【204号室。朝比奈 せつな、友原 涼香。規約違反のため寮地下一階、倉庫の整理を命じる】
夜、夕飯を食べ終えた私とせつなはいつぞやの処分が掲示板に張り出されているというのを聞いて見に来ていた。
一階ロビーのすぐ近く、管理人室の隣にある掲示板には色んなお知らせと一緒に私たちへの罰が張り出されていた。
二人でそれを見つめるとせつながだるそうにため息を吐いた。
「まぁ、しょうがないわよね。思いっきり破っちゃったんだし、それにぎりぎりの門限違反今まで大目にみてもらってたんだから」
そ、実は雫のところに通い詰めてたときは門限は三日に一回は破っていた。十分と過ぎることはなかったからどうにか大目に見てもらってたけど今回のは事情が事情とはいえ、罰則の一つもなければ示しがつかないらしい。
ともあれ、掲示を見終えた私たちは部屋に向かって歩きだす。
「あ、二人とも。掲示板に出てたよー」
「うん、今見てきたー」
こうやって歩いてる間に、友達が掲示のことを教えたりしてくれるから共同生活っていうのはおもしろい。
「にしても、ごめんね。私のせいでせつなにまで迷惑かけちゃって」
「別に、それはかまわないけど。それともこれも貸しにして欲しい?」
「あー、いや。もうはっきりと貸し作っちゃってるから、できれば遠慮したいね」
冷静に今までのことを振り返ってみるとこまごまとしたせつなへの借りは一つや二つじゃすまないないような気がするし。いちいちそれを気にするような間柄ではないはずだけどほとんど一方的に借りを作っている身としてはあんまりいい気分はしない。
私じゃせいぜいたまにお菓子作ってあげるくらいだもんね。
「そういえば、倉庫なんてあったの? ここ」
「あーそれ。私も気になってた。地下とかお風呂以外じゃあんまりいかないもんね。ほこりっぽそうな部屋は結構あった気がするけど」
「寮生の私たちが存在もよく知らないようなものなんてわざわざ整理する必要あるの?」
「案外、宮古さんがほんとはやんなきゃいけないのを罰とかいって押し付けてるだけなのかもよ?」
「……ありそうね。それ」
と、ここで丁度部屋についてドアを開けて部屋に入った。
今日は食べ過ぎちゃったから横になりたい気分だけど、そんなことするとまたせつなに行儀わるいとかいわれちゃう。どうせせつなが食後の紅茶入れてくれるだろうから、素直に起きてよっか。
せつなはその通りいつも通りに手際よく紅茶を淹れてくれてテーブルの上に湯気のたったカップがおかれると部屋がフルーティーな香りに満たされる。
「なににせよやれっていわれたんだからやるだけよ」
んで、これまたいつものようにそれに一口つけてからせつなが口を開きだす。習慣というよりワンパターンに思えるよね。
「ま、そうだよね」
逃げたいことでも立ち向かっていこうって決めたんだから。……この言葉をここでいうのは違う気もするけどねー。
ただ、これがあんなことになるとはこの時はとても思っていなかった。
キーンコーンカーンコーン。
チャイムがなる。多分、学校に通っている人にとって二番目に待ち遠しいチャイムが。辛く苦しい授業から唯一長時間の開放を告げるチャイム。
これからの時間に思いを馳せれば自然と皆笑顔になる。まるで戦争が終ったような生き生きとした顔に。
つまりは、昼休みを告げるチャイムがなったってこと。ちなみに一番待ち遠しいのはその日の終わりのチャイム。
「あっ!! 」
で、その笑顔になるはずの時間に私は教室で浮いた声を出してしまった。
そして、そのまま机の上に意気消沈して突っ伏す。
「どうしたの涼香?」
一緒にお昼にいく予定のせつながよってきて机に手を置かれた。
「……お金忘れたー」
「なにかと思えば、お昼代くらい貸すわよ?」
「……んー。やめとく。この前しずくのときは状況が特別だったけど、友達でもお金の貸し借りはだめってしつけられてたしね。あ、奢ってくれるなら話は別だけど」
「そ。じゃあ、今日はお昼抜きね」
うわ、スルーされたよ。
「やだ」
「やだって……。じゃあどうするの?」
「めんどうだけど寮にとりに行ってくる。せつなは先食べてていいよ」
寮往復には二十分ほどかかっちゃうから私なんか待ってたら時間なくなってしまう。
「私も付き合うわよ。別に、やることないんだし」
「ありがと」
私は軽くお礼を言うと教室を出て、寮に向かっていった。
校舎を出て校門へと向かう並木道を通っていく。見慣れた道、落葉してるのが半分、効用を見せているのも半分。当然見慣れちゃったけど、登校や下校のときと違って昼休みにはほとんど人がいなくてどことなく新鮮な感じ。
ちなみに、無断で校舎外にでることは禁止されてはいるけど監視されているわけじゃないので人に見つからないようにすればそんなに難しいことじゃない。
学校と寮の間の木々も当然色づいているけど、それだけじゃなくてはらはらと落葉しているものも目立ってきた。
そんなのを見ると冬が近づいてきてるんだなぁと実感する。それと……何にもできないまま、もうそんなに立っちゃったんだなと思うと胸が痛くなる。
それをせつなに悟られないように私は寮のドアを開けた。
「ん、あんたたちなにやってんの? サボりなら許さないわよ」
中に入ると丁度宮古さんがいてそんなことを言われた。
「ち、ちがいますよぉ。財布忘れたから取りにきただけです」
「そ、ならいいけど。あたしも今日もうすぐ学院にいくから、さっさとしてね。閉められなくなるから」
「はーい」
適当に会話を打ち切ると部屋に戻っていく。
「あったあった。よかったー。あるとは思ってたけど、なかったらびっくりだもんね」
「そ、よかったわね。じゃ、さっさと戻るわよ」
「あ、うん」
と、財布をとったところでなにかチャリっという金属音がした。それは昨日のうちに宮古さんから借りていた整理しろとの倉庫の鍵でそれを見た私はあることを思いつく。
「ね、せつな。ついでだし、ちょっと倉庫みとかない? どんなもんかって気になるでしょ?」
「別に、かまわないけど、戻らなくていいの? 管理人さんにも早くしろって言われてるんだし」
「いいじゃない、ちょっとだけだから」
「ふぅ、ま、いいわ」
「うっわー。なんていうか予想通り、って感じだよね」
宮古さんに見つからないように地下に降りた私たちは鍵を開けると開口一番にそういった。
「そう……ね。整理しろって言われてもなにをすればいいんだか」
せつなが一言言って中に入っていく。私もドアを閉めてそれに続くと、中を見回してみる。
大きさは学院の教室の三分の一ほどで動くのにはそんなに苦労しなさそう。ちっちゃな資料室みたいにアルバムっぽい大きさの本が詰まっている棚があったり院史ってかかれてる学院の歴史をつづったようなものが同じく棚にあったり、雑誌とかよくわからない本が棚の脇に埃をかぶって積まれている。
「昨日聞いた限りじゃアルバムとか、院史を年代順に並べてあと、掃除しろとかそんなんだったけどまぁ詳しくはやるときに聞けばいいんじゃない? にしても、いかにも罰の定番って感じだよねー?」
と、返事はなくいつのまにかせつなは棚の陰に隠れていて姿が見えなくなっていた。
「しっかし、地下とはいえこんな埃っぽいのに窓もないなんてね。マスクしなきゃ喉痛めちゃうわ」
「結構ちゃんと準備とか要りそうだよねー。面倒だねぇ。……わっぷ、けほけほ」
軽く積まれていた本を手に取ろうとするだけで埃がまって咳がでた。
はぁ、ほんと今までの皿洗いとか掃除とかに比べて今回は大変そう。結構回数重ねちゃってるから罰が重くなるとは言われてたけどこんなことまでやらされるなんてね。でも、意外に寮の中じゃ問題児だねぇ、私たちは。
「さて、と下見はこれくらいにしといてそろそろもどろっか」
「そうね。お昼食べられなくなるし」
「んじゃ、もどろっかっ?」
私はドアの前に来てノブ回してみたけど、何故かドアは重く動かなかった。
「あっれ? 鍵かけたんだっけ?」
そんなことはなかったはずだけど咄嗟にそう考えてしまった私は鍵のつまみを回した。まわしてしまった。
ガチャガチャ。
でも、やっぱり鍵なんてかかってなかったみたいで一向にドアは動かない。
「むー、ちょっとたてつけが悪くなってるのかな?」
今度は鍵を戻そうとしたけど鍵のつまみがなかなか動かなくて……
「ちょっとなにしてるの。早くあけて」
「だってなんか鍵もどんないんだもんー」
鍵も接触が悪くなってるのか、簡単に戻らなくて段々いらいらしてきた私は力任せにつまみを回そうとして……
ペキっ
軽快な音を立てて、本来取れるはずのないそれが私の指先に乗ってしまった。
「あ…………」
私とせつなはその小さな金属片を呆然と見つめた。