遠くで五時間目の始めを告げるチャイムが聞こえる。

「………サボり、決定だね」

「そうね」

 各々倉庫の中で適当な場所に居座ってそのチャイムを複雑というか、なんともいえない気持ちで聞いた。

「はぁ……」

 ドア正面の棚に寄りかかっていたせつながため息をつく。

「どしたの?」

「どしたの? じゃないでしょ。宮古さんは私たちに気づかないで校舎のほういっちゃったみたいだし、ここは窓もないから助けも呼べない。おまけに鍵は私たちが持ってる。ため息くらいでるわよ。おまけに寒いし」

「そうだね……」

 確かに、ここは寒い。気温もさることながらこう殺風景な部屋じゃなおさら寒く感じちゃう。さらには、いつ助けがくるかわかんない状態が拍車をかける。

鍵は私たちが持ってるとはいえ宮古さんの合鍵があるはずだから問題はないけど、いつ帰ってくるかわからないし、帰ってきたってここからじゃ声が届くかわからないから地下に誰かが来てくれるのを待つしかない。

「ま、退屈な授業が不可抗力とはいえサボれたのはよかったじゃん。もっとポジティブに考えなきゃ」

 私は倉庫を歩き回ってアルバムとかよくわからない本とか適当に見回ってそれなりに楽しんでるけど……

「元凶のくせによく言うわね」

 せつなはつまらなそうにずっとドア近くの壁に寄りかかったまま。

「元凶って……ずいぶんな物言いだね」

 パタン、と持ってたアルバムを閉じてせつなを見ると眉を吊り上げていた。

「なに? 違うっていうの? 財布を忘れて寮に戻ってきたのも涼香。ここを見に来ようって言ったのも涼香。ドア閉めたのも涼香。無駄に鍵かけて、しかもそれを壊したのも涼香。どこか言い逃れする要素ある!?

 ドアを開けたら閉めるのくらいは当然でしょう。

 と、一つだけ突っ込みたいところがあったけど、今のせつなにそんなこと言ったら殴られるような気がするので黙っておこう。

 あと、ついでに言うなら整理をしろって言われたもの私のせい、か。

 なんかやけに機嫌悪い気がするなぁ。アレ…はまだなはずだし、特にそこまで不機嫌になる理由はない気がする、けど。よく考えると理由もなしにこんなところに閉じ込められたら不安にもなるだろうし、不機嫌にもなるか。

 ……私は遅くても数時間で助けがくるだろうって思ってるし、授業サボれたのはそれなりに嬉しいから不機嫌にはなってないけど、別の意味でちょっとだけ不安。

 そして、そんな不安を抱いちゃってる自分が嫌。

「ま、まぁ、私たちがいないってわかれば宮古さんがすぐ戻ってきてくれるかもしれないし、案外すぐに助けがくるかもよ?」

 私はそんな不安を紛らわすかのように楽観的な言葉を口にする。

「……だといいわね」

 対照的なことをいうせつなだけど、正しかったのはせつなのほうだった。

 

 

 時計もなく窓もないこの部屋にいると外がどうなっているか全然わからない。少し前五時間目が終るチャイムがなったからそろそろ二時だっていうんのがわかったけど、もう何時間もここに閉じ込められてる気がする。

 まるで牢屋にでも入れられてる気がするよ。まったくの暗闇とかなんにもない部屋に閉じ込められたりすると一日たたずに心が壊れちゃうって言うけど少し気持ちわかるよね。それに比べれば遥かにましではあるけど。

「せつな、どうしたの? 調子悪い?」

 私も部屋の中を見るのを飽きてぼけっとしていたらせつなが俯いたまま体を丸めていた。

「別に、大丈夫よ……ううん、寒い、わね」

 確かにせつなは言われてみれば、腕を抱くようにして少しでも暖をとろうとしてるようにみえた。体も少し震えてる。

「……平気そう?」

「……まぁ、平気よ」

 そういうせつなの顔は青く色を失っていて強がりだということが一目でわかった。それがわかるほどに調子悪そうだということ。

 閉じ込められて一時間と少し。制服だけのこの格好じゃ私だって寒い。せつなだって何でもない状況でこの寒さなら耐えられるのかもしれないけど、このいつ脱出わからない不安や、この殺風景な密室という要素のせいで普段より心と体の消耗が激しい。

「…………」

 なんとなくだけど気まずい。

 私はせつなに近すぎも遠すぎもしない距離で壁に寄りかかっている。

 せつなと二人きりなんて普通のことだし、雫と出会う少し前の本当に自己嫌悪に陥っているときですらせつなといることだけは平気だったのに今は、気まずく思う。

 それは私のせいでこんな所にいることになったからじゃないってわかっている。

 逃げたくないって、決めたはずなのに出来てるのは結局せつなや美優子と昔と同じように接しようとしているだけ、それすらせつなは美優子とはうまく出来ていない。

 そして、私は今せつなにすら……誰もいなく、逃げることのできないこの今を不安に思ってる。

(……不安?)

 せつなが何かしてくるとでも思ってるわけ?

 ううん!!

 私は頭をブンブンとふった。

 せつなが私のこと待っててくれるように私だってせつなのこと信じてるんだから。だから、不安に思う必要なんて……

 しかも半分せつなの気持ちを裏切っているような私を待っててくれるせつなのことで不安に思う、なんて。

「涼香」

「っ! な、なに?」

「そういえば、涼香に【貸し】あったわよね」

「か、貸し?」

「雫ちゃんのときの」

「あ、あぁ、えと、うん」

 急になに言い出すの?

「あれ、今かえしてもらっちゃ駄目?」

「べ、別に駄目じゃないけど、こんな状況でなにしろっていうのよ」

 ……それとも、こんな状況だから?

「それは……」

 何故かせつなは黙ってしまった。でも、表情は固くなって緊張というか、ためらいがバレバレだった。

 なにをいうつもりなの?

「………………抱いて」

「…………は?」

 だ、抱け? っていった?

「な、なにいってんの!? そ、そんなことできるわけ……」

 真っ赤になって反論する私をせつなは、呆れたような、どことなく残念そうにも見える冷めた顔で見つめていた。

「……バカ。変な意味じゃないわよ。寒くないようにくっついてくれないってこと」

「あ、あぁ。な、なら最初からそういってよ」

 っていうかそれだと抱くっていうのにならないような気がするけど。

 でも、それくらいならできないことはない。こうなっちゃってるのは私の責任なんだし。それに、おふざけで寒かったりするときに友達同士で抱き合ったりするから、暖まるっていう目的なら別にせつなとだからって……

 私は胸の鼓動が逸るのを感じながらせつなに近づいていった。

 ……なんでこんなにドキドキしてるの? せつなにそんな気持ちないんだからこんな気持ちになるなんてせつなに失礼なのに……

「……いやならいい」

 顔には出してなかったつもりなのにせつなにそういわれてしまった。

 ……顔に出ちゃってたのかな。それともせつなだからこそ気づく何かだったのかも。

「そ、そんなことないってば。私だって寒いもん」

 私はあせったようにそういうと意を決してせつなの横に座って体をくっつけた。

「……ありがとう」

 せつなは小さくお礼を言ってさらにもう少しだけ体を寄せてきた。触れ合ってるところからせつなの伝わるぬくもりは暖かいはずなのに決して心地よくは感じられなかった。

 せつなも嬉しそうではない。感情を殺したような感じが体から伝わってきた。

「ふふ……そう言えば涼香は寒いって言えば抱いてくれるらしいから、これじゃ借りを返してもらったことにならないのかしらね?」

 こ、こっちがこんなこと思ってるのにくだらないこと言ってこないでよ。

「あ、あれは雫だからでっ。誰彼かまわずするってわけじゃないんだから。つか、そんなくだらないこと吹き込むのは梨奈? まったく」

「わかってるわよ。ちょっと言ってみただけ。……雫ちゃんのときは寂しかったのよ。子供相手に嫉妬だなんて情けない話だけど。涼香が帰ってきても雫ちゃんのことばっかりは話すんだもの。それに、引っ越した後でもあそこに行くっていうし」

「うん……ごめん。でも、雫のことほっとくなんてできなかったから……」

 それに……せつなと美優子から逃げたかったのは事実なんだし。雫のことだけを話していれば私のしたくない話題を事前にさけることができてたから。

「それは、わかってるけど。好きだって伝えてる相手に他の人のことばっかり話されて喜ぶ人はいないわよ。……ってなにを話しているんだか」

 それを最後にせつなは黙った。

 私もただ同じように沈黙して伝わるせつなのぬくもりを体で受け止めた。

 いつものせつなとは少し違う。普段はこんな……内に秘めた想いを表に出そうとなんてしない。

 せつなはあの夏休みからどんな時だって気持ちを押し殺していた。私のこと困らせないようにって、私の待っててって言葉を信じて心を殺していた。

 私はそれに気づくこともあったっていうのに……

「涼香……」

「……な、にっ!!?

 ただ密着していただけのせつなが体を私に方に倒すようにして体重をかけてきた。一緒に頭を私の肩に預けてくる。

「ちょ、ちょっと……」

「ごめん……でも、しばらくこうさせて。何もしないから、何もしてくれなくてもいいから……ただ、しばらくこうさせて」

 私はこのお願いを断れない。せつなのことを受け入れるからとか、想いに答えようとしているからとかそんな理由じゃない。簡単には説明できないけど、こうなった状況、私の性格からして断れないってわかっててせつなはしている。

 私はせつなに影響のないように顔と目を向けてせつなの顔を確認する。目を閉じて、私に全部を預けるその顔は嬉しそうにも見えれば、逆に泣いているような悲痛のこもった顔にも見えた。

 少しだけずるいとも思うよ。せつなはこの学院の中で一番私のことを知ってる。だから、こんな時に例えこんなことでも私は逃げられないってせつなはわかってる。

 でも、それ以上にずるくて、ひどくて、最低なのは私。

「…………」

 せつなは言ったとおり何もしない。言葉を発することすらない。

 けど、せつなの胸の鼓動が大きくなってるのが体を通して伝わってきている。同じように私の動悸もせつなに伝わっていると思う。

 胸の高鳴りの原因は違うんだろうね。

 しばらくっていっても時間を正確に決めたわけじゃないからいつまでこうしていればいいかわからない。嫌なわけじゃないけど、ううんやっぱり嫌なのかも……よくわからないもやもやが胸の中にうずいている。

「……涼香」

「……なに?」

「……………………………………………………………すき」

 不意に、せつなの……想いがこぼれた。

 私はそれを無言で受け止める。

 せつなはそうしてまた黙ってしまった。

「………………っ」

 私はせつなに気づかれないように自分の腕に爪をつきたてながら唇を噛み締めた。

 そんな中せつなから伝わるフローラルな髪の香りがさらに心を乱させていた。

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