ファンシーショップを出た後はウインドウショッピングを楽しんだり、買わないまでも服を覗いたり、試着したりを楽しんだ。雫くらいの子にデートなんていえば遊園地とかじゃないとすぐ飽きちゃうかなってちょっと心配したけど楽しそうだから安心。

 ……好きな人と、私といるっていうのを楽しく思ってくれてるならそれは嬉しい。

 今は喫茶店で休憩&お昼の時間。ぶらぶらと外を歩いていた時間は結構長くて、一番混んでいる時間は避けられたけど、本格的な食事処ならまだしも休日の喫茶店じゃかなり人でごった返している。

 ちなみに、ここは街に出るときはよく来るようになったところで初めてあった美優子を介抱したところ。

 ……美優子を介抱したところって言い方というか思い出が上塗りされてるのはありがたいよね。

 で、まぁ雫と食事するときなにが問題かって言うと

「はい、おねえちゃん。あーん」

 これが、ね。

 多分やらされるハメになるだろうから窓際隅とかがよかったけど、混んでる店内でそんなことできるはずもなくお店の中心あたりになっちゃってこんなことするのはかなり恥ずかしい。

「あーん、んぐんぐ」

 向かい側に座ることなく並んで座っておっきなパフェをアーンなんてやってる姿は周りからはやっぱり仲のいい姉妹か従姉妹くらいにみられるのかな。

雫は恋人じゃないとやだとかいいそうだけどね。

「おねえちゃん、雫にもしてー」

「うん。おっけ」

 私は銀色のスプーンに生クリームとアイスをたっぷりとのせて雫の口の前に持っていくと雫はめいいっぱいに口をあけてそれをほおばる。

「あむ。もぐ……んくっ。おねえちゃん、ちゃんとあーんっていわなきゃだめー。もういっかいー」

「はいはい。あーん」

「あーん」

 雫は本当に可愛いって思う。無邪気で、私なんかと違って裏表なくていつも自分の感情を素直に出せて一緒にいるだけで心が潤った。

 そんな雫とあと数時間でお別れだなんてつらいし、悲しい。でも、私はそれを表に出したくない。本気で悲しいって思ってないからじゃなくて、雫がたまに元気のない表情をしてそれをすぐに取り繕うのを今日何回も見てるからとても私がそんな素振り見せられるはずない。

(……………)

 私はファンシーショップで買ったものを雫に気づかれないように握り締めた。

 これだって不安、だよね。もしかしたら私の髪留めみたいになっちゃうかもしれない。簡単に解けることのない魔法を雫にかけちゃうのかもしれない。

「おねえちゃん、今度は雫がしてあげるね。あーん」

 でも、きっかけは雫がいなくなっちゃうからだし、いなくなるからこそこれをしようと思えたのだとしても……この気持ちに偽りなないつもり。

「あーん」

 雫から渡されるそれはふんわりと甘くて口の中ですぐに溶けていく。

「おいし、じゃあ今度は私からね。はい、あーん」

 私は、雫のこと……大好き。友達で、妹みたいで、あと……ま、まぁ恋人とはいえないだろうけど、こんな私を好きだなんていってくれる私の大切な人。雫のことを好きなこの気持ちは、愛っていえるのかもしれない。【愛】がどういうものか私にはわかんないけど、私は雫のことを私なりに愛しているって思う。

 でも、自分の中で愛だって断言できてない気もする。これも理由はよくわからないけど、愛するってことがわからないからなのかも。

「あーん。んむ、はむ、えへへ、おねえちゃん大好きー」

(……ふ。今は考え事なんかより私が雫にしてあげたいことをするのが優先だよね)

 嬉しそうに笑う雫に私も自然に頬が綻ぶ。

 たとえ愛っていうことがどんなことかわからなくても、私は私のやり方で雫に気持ちを伝えたい。大切な想いを言葉だけじゃなくて、行動も示して私は雫にありがとうと大好きを伝える。

 それが私の雫への答え、だから。

 

 

 冬の一日は短い。初めて雫と出会ったときのような時間にはもう空が少しずつ赤みがかってくる。今までなら夕陽を見て、沈んでさよならをする。

……それは単なるその日のお別れだった。

 今は……

「雫、いこっか」

「…………うん」

 私は雫の手をしっかりと握ると高見台へ向かう遊歩道に入っていった。最後にここに来ようと事前に打ち合わせをしてたわけじゃないけど、最後の場所がここになるのは口に出さなくたってお互いがわかっていたこと。

 見るものを和ませる景色の遊歩道を無言で歩いていく。

 雫の元気は、はっきりいってない。喫茶店を出たあたりから、時間が迫るにつれて見る見るうちに表情に蔭りが出てきた。それがバレバレなのに、私に気づかれたかと思うとすぐに笑顔を見せるのが、すごく扇情的で胸が締め付けられた。

 小さな体に気持ちを押し込める姿はその度にめいいっぱいに抱きしめてあげたくなるほど切なく、儚かった。

「綺麗、だよね」

 雫とであったころはまだ暑い日だってあるくらいで、ここの木々もほとんど青々としていた。今は、どの木も赤や黄色に染まって、少し強い風が吹くとその葉たちがひらひらと舞い落ちる。

漫画とかで出てきそうな場面にも見えるね。

「…………うん」

 雫は私の手をぎゅっと握り締め、ゆっくりと、本当にゆっくりと歩いていた。

私は時おり目を瞑ると落ちた木の葉の上を歩くとたまにくしゃと音がなるのが印象的だった。

 ……こうやって目を閉じると雫との日々が浮かんでくる。時間にすればそんな立っていないはずだけど、もうずっと前から雫と過ごしていたような気にさえなる。記憶に刻み込まれてる雫との思い出が走馬灯のようによみがえってくる。

「………………」

 うわ、なんかちょっと泣きそうになってきちゃった。泣いてもいいんだろうけど、まだ早いんだよ。少なくてもちゃんとアレを済ませるまでは、泣いちゃいけない。

 これまで何回かそうしたようにポケットの中にあるものを握り締める。

 一生の誓い……証。

 雫への想い。

「そうだ、雫知ってる? ここをね、好きな人と一緒に手を繋いで歩くと幸せになれるんだよ」

 高見台へ抜ける見通しのいい最後の直線になると私は無理に明るく口を開いた。

「……そう、なの?」

「うん、今私が作ったルール。ほら、でも雫のお母さんとお父さんだって幸せになったでしょ?」

「でも…………雫は、うれしー、けど……幸せじゃ……ないよ」

 もう雫は不安も寂しさも恐れもなにも隠せなくて多分、私にこんなことを言いたくはないんだろうけど抑えきれずに口に出してしまっている。

 大好きな人と別れるのはそれほどにつらい。

 私は力を込めて雫のことを決して離さないといわんばかりにしっかりと握る。

「幸せにする。私が、雫のこと、」

「おねえ、ちゃん……?」

 決意のこもった私の声に雫は私を不思議そうに見上げた。

 サアアァ。

 瞬間、強い風が吹いて木の葉や落ち葉が盛大に巻き上がった。

 葉っぱのこすれあう音がしてまた地面に落ちていく。

(あ…………)

 それが丁度、紅い絨毯のようになり……教会にあるバージンロードのように私には見えた。

 そのバージンロードを一歩一歩、噛み締めて歩いていく。

 雫は寂しさと悲しみを抱えて。

 私はそれを一緒に雫への大切な気持ちを抱きながら、木の葉の絨毯を抜けついにこの場所へ立ったのだった。

 

 

 赤い、紅い夕陽が私たちのことを照らす。それは果てしなく美しくも見えるし、また逆に世界を終わりのような気にもさせられる。そして、どことなく郷愁を感じさせるような色々な顔を持っている。

 ひらけた高見台ももちろん赤く染めあげられていて私たちは夕陽に向かいながらいつもの、そして最後のベンチへ歩いていく。

「……っ」

 と、雫より一歩先に踏み出した私は雫の手と繋いでいた手に急に重さを感じた。

「しずく……」

 雫は俯いて、その場に立ち止まっていた。無言で引く手に少し力を込めて促したけど、それ以上の力でそこに止まろうとする。

「いこう」

「……やだ」

 悲しみに沈む悲痛の表情。

私は、雫にこんな顔をさせるためにここに連れてきたんじゃない。

「だって今日が終ったら……おねえちゃんと、お別れしなきゃいけなくなるもん」

 まるでここで私とお別れしたら一日が終っていたかのような雫の言葉。ううん、そうなのかもしれない。雫にとって一日は私との時間が終わりになれば終わりだったのかもしれない。

 もっと一緒にいたいはずの好きな人と別れて、でも今までなら明日になればまた会えていた。

けど、今日が終ればもう明日を楽しみに待つなんていうことは出来なくなる。

 そんな単純で、どうしようもなく強い思いが雫をそこに縛り付けようとする。

 無理やりにベンチのところまで連れて行くのは簡単だけど、そんなことできるはずもない。雫を縛るものを取り去って一緒にたどり着くのが私の役目……ううん、やりたいこと。してあげたいこと。

 私はしゃがみこんで雫のことを真正面に捕らえた。

「私、さっき言ったよね。雫のこと幸せにするって」

「……雫は、しずくは……幸せじゃない、幸せになんかなれないよぉ」

 顔をゆがめ、泣き出す一歩手前になる。まだ、泣いて欲しくない。悲しみの涙を流させたくなんてない。

 片手を繋いでいたのをふんわりと両手で包みなおした。

「幸せにする。だから、私を信じて一緒に来て」

「おねえちゃん……?」

「いこ?」

 優しい笑顔で雫を導こうとする。

「…………………………う、ん」

 私のいっていることがなにを意味しているのか。そんなこと理解なんて出来ていない。それでも雫は歩きだした。

 私を信じてくれたから。

 長くも短くも感じるベンチへの距離。手を繋ぎながらここを歩くのははじめてだ。

 本当に心からの想いを伝えたことはまだそんなに数多くはない。その度に自分でも信じられないくらい胸が高鳴って、体に緊張が走った。

今回も例外なく独特の緊張感が体を包み込む。

やっと……そして、もう、ベンチへと着いてしまった。

(……後ろ向きに考えるのはやめよ)

 未来に向かっての誓いなんだから。

 ベンチの前に来た私たちは手を離して、並んで立った。

 目を瞑り、すぅっと深く息を吸った。

 数瞬後、目を開けて雫と目を合わせ

 

「雫。結婚式、しよっか」

 

 心の底から私の答えを伝えた。

 

 

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