嫌われた?

 嫌われたの?

 美優子に……きら、われた……?

 本当にそうなの? 美優子に嫌われる理由なんて……全然ない、はず。

 ない、よね? 今まで美優子にしてきたことを思えば嫌われてもいい要素は少なくはないと思う。出会い方もそうなら、無断でパジャマはだけさせたり、さつきさんのときとか迷惑かけちゃったし、いきなりキスはしちゃうしで、嫌いになられるようなことは少なくないどころか、嫌われても当然なことはしてきたかもしれない。

 でも、美優子はそんなことで人を嫌いになるような子じゃなくて、それどころか、私は……美優子に好かれてるって思ってた。

 うぬぼれ、だったの? 本当は全然そんなことなくて私の自意識過剰だったの?

 け、けど、例え美優子が私のこと…ほんとは、嫌い……だったとしても、急にあんな風になるなんてやっぱりおかしいとおもう。何かきっかけがなきゃ……

 きっかけ…あの美優子に似つかわしくない、あの冷たい目。ただ、あれは直感だけど私に向けられてるようには感じなかった。

 あの目をするようになった一番近いところで美優子と何かあったとすれば、せいぜい倉庫での件を知られたこと。

 私のうぬぼれでの美優子が私のことをす、好きだっていうことで考えても、嫌いだったというので考えてもあそこまで、見たら逃げるまでになるなんて思えない。

 美優子に、嫌われた理由なんて……わかんないよ……

 ……でも、嫌われちゃったんだよ、ね……

 あんな風に逃げられるんだもん。ショック、だよね。

 つか、なんでこんなにショックなんだろ。嫌われてるんだって思ったとき、体中の力が抜けるような感じがして……なんだろ? 怖くなった……?

人に嫌われるってなれてないから、かな?

自分でもわかってたけど、私は結構八方美人で誰にでもいい顔をして、嫌われないようにって気をつけてきた。

 だから、逆に中学まではものすごく仲のいい友達っていうのもあんまりいなくて、ここで寮で仲良くなった人なんかがはじめて本当に親友っていわれる間柄になれたって自分じゃなんとなく思ってた。

 美優子もその一人だって。

 その美優子に、親友の一人に嫌われる? 嫌われてる?

 いや! やだ! 嫌われたら、嫌われると……また、痛いことされちゃう! はたかれる、殴られる、けられる、嫌なのに怖いのにやめてともいえなくて、ただ耐えるだけになッ……て……?

 ッ! わ、私なに考えてるの!? 美優子がそんなことするわけない! あ、あの女のせいで、美優子にまで悪いこと考えちゃったじゃない!

 いや! 理由もわかんないで大切な友達を、親友を、美優子を! 失いたくなんてない。

 失うなんてそんなの……絶対に嫌!

 

 

 ある放課後、私は美優子のクラス前で美優子のことを待っていた。美優子が放課後、清掃場所から教室に荷物を取りに戻ってくるというのは梨奈に確認済み。

 教室の中じゃまだ放課後の浮ついた空気が漂って、閑散としつつも楽しげな雰囲気をかもし出している。

 私はそれを落ち着かない心持ちで見つめた。時おり髪を指先でクルクルと遊んだり、とにかくその場にじっとしてるのも嫌なくらい。

 素直に美優子に聞く。

 今回のことで私が出した結論。

 もし、き、嫌われてるんだとしても、聞かなきゃ納得できない。諦めることもできない。嫌われてる理由が治せることなら治して仲直りって言い方は変かもしれないけど仲直りしたい。

 逃げられるんなら追いかけてでも、聞く。……どうせ嫌われてるんだとしたら、そんなことしても今さらなわけだし。

「………………」

 美優子はなかなか現われない。もう清掃が終ってから二十分はたった。もしかしたら、美優子はどこかから私のことを発見していなくなるのをまってるのかもしれない。さすがに荷物を置いては帰れないだろうから。

 いいよ。待つもん。やだもん、何もしないまま美優子と疎遠になっちゃうなんて。

……って自分で遠ざけようとしてたくせにほんと勝手だよね。

 軽く落ち込みなりながら、さらに十分程たつと教室や廊下にもほとんど人がいなくなって、控えめな足音が聞こえてきた。それが誰かを確認すると、

「美優子!

 私は思わず大きな声を出していた。

「涼香、さん」

 美優子は一瞬苦しそうな顔をすると……

「美優子!?

 脱兎のごとく逃げていった。

「待って!

 私もすぐにそれを追って走り出す。

「何で逃げるの!?

「す、涼香さんが追いかけてくるからです」

「そっちが先に逃げたでしょうが!

 元々美優子は決して足なんて早くない。それに、性格上廊下を本気で駆けるなんてできなくて私がすぐに美優子に追いついた。

「っはぁ、はぁ。つ、捕まえた」

 腕をしっかりと掴んで美優子を停止させる。そのまましばらく困惑と不安を感じながら俯いて息を整えると、少し震えながら声をだした。

「……ねぇ、どうして私のこと、避けるの?」

「…………」

 美優子はつらそうな表情で私から顔を背けるけど、私は不安ながらも美優子から目を背けたりしない。

「そ、そんなこと、ない、ですよ……」

「うそっ。い、今だって逃げたじゃない」

 ……私、今自分でも信じられないくらいに恐がってる。もしかしたらこれで美優子ともうほとんど話せなくなっちゃうんじゃないかって思うと心が震えてくる。

「……放して、ください。今度は逃げません、から」

 私の様子にさらに苦悶を極めたように美優子は小さくそういった。

 

 

 廊下で話す雰囲気でもないし、誰かに入ってこられてることも望んでいないので美優子の教室に戻っていった。言われたとおりに腕は放したけど、着くまでは一言も話さなかった。

 教室はもう暗くなっていて、薄暗さと人のいない様子がどこか不気味に見せていた。電気をつけないと少し離れた位置にいる美優子の表情が詳しくは読み取れない。でも、どんな空気を纏っているかはなんとなくだけどわかる気がした。

「美優子、教えて。私、美優子になにかしちゃった? 怒らせ、ちゃった? そうなら、謝る、から」

 私のこと、嫌いなの? とは、恐くて口に出せない。

 私の問い掛けに美優子はゆっくり首を振った。

「……涼香さんは、何も悪くないんです」

「じゃあ、どうして? 先に言っておくけど、私が目の前にいるからって気を使ったりとかしなくていいんだからね」

「ほ、ほんとうに涼香さんは何も悪くないんです。わ、悪いのは、わたし、ですから……」

「どういう、意味?」

「わたし……涼香さんといるとすごく、嫌な、子になっちゃうんです」

 美優子……泣きそうになって、る?

「えっと、そ、そんなことないでしょ? 美優子は優しくて、可愛くて、すごくいい子だ、よ?」

 美優子の言っている意味がよくわからなくて当たり障りのないことしか言えない。

「違うんです! わたし、涼香さんが他の人といたり、すると、ううん、他の人といるだけでその人のことが、すごく、すごく……嫌い、になっちゃいそうになるんです」

「え……?」

「わたし、寮に住んでる人がうらやましい、です。しょうがないってわかって、ますけど、うらやましくて……嫉妬、どころか、たまに……に、憎いって思っちゃうん、です。ずっと前から思ってました。雫ちゃんのときも、この前の倉庫のことも後から人づてに聞くだけで、いつも蚊帳の外で……さびしくて……それで……わたしの知らない涼香さんを、たくさん知ってる寮の人たちが……」

 口に出すことすら罪だとでもいわんばかりに数泊の間を置いてから「……憎い、です」と小さく、本当に蚊がなくような小さな声で呟いた。

「種島さんや、朝比奈さんのことだって、どんどんそういう目でみちゃって……みんな、みんな……せっかく、わたしなんかによくしてくれて……友達、になってくれたのに、やっと、やっとできたはじめての友達、なのに……ぅくっ……友達のことを、嫌いになんかなりたくないのに、ひく…どんどん、どんどん涼香さんといるとその気持ちが膨らんできて……」

 美優子は……泣き出していた。友達への罪の意識、自分への怒りや嘆きそれらが美優子の中からあふれ出していく。

「わたし、わたし……涼香さんに、他の人のこと、見てもらいたくない。わたしのこと、をみて、もらい、たい、です」

 や、めて……それ以上、なにも言わないで。

 そんな、こと、私に聞かせないで。お願い、だから。

 耳を塞ぎたい。

 ここにいたくない。

 逃げてしまいたい。

 舌に血の味を感じた。いつのまにか無意識に噛み締めていた場所が出血してしまったみたい。

「わたし……すずか、さんのこと。………………独り占め、したい……です」

 美優子は今まで俯きながら決して私のことを見なかったのに、このセリフだけは顔を上げ、私を真っ直ぐに見つめてきた。

暗くて見えないはずの涙がはっきりと見えた気がした。

「ぁ…、み……」

 体が芯から震えて声がでない。

 私のこと、嫌いになってなんかなかった。

……むしろその反対、だった。

 美優子は私といたかった。でも私といると、友達に嫉妬してしまってその友達のことを嫌いにすらなってしまいそうだった。美優子はこの学院にきてやっと美優子が友だちといえる人たちが出来た、その友達のことが大好きで、失いたくなくて。けど、私ともいたくて。相反する感情に押しつぶされそうになって私や寮や、周りの人間から離れようとした。

友達を、嫌いになってしまわないように。

 私は、美優子に嫌われたって思って、美優子を、親友を失うことを恐れた。でも美優子にとって友達を失うことは私が親友を失うのとは多分比較にならないほどつらいことなんだと思う。

小学校の高学年から中学校、美優子は孤独に過ごしてきた。ある程度は心配してくれる人はいたんだろうけど少なくても美優子は孤独を感じていた。学院にきて、私とせつなと友達になって、寮の人と仲良くなって、美優子は独りじゃなくなった。

友達といる美優子はいつもすごく嬉しそうだった。美優子はきっと、人といることが楽しくて、嬉しくてたまらないはず。

でも……

「……っ」

 わずかに感じるだけだった血の味が口の中に広がった。

 そんな美優子が友だちのことを、嫌いになりそうになってる。

(私の、せいで)

 私の中途半端な、美優子を遠ざけようとしていた気持ちが美優子の黒い気持ちを増徴させてしまった。

 いや! やだ。もうここにいたくない。美優子からにげちゃいたい。なんで私がこんなことになってるの!? 私は違う! 違うのに。好きになんかなられるような人間じゃないのに……

 私は美優子の顔が見れないどころか、俯いたときに体が視界に入るのすら怖くて明後日の方向を向きながら下を向いた。

 わかんない! わかんないんだよ! 私、美優子がそんな風に、私が人といるだけでその人のことを嫌いになっちゃいそうにまでなる気持ちがわかんない! 

独り占めしたいっていう気持ちはわかるよ!? さつきさんのときも、藤澤先輩のときも独り占めしたかった、その人の一番になりたかった。でも、隆也さんのことや先輩といたあの男の人を憎く思ったり、嫌いに思ったりなんてしなかった。

 他人のことを排除してまで想い人に想ってもらうおうとする気持ちがわかんない。そんな風に人を好きになるっていう気持ちがわかんない!

 私、美優子のこと好き。せつなと同じくらい好き。

 好き、だけど私は美優子みたいに二人のことを好きになれない。他の人といることをねたましく思ったりできない。

 そんなことを思うのが人を好きになるってことなの!? 

 わからない、わからないよ……

 答えがないの。美優子の好きに答えられる気持ちが私の中にない。

 美優子が自分の中に渦巻く感情に呑まれ私から遠ざかったように、私も自分の気持ちに押しつぶされてしまいそうだった。逃げてしまいたかった。

 ここで逃げたりなんてしたら美優子をどれだけ悲しませるかわかるはずなのに。

……………………逃げちゃ、ダメ。

 急に心の中にいるもう一人の自分がそう語りかける。

 そんなのわかってる、けど……

……ここで逃げたらもう美優子となんて向かい合えなくなっちゃう。

 それも、わかってる。

……逃げたいことに立ち向かうって決めたよね?

決めた。決めた、けど……

雫に悪いって思わないの?

 雫……

そう……だよね。

 雫はあんなに小さな体で私に精一杯の想いをぶつけてくれた。

 そんな風になりたいって、私もおもった、はず。

 私はあらぬ方向に向けていた視線を徐々に美優子に戻していった。

 美優子の好きに答えられる気持ちはなくても、今の美優子に言わなきゃいけないことはあるはず。このまま美優子から逃げたら後悔どころじゃなくて自分のことを許せなくなる。

 美優子に答えなきゃ。今できる、私の答えを。

「……みゆこ」

 私は、どう表現していいかわからない感情がこもったようにもまったく抑揚がないようにも聞こえるかもしれない声で美優子のことを呼んで、目の前にまで近づいていった。

「……ごめん」

 そして、美優子のことを

「っ!!?

 抱きしめた。

 

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