あれから数日、美優子は予想通りというか別れ際の私の言葉もむなしく寮に寄り付かなくなった。私も、会うのがどことなく気まずいのと、もう一つもっと大きな理由があって学校でも美優子に会っていない。
梨奈から聞いた話だと学校でもほとんど無表情、無反応で自分の席から動こうともしないらしい。
学校に来てくれるにはとりあえず人安心だけど、美優子に直接会いにいけないのと同じ理由で、梨奈にさぐりをいれるのすら、難しくって詳しくは聞けていない。
その【理由】はいつでも私の側にある。
「よっと」
私は自分の部屋で気まずい思いをしながら窓の外を見つめていたけど、一つ掛け声をしてから立ち上がった。
「どこいくの?」
その様子をせつなは軽く見つめていたは、私が部屋の入り口付近にくると声をかけてくる。
「ご飯もうすぐだから、ちょっと外いってようと思って」
「なら、私もいくわ」
「そ」
私は追いかけるようにするせつなを表面上は気にした素振りを見せないまま部屋を出て行く。
あの日から、ずっとこう。あの日、散歩から戻ってきたせつなはその時から常に私について周るようになった。
こうして、寮の中を移動するときも、学校でも、他色々、すべてでせつなはついてきた。そんな状況で当然美優子に会いにいけるわけもないし、梨奈と話したところで美優子の様子も聞けない。
せつなの前で美優子の名前を出すこと、ううん、美優子を思わせるようなことを言うのすらなんだか怖い。
四六時中付いてまわられるなんて気分がいいはずもなくて文句を言ったりもしたけど、
「……私が勝手にしてるから、涼香は気にしなくていい」
と、ドスの聞いた声を出されるだけ。
(気になんないはずがないでしょうが!)
でも、付いて回る理由も、美優子と何があったかも、問い詰めれば問い詰めるほど不機嫌になってますます口を閉ざしちゃう。
何があったがわからきゃせつなにも美優子にもどうすればいいのかわからないのに、当事者二人とも、それができない。
せつなは話してくれないし、美優子には会いにもいけない。せつなには強く迫れば無理やりに聞くことも出来るかもしれないけど、それはきっとせつなを怒らせる。
喧嘩? の根底にあるのがきっと私だと、私は思っているのにそれをはっきりさせるには勇気が必要で。
(……私にそんな勇気は……)
ない……のだとしても、体中からひねり出してせつなと向き合わなきゃいけない。それをわかってる。
逃げたいことから逃げないって決めたんだから。
とは、いってもねぇ……
「……はぁ〜」
次の日、私は授業中にも関わらず、教科書で壁を作ってため息をついていた。
前方からのカッカっとチョークが黒板を走る音を聞きながら、ノートを取らなきゃと思いつつ、見えもしないのに後方のせつなの様子を確認しようとする。授業中なんかにようもなしに後ろを確認するなんて不審なのでできない。
今回の場合はたとえ私が逃げないでいようとも、せつながそれをさせてくれない。それとなく聞こうとするのすらだめじゃ抵抗のしようがない。だからといって美優子も、あの日の様子から話してくれないのは簡単に想像できるし、なによりせつなと一緒じゃ美優子は絶対に言わないと思う。
アプローチをかけるとしたらやっぱりせつなになるんだろうけど、ねぇ?
私はまた、後ろの気配を探ろうとする。
よく視線を感じるとかどうとかいうけど、相手が見えていればそんなのも感じるのかもしれなくても、何の変哲のないただの学生の私には背後の気配なんてちっともわからない。
ほんと、どうしたものかな。
「じゃあ、今日はここまでですね」
「っと」
いつの間にかチャイムがなって先生が締めの言葉を放つ。
私は急いで板書をノートに書き写すと、席を立って教室から出て行こうとした。
「涼香、どこい……」
「トイレ」
くの? といわれる前に反撃しておいたけど、くっついてくるのは変わんない。
せつなはちょっと離れた位置から私についてきて、私は半ば諦めつつも廊下を平然と歩いていく。
お手洗いにまでついてくるって、あんたは私の護衛か何かかっての!
なに? 実は私はどこぞのお姫様で狙われちゃったりするから、せつなも実はSPで私を守ってくれてるってわけ? あー、なら、私に理由もいえないのも納得だね。
冗談は思ってみたけど、なんか、護衛っていうか、見張られてるっていうニュアンスは間違ってない気がする。守られてるっていうよりは、監視されてるような……?
「あ……」
ちなみに、手洗い場は各階っていっていいのかわかりにいくけど二つで、階段の踊り場のところにある。階段は教室の出口にもよるけど、一組側のほうが近い。一組、つまり梨奈と美優子のいる教室。
いくら学校にいるときは自分の席で大人しくして感情を制御しようが生理現象まではそうはいかない。
つまりどんな状況かっていうと
「……美優子」
目的の場所から出てきたと思われる美優子を丁度、階段の上から見下ろしているところ。
「涼香、さん……っ」
美優子は小さくそう呟いてから、私、そして私のすぐ側に控える護衛、じゃないせつなを見てはっきりと怯えた様子を見せた。
「っ!?」
と、急に意志とは関係なく見える景色が変わった。
「向こうの、いこ」
せつなに引っ張られて、つられるままに来た道を引き戻していく。
「は、はぁ? ちょ、ちょっといきなりなにいってんの?」
「……いいから」
声には明らかに不機嫌そうなものが混じって、ズカズカと早足に歩いていく。その豹変振りに逆らうことも忘れて私はせつなについていった。
「さっきの、美優子がいたから?」
用を済ませて、手洗いをして、ハンカチで手を拭く。その最後の動作の中私は思い切ってせつなに問うてみる。
質問した内容の答えなんてわかりきってるし、どうせまともに答えてくれないとも思っていたけど、
「そうよ」
意外にもあっさり答えてくれた。
わかりきってたけど、言葉にされるといい気分じゃないよね。
「あんなの側にいたら何されるかわからないし」
「何か、されたの?」
【あんなの】っていう言い方にものすごくムカってしたけどそれは今あえて無視しておく。
今は少しでも情報が欲しい。
「美優子がせつなを怒らせるようなことするなんて、あんまり思えないんだけど」
関係ない、かな? それとも、話すことなんてないのほう? どっちにしろ素直にいってくれるはずもないんだろうけどね。
「……あの子のことなんて口に出さないで」
「…………ふぅ」
ほら、ね。
結局、今日もせつなの美優子への強い敵愾心を再認識することになったけど……
【何されるかわからないし】
美優子が何かをしたっていうことだけは確信が持てたのだった。
美優子が何かをした。
どうやらそれは間違いないみたい。問題は何をしたかっていうこと。あんなにせつなを怒らせるほど。
せつなは信じられないくらいに美優子のことを嫌ってる。普通、その人のことが気に入らないからって人前ならある程度は合わせる。まして、ルームメイトの友だちならそうそう邪険にはできない。
でも、せつなはそんなの関係なくとにかく美優子への敵意をむき出しにしてる。
それほどの理由があるから。
っていうか、冷静になるとなんでその理由を調べようとしてるんだろ。
そりゃ、友だち同士が喧嘩してたら理由も知りたいし、仲直りだってしてもらいたいけど、それ以上の感情が私の中にはある。
せつなが怒ってるだけで部屋の空気は悪くなるし、せつなとだってどこかギグシャクするのは嫌。
美優子の申し訳なさそうなところや、悲しそうなところも見たくない。
でも、なにより今回のことを気にする一番の理由は……
【……そんなに、あの子が大切?】
この、言葉。
これって、つまり……
……ううん、やめとこ。それを自覚しちゃったら……今は、私まで冷静じゃいられなくなっちゃう気がする。私までその渦中に飛び込んだら、二人のことを気にする余裕もなくなっちゃう。
今だって冷静なんかとは程遠いとは思うけどね。
とにかく、今はせつなから少しでも情報を引き出してまずはせつなをなだめること。このことを気にすれば気にするほどせつなが怒るっていうのはわかりきってても、美優子に直接聞くよりは私にとっても美優子にとってもいいような気がするから。
せつなだって鬼じゃないんだから、時間がたてば怒りだって薄れていくはず。それまでは粘り強くやっていくしかない。
こんなの、甘くて、楽観的な子供の考えだって自分でもわかってはいた。
いたはず、だった。