こんな風に正面から人を抱きしめるのはこの学院に来てから三度目。せつなと、雫と、そして今美優子。
どれもおふざけなんかじゃなくて、私の気持ちを心から伝えようとするとき。
「す、すずかさん? あ、あの……?」
美優子はやっぱり柔らかくて、いい匂いがして、なんていったらいいかわからないけど優しい感じがした。前に美優子に抱かれたときはその優しさに包んでもらったような気がするけど、私はそんな気持ちで美優子を包むなんてできない。
「……私、美優子に気持ち…………嬉しい、よ」
私が今美優子に与えられるのはあの時せつなに与えたのと同じ……私の欺瞞にも似たごまかしと、身勝手な私のお願い。
でも私にはそれがせいいっぱいなの!
「でも、ごめん。今の私じゃ、美優子の気持ちに答えられない、の」
「ぇ……?」
絶望の淵から響くような美優子の声。
怖くて顔は見れないけど、呆然としながら私の言葉を必死に理解しようとしてると思う。
「私、ね……美優子が私に想ってくれる気持ちがどういう気持ちだかわかんない、の……だから、わかんないまま、それに答えられない、答えたくないの」
今私の中にある言葉を全部素直に美優子に伝えることが正しいのか、私や美優子にいいことなのか判断付かなくても今私が美優子に出来るのはこれしかない。
「その場しのぎなんかで答えなくない、の」
言いながら体と心が締め付けられるというか、自責の念に駆られて情けなさと自分への怒りで涙が出てきそうになった。
今してること、それこそがその場しのぎなんだってことは誰よりも私が一番わかっている。
それでも、私は実直に美優子にいうしかないの。
「……美優子のこと、好き……だから」
この好きが、美優子が私のこと好きなのとは違うってきっと美優子には伝わってると思う。
「好き、だから、美優子に避けられるのは、悲しいし、寂しい。美優子に答えないくせに、すごく勝手だなんてわかってるけど、私も、美優子から逃げないようにする、から、今まで通り寮にも顔、出して欲しい」
「………………」
「……その、みんな結構寂しがってるし」
……無意識にでも、私は美優子の心を利用しようとしてる。美優子にとって【友だち】がどれだけ大切わかっている、から。今わからされたばっかり、だから。
私から遠ざかろうとした理由が友だちなら、それを逆に利用しようと……
「……………………………………はぃ」
美優子の返事と共に私は三度血の味を舌に感じた。今までと比較にならないほどに。
(……私は、どうして……どうして、こんなに……)
最低、なんだろう……
世界が一番の暗闇で満たされるころ、私はベッドで仰向けになりながら無言で天井を見つめていた。電気を消してカーテンを閉めた光源のほとんどない今の状態じゃ天井すらまともに見れない。
寒いのを我慢してもぞもぞと手を布団から出してをかざしてみても、目を凝らしてやっとその影が見えるくらい。
「なんか、このまま吸い込まれちゃいそう、だね」
目の前にあるのはただ闇だけで、吸い込まれそうにも、その中に溶け込んでいるようにも思えた。
「……………」
考えなきゃ、向き合わなきゃいけないことがあるはずなのに、それを漠然と頭の中に浮かび上がらせるだけで本気で考えようとはしていない。
気づけばボーっと天井を見つめちゃってる。その間は何にも考えなかったり、関係あるようでないようなことを考えたり、まったく別のこと考えたり。何時間もそうしてしまっている。
多分、もう少ししたら外から朝を告げる鳥の音だったり、山の向こうから顔を出す太陽の光がカーテンの隙間から漏れたりしてきて、夜が明ける。
今は夜明け前。一番、暗い時間。
私も今までで一番の暗闇の中にいる。
夜はもうすぐ明けるかもしれない。
でも、私は……?
「あ…………」
いつの間にか天井がくっきり見えてることに気づいて目を窓に向けると、木漏れ日見たくカーテンの裏側から朝の光が差し込んできていた。
「……………また、寝れなかった」
生気なくそう呟いて、顔を洗うためにベッドから抜け出た。
確かに外気は冷たくて、体を冷やしてくるけど心がそれ以上に冷え切ってるせいかあんまり気にならなかった。
(……突っ込む人もいないのは寂しいね)
くだらないことを考える余裕はあるみたいで自分を嘲笑しながら洗面所に向かっていった。
「授業中、寝ないように、しなきゃ……ね」
とはいっても、眠気は絶対に抗えないものの一つであるわけで……
(……やば……)
一時間目から即眠気はやってきた。本来寝る場所のベッドじゃ寝れないくせに、本来寝ちゃいけないときである授業中では考えられないほど強い眠気が訪れる。
しかも、今は数学な上に、問題解くのに時間を与えられてるから余計寝るのにふさわしい状態ができあがっちゃってる。
周りには数学なんてとか考える人は早々になっちゃってる人もいるけど、私も数学が嫌いとは言え、そこまで不真面目にもなれなくて無駄な戦をしている。
あ、今の問題と眠気っていう二重の意味だから。
ただでさえわかんないのに、気を抜くと意識が宇宙にでも飛んじゃうような感覚になって前の計算なんかを忘れて一向にペンは進まない。
やっぱりそもそもが眠いときに授業を受けるっていうのが無理。たとえば英語とか、現文で眠いのを我慢してノートとっても結局字が汚かったり何かいてるかわかんなかったりで見せてもらうしかなくなるしね。
よし、寝よう!
私は無駄に大きな決心をして、左腕で頬杖をついて右手はシャーペンを持ったまま教科書に視線をロックしたまま目を閉じる。
私がたまに授業中に寝るときはいつもこんな感じ。完全にうつぶせになる度胸はない。先生からみればこんなカモフラージュバレバレだろうし、寝てるってことに変わりないんだろうけど。
パンっ!
「った!」
ものの数分で頭を小突かれた。
やな予感をたぎらせながらも頭を上げると、数学担当の先生の笑顔があった。
「寝ないでね、友原さん。……私も眠いんだから」
「……はい」
ずきずきと痛む頭で生返事すると先生は教室の前に歩いていく。
……なんで他にも寝てる人とかいるのに私だけ怒られるの? うつぶせで最初からやる気なし人は他にもいるのに。
(う〜……)
私は心の中でうなりながら、教科書の問題に目を戻して頭をひねる。眠気は襲ってくるけど一旦注意されてる以上眠りずらく、頭を何度もカックンカックンとさせながらただ時間が過ぎるのを待つのだった。
休み時間とかはほとんど寝てすごしたけど、午前中もお昼休みも、午後もいつでも眠気は止まることを知らずに襲ってきた。耐えたり、負けたりはしたけどその程度の睡眠じゃ眠気は取れるはずもなくて、なんだか余計にだるくなっただけな気がする。
(今日、なにしに学校いったんだか……)
今日も、かな。
あの、美優子との日からずっとこう。
夜は自分の気持ちとかそういう関係のことを色々考えようとしても、無意識、意識的、両方で避けて、でも忘れて眠ることもできなくてほとんど睡眠が取れてない。
疲労でいっぱいではあるけど、すべてのことでいつも通りを意識して過ごしている。様子がおかしいことを周り、特にせつなと
「あ、はい。」
ロビーのソファに座って魅惑的な笑顔で頷く、線の細い女の子。思えば制服姿も板についてきてる美優子には気づかれたくないから。思い悩んでるところなんて。
美優子はあの日の次の日からすぐに寮に来てくれるようになった。少なくても見る限りは友だちとも、寮の人とも前と同じように話している。あんなこといった以上できるだけ美優子とも一緒にいなきゃと思って一緒にいるつもりだったけど思い過ごしだったのかも。
たとえ、美優子の望む好きじゃないとしても好きって初めて言葉にしたのが美優子には大きかったのかもしれない。
「……か、さん? 涼香さん?」
「ん……?」
名前を呼ばれてることにワンテンポ遅れて声をかけてきた美優子を見つめる。と、美優子だけじゃなくてそこにいた梨奈や他の友だちも私のことを一斉に見つめていた。
「どうしたの涼香ちゃん? ずーっとぼーっとしてたよ?」
「ん…ぁ? そう、だった?」
「そうもなにも、ここに来てから一言も話してないよ?」
梨奈の言葉に周りはうんうんと頷いてるけど、実際どうだったか全然記憶にない。言われてみれば口を開いてはいないかもしれないような気もする、慢性的に頭が痛んでて意識もおぼろげ。
「調子悪いのなら部屋で休んだほうがいいんじゃない?」
「ぅ……ん」
私は頭を抑えてそれに気のない返事を返す。
そう、しようかな? 美優子にいつもと違う様子を見せたくないとは思ってるけど、ここでぼーっとしてるよりは部屋に戻ったほうがまだましかも。
「そう……させてもらう」
私は冬眠明けの熊のように緩慢に起き上がると、お大事に的な言葉を背に受けながらのそのそと部屋に戻っていった。
「涼香、おかえり」
部屋にいたせつなに出迎えの言葉をもらうと、私は適当に返事を返してベッドから自分の毛布をとるとテーブルの前にいるせつなと反対側に横になった。
「大丈夫? 最近、ずっと調子悪そうだけど」
「あー、うん。だいじょぶ、だいじょぶ。……ちょっと寝るから、ご飯前になったら起こしてね」
と、言い残してたまの睡眠をむさぼるのだった。