「そ、それでさー」
何気ない学校の休み時間、私は友達と移動教室から談笑しながら教室に戻っていた。
「うっそ。まじで?」
「ほんと、ほんと」
当然休み時間だから廊下には人がいっぱいいて、人が多ければその分知り合いに出会ってしまう確率も増えてしまうもの。
(……みゅーこだ)
そして、同じ学年ならそれはなおさら。真正面から、美優子が一人で歩いてきていた。
こっちは友達といるだけで美優子が気にするようなことはなにもないはずだけど、あの倉庫でのことを知られた今は以前よりさらに居心地が悪いというか、とにかく顔を合わせずらい。
それに、美優子は普段内気なくせに仲良くなった相手には思いのほか積極的で……もしかしたらあんまり学校には友達がいないだけかもしれないけど、話しかけてくることが多い。
そして、今、私は美優子と話すことを望んでいない。
「涼香、どうしたの? 急に黙って」
気づかれないようにと友達の半歩後ろに下がったらその中の一人が目ざとく私の異変に気づいて名前を呼んできた。
(うわわ、名前なんて呼ばないでよ……)
しかも美優子が丁度すれ違うようなときに。
「…………」
(ほっ……)
幸い、美優子は私に話しかけてくることなく通り過ぎていった。
一瞬、見られたような気はした、けど……気のせいだったのかな。
私は自分でもすっきりしない安心を得て友達の輪に戻っていこうとした。
「っ……?」
その瞬間、何だか、すごく冷たい視線が背中に浴びられた気がする。ううん、直感だけど私に、じゃないと思う。冷たい視線を感じはしたけど私のことは通り抜けたような感じが……
不気味さに踵を返すと美優子が慌てて身を翻しているところだけが見えた。
(今の……みゅーこ?)
私がいる方向を見ている人はいたけど、私たちに目を向けている人は見当たらない。美優子を覗いては。
まさか、ね。美優子にあんな視線できるわけ、ないよね。何だか、敵意……みたいなの混じってたような気がするし。
「すずかー? どしたの? さっきから」
「あ、うん。なんでもなーい」
周りにいた友達は誰もあの視線に気づいてないみたいで、私と結構距離があいてしまっていた。私は少し慌ててみんなに追いつくとさっきの視線のことは忘れる。
ただ、これが美優子に感じた異変の最初だった。
ある放課後、私は外に出ると腕を天に突き上げて大きく背伸びをした。
「んーっはぁ、今日も一日終ったねぇ」
「ほとんど毎日それやってるわね」
「そかもねぇ。でもほら、この解放感は体中で表現しないと表せないから」
「まぁ、いいけど」
いつもの帰り道をいつものようにせつなと帰っていく。雫と会っていたことは学校終ってもそれなりの間は陽が照っていたけど、今は終るころには暗くなり始めてて、一番星だって見つけられる。
なんだか年を追うごとに時がたつって早く感じてくるよねぇ。言ってることが年寄りみたいだけどほんとにそう感じるんだから仕方がない。
「そういえば、英語そろそろ当たりそうなんですけどねー、せつなさん」
「あら、それは大変ね。きちんと予習しなきゃ」
「でも、できないと授業の進行にも関わっちゃうから、自分のところくらいは完璧にやりたいよね。まぁ、どこが当たるかはわかんないけど」
「じゃあ、明日進みそうなところくらいまでは全部やっておかないとね」
っく。なんという冷戦構造。一単元は予習を済ませているせつなに暗に見せろって言ってるけどまったく通じない。
というか、通じてるからこそかわされる。
「そんなこと言わないでさー……」
経験上どうせ見せてくれないとはわかっていても、一応ちゃんと言葉にしておこうと思ったら前をとろとろと歩いている知り合いの影を見つける。
「おーい。梨奈―」
名前を呼んで小走りに梨奈によっていくと梨奈は落ち着いた様子で私たちをまってくれる。
三人そろうと、また適当な話題をしながら寮に向かっていく。
「そういえば、今日は美優子いないのね」
と、せつなが一言。私もそれに気づいていたけど私はあえて無視していた。
美優子はいつもじゃないけど結構同じクラスである梨奈と寮にくることが多い。わざわざここでそれに突っ込まなくてもいいとは思うけど。
「うん。今日は寮に寄らないで帰るって言ってたよ。なんだか難しい顔してたけど」
「まだ調子が悪いのかな?」
「うーん、学校で一緒にいた限りじゃあんまりそうは見えなかったけど、どうだろうね?」
どうしてまぁ、梨奈は思わせぶりというかすべてわかってますとでも言ったような言い方をするのか。実際色々見透かすことは多いけど、これは性格なのかも。
「ま、いいや。無理に寮に来られて悪化されても夢見悪いもんね」
結構前に、調子悪いときはちゃんと休めっていったことが守られてるともいえるし。
そう思うと少し嬉しいよね。私の気持ちが届いてるってことだから。
………美優子のこと避けようとしてるくせに、こんなこと思うなんてなんなの私は。自分がほんとはどう思ってるか自分でよくわからなくなってくる。
「あ、ところで梨奈さーん、英語の予習のことで相談なんですが……」
とはいえ、私は目の前の現実に立ち向かうため勝ち目のない戦争を始めた。
次の日、英語の授業も無事に乗り越えて寮に戻ると今日は美優子が来ていて一階ロビーで梨奈と話をしていた。
「あ、二人ともおかえりー」
入り口すぐのロビーにいるんだから入れば当然目に入るわけで、梨奈は私とせつなを見つけるやいなや手招きをしてきた。
断れる理由もないのでまっすぐとそこに向かっていく。
美優子と向き合うのは、嫌というかまともにできないのが現状。ただ、二人きりになるのはなんとしても避けたいけどみんなと一緒に話すのならやっぱり楽しいとは思う。
都合のいいって思うよ。でも、美優子の気持ちに応えるとかそういうこと以前に美優子といることが嬉しいのかそうじゃないのかすら自分でもよくわからない。
「涼香さん、どうしたんですか? 難しい顔して」
二人がいるソファーの近くにくると開口一番で美優子に言われた。
やっぱ、私って顔にでるのかな。
「ううん、なんでも。みゅーこ、今日はもうほんとに大丈夫なの?」
「え? なにが、ですか?」
「美優子。昨日、調子悪かったから来なかったんじゃないの?」
と、これはせつな。美優子の隣に陣をとりながら言う。
「あ、えっと、昨日は……」
「来てるっていうことは大丈夫なんだよ。あんまりいつも美優子ちゃんの体のことばっかり聞くのはちょっと失礼だよ?」
この言い方だと、体の調子のことじゃなくて、体つきの話をしているように感じちゃうけど。
「まぁ、そだね。あ、梨奈昨日はありがとうね。丁度梨奈が見せてくれたところにあたったから助かったよ」
そ、今日私は英語の授業を乗り切れたのは梨奈が昨日めずらしく予習を見せてくれたから、一応自分でやったあとに見せてもらったけどやっぱりできる人のを見せてもらうと安心感が違うよね。
「そっか。よかった。でも、自分でもしっかりやんないと駄目だよ」
「うんうん、わかってるって。でも梨奈はなんだかんだで見せてくれること多いし、どっかの頑固者とは大違いだよねぇ」
「私は涼香のためを思って見せないのよ。梨奈もあんまり甘くしちゃだめよ。クセになるといけないから」
「人をペットのしつけみたいに言わないでよ」
「似たようなものじゃない。自分で考えないですぐ人に頼ろうとするんだから。人間なら人間らしく少しは自分で考えなさいよ」
「はいはい、わかりましたって。そだ、みゆ……」
このままだと今まで幾度もやり取りしたことあるようなこと繰り返すハメになるから、話題についていけてない美優子を救う意味も込めて美優子になにか話題を振ろうとした私は、その美優子を見て驚く。
「あ、はい。なんですか?」
「あ、うん、えっと……」
美優子はすぐに表情を戻したけど、私が見たときにはやけに怖い顔をしていて、冷たい、氷のような雰囲気を纏っていた。
どこかで感じたことあるような……それも極最近……そだ、前に廊下で美優子とすれ違ったとき、あの冷たくなるような視線を感じたときの同じの……じゃあ、あれもやっぱりみゅーこ、だったの?
だとしたらなんでこんな目を……
「み、美優子はもう勉強とか完璧についていけてるの?」
「完璧、っていうわけじゃないですけど、朝比奈さんや種島さんのおかげでどうにかなってます」
「そ、そう。よかったね」
気にはなったけど、美優子に対して積極的になれない私はそれに触れることなく話を移していった。
それに、気のせいだったかもしれないんだし、ね。
気のせいじゃないって確信は抱けていたけど、そう思っちゃいたかったのと、なにより美優子があんな敵意まで感じさせるような冷たい顔をできるなんて信じられなかったからこの時の私は美優子の異変を無視しようとした。
けど、美優子の様子は表面上ほとんど変わらないままでもどこかに違和感を感じさせながら徐々に顕在化していった。