……うーん……。

 早く雫のところに戻ってあげたいから少しでも早く決めたいけど相変わらず優柔不断な私はなかなか決められない。

 ほんと、悪いくせだよね。いつでもこういう時なかなか決められなくて。や、こういう時だけじゃないか……せつなと美優子のことだって……あの二人のとは状況が全然違うけど。

 って、デート中になに他の人のことなんて考えてんの!! 早く決めて雫のところに戻らなきゃ。

 ………よし。やっぱ最初にいいなって思ったやつにしよ。多分、これが一番似合うと思う。

 私はようやく決めると足早にレジに持っていた。包みは断って、お金を払うとすぐにポケットの中に忍ばせた。プレゼントするとはいっても本物みたいにちゃんとしたケースつきでは売ってないし、直接にこれをつけてあげたいから包みもいらない。

「おねえちゃん、なに買ったの?」

「わっ、雫」

 レジから回れ右をして雫のところに戻ろうとしたら気づけばそこに雫がいた。

「あ、う、うんちょっとね」

 よかった見られてはないみたい。見られて駄目ってこともないけど、その時までは内緒にしておきたいから。

「そ、それよりも決まった?」

「うん、えっと、これがいいの」

「これって……え、それでいいの? もっと可愛いのとか、綺麗なのとか、お金のことなんて遠慮しなくていいんだよ」

 雫が選んできたのはレターセット。確かにこれもキュートな動物の絵柄とかいっぱいあって雫くらいの子が好きそうだけどなんか好きな人からのプレゼントにしては味気ない気がする。

「ううん、これがいいの。おねえちゃんにいっぱいお手紙書きたいから」

「…………っとにこの子は」

「ふぁ!? お、おねえちゃん!?

 私はお店の中で人の目があるにもはばからず雫を抱きしめていた。

 健気っていうか、純粋っていうか、ちょっと目頭が熱くなってきちゃったよ。

 私は雫のぬくもりを感じながら、ぽんぽんと背中を軽く叩く。

「うん、じゃそれにしよっか。でも、それだけだと私の気がすまないから……」

 笑顔で雫に伝えると、立ち上がって店内を一瞥する。

「これ、どう? 私とお揃いのにしてさ」

 手にしたのは涙の形をしたペンダント。手とかに見につけるものだとこのお店のものじゃほとんど雫にはぶかぶかになっちゃいそうだけどペンダントなら調節できるから問題ない。

「一緒につけてればさ、いつでもお互いの感じられると思うから」

「うん! お揃い、おねえちゃんと。えへへ、ありがとうー」

 嬉しそうな雫に私も心の中が満たされていく。

 そうして、買い物を済ませると私たちはお店を出て行った。

 

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