「っプ。クスクス……」
「んふふ、あははははは」
「うわー、これは確かに見る価値あるわねぇ」
「あ、あたしシャメとっておこ」
「んじゃ、私もっと」
ん……なんか、笑い声が聞こえる。それとシャッター……音? 携帯の、かな?
つか、今どうなってんの?
「ん……」
よくわからないままいつのまにか朦朧としていた意識の中目を開けてみると、緑っぽい色の床が見えた。それと……これは腕、制服の上と、肩あたりと……?
……知ってる。私はこの状況を知ってる。
悪い思い出ではないけど、いい思い出とは言えないもの。
これは、あの美優子と出会った時の状況にそっくりのような……幸い手は美優子のときのように胸にあったりはしないけど、とにかく私が誰か(というかせつなしかありえないだろうけど)を押し倒してる状況だっていうことは疑いようがないみたい。
「んあ……」
ただそれと背後でしている笑い声を結び付けられなかった私はうまく働かない頭のままのっそりと体を起こしてペタンと床に腰を下ろした。
「あ、起きたわよ」
誰かがそういうとさらに後ろから「はいはい、どいて」とはきはきとした女の人の声が聞こえてきた。
「友原さん、起きたの? 大丈夫?」
「あ、はい……なにが、ですか?」
まだ状況の飲み込めていない私はゆっくりと振り返って宮古さんの姿を確認する。それと、友達やら先輩やら寮の三分の一くらいの人が楽しそうにこっちを見ていた。
「なにが、じゃないわよ。昼休みから姿が見えなくなったって聞いて必死で探し回ったっていうのに二人してこんな所でなにしてたの? それも寝こけて。整理しろとは言ったけど、学校をサボれなんていってないわよ」
「みやこさーん、なにしてたかなんて一目瞭然じゃないですかぁ」
「学校さぼってこんな密室ですることなんて限られちゃいますよ」
宮古さんの周りにいた先輩たちが口々に好き勝手なことを言い出す。
「はいはい、やかましいからあんた達はどっかいきなさい。あぁ、というか管理人室に来てもらったほうがいいわね。とりあえず、起きてる友原さんだけでいいから。誰か朝比奈さんを部屋に連れて行ってあげて」
結局よくわからないまま私は宮古さんについていってそのまま管理人室に連れて行かれた。
その間、どうしたのかを頭の中で整理しようとしていたらどうしても引っかかる所があった。
……どうしてせつなのこと押し倒してたの?
せつなの想いがこぼれて、半分自己嫌悪になりながらそれを受け止めていたらいつのまにかせつなが眠っちゃって、離れるとそのまま倒れそうだから動けなくなっちゃって、で……いつのまにか私の眠っちゃったの?
で、でもあの状態から私がせつなを押し倒すのっておかしくない?
「さてと、まずはどうしてあんなところにいたのかしら?」
「あ、えっと……」
せつなのことに思考を奪われながらも宮古さんにああなった理由を説明していった。くっついていたのは寒かったからとして、当然せつながしてと言ってきたことは黙っておく。
宮古さんは黙ってそれを聞くと「ま、わかったわ」と頷いてくれた。
「鍵が壊れてたのは本当みたいだし、わざとじゃのはわかるけど心配だったんだから気をつけてね。学院のほうには私が説明しておくわ。一応後で朝比奈さんからも話聞くけど、今日はお風呂はいっちゃいなさい。すぐ用意するから、冷えたでしょ?」
「あ、はい」
いわれてみれば体がかなり冷えている。寮に人がいたっていうことはもう放課後ってことだから三時間以上はあんなところにいたんだからいくらせつなと体を寄せ合っていても冷えちゃってる。
「じゃあ、失礼します」
「あ、そうだ」
お辞儀をして部屋を出て行こうとしたら宮古さんがなにかを思い出したような声をだした。
「一つあやまっておかなきゃ。なんだかみんな面白そうにしちゃってたけど、ああなっちゃたの私のせいなのよね」
「何の、こと、ですか?」
「二人が寝そべってたこと、ドアあけたらそのまま倒しちゃったのよ。起こそうと思ったんだけど見つかったこと連絡しなきゃって思ってそのまま放置したらなんだかみんな集まっちゃってね。あなたたちはあんまりいい気持ちはしないでしょ。ごめんなさいね」
「あ、あぁ、そうだったんですか。あんまり気分はよくないですけど、でも理由がわかって安心しました。じゃ、失礼します」
今度こそ部屋を出て行った私は、押し倒したことの謎の答えはわかったけど、そんなの関係なくこれからせつなに会いに戻るということを考えると、気が重たかった。
部屋に戻ってみると、せつなが起きていた。ベッドの上じゃなくてテーブルの前で正座してまま俯いている。
「どしたの? そんなしかられた子供みたいに」
「すずか……ごめんなさい」
私が部屋に来たのに気づくと突拍子もなくせつながそういってきた。
「なにいきなり?」
「なんだか変なことになってるみたいだから、私が余計なこと頼んだせいで変な噂広がったら……」
妙に慙愧の念に駆られているせつな。私はああなった理由を知ってるからなにを言われても別に真実が違うならどうってことないって思えるけどせつなは知らないんだししょうがないのかも?
「元凶は私なんでしょ? それに、あれは宮古さんのせいみたいだよ。そりゃ、ま、私のイメージがまた手が早いとか、隙を見せると襲われるとかになっちゃいそうなのは気に食わないけど、別にみんなだって本気で言ってるんじゃないんだしせつながそこまでしてあやまることないでしょ?」
せつなが謝ってる理由、それだけじゃないってわかってるけど私はそれにできるだけ触れたくないのでこんな言い方をした。
「それでも、ごめんなさい」
せつなに私の言いたいことは伝わってると思う、だからこそまた謝ったりしてる。
本当は謝らなきゃいけないのは私のほうなんだよ? せつなは好きっていっちゃったのが私に対する裏切りみたいに思ってるっぽいけど、そこまでせつなを追い詰めてるのは私なんだから。
せつなは顔を上げない。拳を握り締めて自分への憤りを隠そうとしている。
私はそれだけで胸が締め付けられるような感覚に襲われた。
「せつな、私こそ…ごめん。でも、私まだ……わかんない。答えがでないの」
ほとんど真面目に向き合おうとしたことすらないくせにこんな言い方するなんてずるいけど例え答えが出ていないとしても、今の私の気持ちをせつなに伝えておくことは、間違ってないって思いたい。
「中途半端な気持ちで、答えたくないの」
四肢が震えてる。嘘は言ってないのに、その中途半端を持続させようとしている……少なくてもしていたのは他ならない私自身なんだから。
「だから、そんな顔してないで、いつものせつなに戻って、欲しい」
私にこんなこと言う資格、あるの?
やだ、私のほうが泣きたくなってきた。
私は筋肉が弛緩したように力なくその場にへたり込んでしまう。
「ふ……」
そんな中、せつなの笑い声が聞こえてきた。
パン。
「あたっ」
ついで頭を軽く小突かれる。
「そっちこそなんて顔してるのよ。まぁ、そうよね。よく考えれば今回のこと悪いのは全面的に涼香なんだし私が謝る必要ないわよね。謝って損したわ」
「な、なにいきなりぃ」
あまりにも様子がさっきと変わったので私のほうが戸惑ったけどせつなの顔を見ると、納得というか合点がいった。
やんわりとした笑顔でありがとうといっていた。
それと同時にもうこの話題に触れるべきじゃないと思わされた。
「あ、そうだ。宮古さんがお風呂入っとけってさ」
私もせつなの言いたいことを汲み取った顔でそういった。
「そうね、誰かさんのせいで大分冷えちゃってるんだから遠慮なく入らせてもらいましょうか」
「……嫌味は引張るね」
憎まれ口に、憎まれ口を返すと私たちはお風呂の準備をしていった。
ただ、私たちが気にしないとしても、今回のことを気にする人間はいるんだということをこの時の私はまだ考えていなかった。