お昼も過ぎたあるお休みのある日、私は地下のせまい倉庫で作業をしていた。鍵はもう直してあってそのついでのたてつけが悪くなってるのも直してあるけどドアは開けはなれたまま。

 ドアを閉めておくとどうにも前に閉じ込められたことを思い出して気分がよくない。それにほこりがでるから開けておいたほうが換気にもなるしね。

「ふー、ま、こんなもんでしょ」

 私はうっすらと額に浮かんだ汗をぬぐいながら大きく息を吐いた。

「そう、ね」

 一緒に作業をしていたせつなも同じようにして部屋の中を見回す。

 あんなことがあったからここの整理もうやむやになるかとちょっと期待してたけど、宮古さんは「罰は罰だから」と結局やらされることになった。

 やるからにはちゃんとやろうとは思ったけど……まさかここまでやるとはねぇ。

 やる前の写真でも撮っておけばよかった。ビフォアー、アフターって感じで見比べたらそれだけでも話にネタになるような気がするよね。

 埃をかぶった棚は綺麗にふき取られ、高さとか、年代とかバラバラだった本やらアルバムは全部、大きさや年代をちゃんとそろえて整理されていて、ついでに床もほとんど完璧に掃除しておいた。

 埃をかぶったお城が白亜に生まれ変わったって感じ?

(ここまでやるつもりはなかったけど、自慢すらしたくなってくるよ)

 やりとげたーっていう満足感もどこか心地いい。

「じゃ、さっさと宮古さんに報告しにいこ。早く着替えたいし」

 ちなみに今の服装は学院指定で赤っぽいジャージと髪が埃まみれにならないようにするための頭覆い。小学校の低学年のときとか頭覆いとかなんのためにあるのかわかんなかったけど今思えばこれだけのものでも結構役に立つんだなとちょっと感心する。

「報告は私がいっておくから涼香は先に戻っててもいいわよ? 管理人さんも埃まみれになった二人が来ても困ると思うし」

「そお? んじゃ、悪いけどお言葉に甘えさせてもらうかな」

「まぁ、迷惑かけたからこのくらいはね」

 と、せつなが若干深刻そうな顔をする。なんのことかは察するけど、あえてそれには触れない。今でもまだ槍玉にあげられるあの問題は決着がついてるはずだから。せつなもわかってるんだろうけど、それでも思わず口をついちゃったんだと思う。

「……いこっか」

 私はそれだけいうとドアを閉めて鍵をかける。

 歩き出す前に軽くお互いの埃を払うとせつなは管理人室に、私は自室にそれぞれ向かっていった。

「あ、涼香、さん」

 そして、二階に上がったところで今世界で一番一緒にいたくない人物に名前を呼ばれてしまった。

 

 

 出来るだけなんでもない風を装って呼ばれたところに向かっていく。

二階の階段からすぐのロビー、一階入り口ほどじゃないけど人の集まれるスペースがある。

 そこに、美優子と同じ階の先輩の姿があった。

「や、美優子。来てたんだ。体、もういいの?」

 美優子は週の中ごろから休んでいて週の後半は見ていなかった。

「あ、はい。本当は今日くらいまでおとなしくしてろって言われてたんですけど」

「友原さんに会いに来たんだって」

 ちっちゃなテーブルをはさんだところにいる先輩が少しからかうように言った。なんでもなくいったはずのその言葉に私は、表には出さない少しの動揺を。美優子は目に見えて驚いて見せた。

「す、涼香さんに会いにきた…わけじゃ…」

「あれ? でも、友原さんの部屋の前で何回もノックして寂しそうにしてたわよね?」

 先輩が何か意図していってるわけないのはわかりきってるけど、いちいちこういった、想いを向けられていることを言われたり、わからさせられたりすると、そのたびに罪悪感にも似た感情が心に暗い影を落とす。

 そういうのを装う技術だけが上手くなってるのって嫌だよね。

「あ、あれは……その、えっと……、と、ところで涼香さんどうしてジャージ着てるんですか?」

 美優子って都合悪くなるとあからさまに話題変えようとするよね。

「あー、うん。倉庫の整理してたの」

 今はそれに便乗させてもらお。

「あぁ、あれ、終ったの? お疲れ様」

「もー、大変でしたよ。でも、我ながら完璧に出来たって思いますよ。見てみたらきっとびっくりしますって」

「いやー、あそこで【おもしろい】ものならもう見せてもらってるから、別にいいわよ」

 ここで私は今地雷原を歩いていることに遅まきながら気づいた。

 美優子はアレを知らない。あの話自体当日とか、次の日くらいまで直接言われて覚悟していた通り変に尾ひれがついちゃったけど、あの日から丁度美優子は学校を休んでいて美優子がその噂を聞いているってことないと思う。

 それを、今ここで掘り返すことがどれだけ危険かなんて考えるまでもない。

「あの、何のことですか?」

 予想通りに美優子は首をかしげている。しかも一人だけ取り残されているとき特有の不安気な顔をしながら。

「ほら、西条さんの知ってるんじゃないの? 友原さんのちっちゃな恋人さんのときに色々問題起こしたって」

「あ、はい。なんか無理やり窓を壊してそこから飛び降りたとか」

 いや、それちょっと違うんだけど……

「で、それの罰で倉庫の整理させられてたの」

「そうなんです、か。えっと、お疲れ様です、涼香さん」

「あはは、ありがと」

 よし。ここでこの話題を切っちゃえばなんとかスルーできそう。と思った矢先、私じゃない人が地雷を踏んだ。

「でね、まーた友原さんったら傑作なのよ」

 にこやかに笑う先輩と対照に私は諦め顔で二人から視線をはずす。

「なにが、ですか?」

「ちょっとまっててね」

 先輩はそういって手元においてあった携帯をとって操作し始めた。十秒ほどで目的のものを探し出したのか画面を美優子のほうへ差し出した。

 やめてっ! っていいたかったし逃げたくもあったけどここで逃げても美優子がコレを知ることは止められない。

「っ!!??

 人前だっていうのに、美優子ははっきりと息を飲んだ。目を見開き、体を硬直させ絶望に近いような深い悲しみの色が宿った悲痛の表情をする。

 携帯の画面に映ってたのは私が幾度も見せられた私がせつなの上にかぶさって寝ているところ。あの時あの場にいた人の数人が携帯でとったもので話題に上がるたびにいちいち説明はしたけど真偽がどうっていうかからかうのが目的みたいだから効果は薄かった。ただ、それでも寮の人に言われるんなら別にそんなに気にすることじゃなかった。

 寮の人、なら。

「昔は西条さんにあんなことしたくせに、雫ちゃんに移り気して今度は朝比奈さんよ。まったく困っちゃうわよね」

「だーかーらー、それは宮古さんのせいでだって何回も説明してるじゃないですかー」

 私はあえてくだけた感じでいい訳をする。これに関してはなんでもないんだっていうのを美優子にわかってもらいたいから。

 美優子は見たときこそショックを受けたみたいだけど、私の説明を落ち着いて聞いていてくれてる。ただ、その中にある嘘を感じ取ってしまう。笑顔なのに心では笑っていない笑顔。

 私も嘘つき、だからわかっちゃうんだよね。

「と、涼香まだこんなところにいたの?」

 一通り美優子にいい訳を伝えると背後からせつなの声がした。地獄に仏のような気もすれば泣きっ面に蜂な感じもする。

「せつな。宮古さんに報告してきたの?」

「えぇ、ご苦労様って涼香にも伝えてって。それと、お風呂特別に用意するから使っていいって言ってたわよ」

「ほんと!? よかったー、やっぱ着替えだけじゃなくてちゃんとお風呂入りたいって思ってたんだよね。うん、じゃ早速入らせてもらおっか」

「あ、あの涼香、さん」

 居心地が悪くなったところに渡りに船なせつなの言葉に乗らせてもらってここから逃げようとした私は美優子に呼び止められた。

 心情を簡単に読み取ることのできない心を隠す仮面をつけている顔。きっと、せつなと先輩にはわかんない同じ仮面をつける私にはわかる。

「な、なにみゅーこ」

「わたし、きょ、今日はもう帰ります、ね」

「どうしたの西条さん? 調子、悪くなっちゃった?」

「え、えっと、そ、そんな感じです」

 美優子はそんなことを言うけど顔色は特に悪くなっていない。顔色なんて変わらなくても調子悪くなることはあるだろうけど、さっきのことを思うと多分……嘘、だ。

「そ、それじゃ、失礼、します」

 私たち三人は去っていく美優子をなんとなく固まって見つめた。

「ごめん、せつな。先、部屋戻ってて」

 私はその孤独感を漂わせる背中に理由のわからない焦燥を覚えて美優子を追っていった。

 なんだろう? この気持ち。正直美優子といるのは……嫌じゃないけど嫌で、例えあの話を聞かれてあの写真を見られたとしても美優子がいなくなってくれることのほうがありがたいのにこのまま美優子と別れるのは耐えられなかった。

「美優子」

 階段の中腹あたりで美優子に追いついて声をかけた。

「美優子、あの、さ。あのことは、ほんとにただの偶然で……」

「……わかってます」

「え?」

「涼香さんがさっきいったこと嘘じゃないって。涼香さんはそんな人じゃないって、わかってます」

「そ、そう。あ、ありがと」

 なんだか言おうとしたことを先に言われちゃった気がする。私はそのことをとにかく気にしてるんだって思ってたのに、今の美優子にはさっきの独特の嘘の気配が見て取れない。

「…………」

 じゃああの寂しそうな背中は気のせいだったの? ただの思い過ごし?

「あの、失礼、します、ね」

 美優子は少ししても私が何も話さないのからか、今度こそ去ろうとする。

「あ、うん。呼び止めちゃってごめんね。そだ、バス亭まで送っていこうか?」

「い、いえ、大丈夫です。その、涼香さん…また」

「うん、またね。お大事に」

「はい、ありがとう、ございます」

 私は帰っていく美優子を階段からそのまま見送った。ただ、私はその背中にやっぱり物悲しいものを感じてしまった。

 

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