せつなの機嫌というか、態度は一向に収まることはなかった。どこにいても、私にずっとついてきて、私のことを見張ってる。もう、なんだかその表現のほうが正しいような気がしてきた。

 私が美優子に会わないように監視してる。そんな気がする。

 美優子は美優子で、寮にはまったく来ないし学校でもすれ違うことさえほとんどないし、たまにちらりと見る様子では少なくても元気があるようには見えない。いっつも暗い顔のまま。

「……ふぅ」

 私は部屋で独りため息をついていた。珍しくせつなはどこかにいってる。

さっきまでは、ぼけっと窓の外を見てたんだけどついさっき何も言わずに出て行った。

 やけに怖い顔をしてた気もするけど、そんなことまで気をまわしてられない。

「はぁ……」

 こぼれるのはため息ばっかり。

 ため息ついたって何にも変わんないっていうのはわかってても、自然に出ちゃうのが人ってもの。

(にしても、ちょっとだけ心がらくかも)

 ほんと、いつもいつもせつなが一緒にいたからね。いや、もちろん同じ部屋なんだからそれが当たり前なんだけど、最近のあの目がないのは少し心が軽くなる。

「今のうちのどこかいってようかね……」

 いくらせつなが相手とはいえ、ずっと付きまとわれるなんていい気分なはずもないんだから、たまには一人の時間を謳歌したい。

 それに、一人のほうが考えだってまとまるかもしれないし。

「そうしますか、っと」

 私はそう決めると、早々に立ち上がって部屋を出て行った。

 行く場所を決めたわけじゃないので、適当に人のいなさそうなところを探して歩いていると、よく知った声が耳に飛び込んできた。

「……よくも、ここに来れたものね」

 一階と二階を結ぶ階段の踊り場から少し一階側の階段。そこに私を悩ませる渦中の人物が二人たっている。

「……………」

 せつなと、美優子。

 その階段を下りようとしていた私はすぐに一歩身を引いて、二人から見えない位置に移動する。こっちからも見えないけど、声は問題なく聞こえてきた。

「何しにきたの?」

 せつなは明らかに侮蔑したような声を出して美優子を威嚇している。

「……………」

 一方美優子は何にも話さない。ちらりとみた感じじゃとにかく俯いていたのだけは覚えている。

「涼香に、会いにきたの?」

「……は、ぃ」

「ふん、涼香に会ってこれ以上何がしたいっていうの? そもそも、涼香に会える資格があるとでも思ってるの」

 資格って、そんなの、人と会うのにいらない、でしょ……。

「で、でも、わ、わたし、その、涼香、さんとお話、したくて……」

「はッ! 何を話すっていうの?」

「ちゃ、ちゃんとあやまらないと……」

 ……謝る、ね。

「なに、あのこと話す気なの? 正直に話せば涼香が許してくれるとでも思ってるわけ?」

 せつなの言葉がいちいちとげとげしい。でも、単純な敵意だけじゃなくて…なんか美優子にだけそれがむいてるんじゃない、ような。

「そ、そんなんじゃ……ただ…わたし、内緒にしてる、なんて……」

「はん。確かに、素直に話せば涼香は許してくれるかもね。優しいもの。相手が悪くたってそれすら自分のせいみたいに考えるときだってあるもの。いいよって気にしないで私にも責任あるからなんて、いってくれるかもしれないわね。優しい言葉をかけてくれるかもしれない」

(わ、私は別にそんな優しくなんて……)

 せつなは美優子に言っている、のに。攻撃的になっている、のに。どこか、悲しそうにも聞こえた。

「……つまり、涼香の優しさにつけこもうとしてるわけね」

「ち、ちがいます! わたし、そんなつもり……」

「ないって言えるの? 私なんかじゃなくて涼香に会えさえすれば優しくしてもらえるって思ってたんじゃないの」

「ち、ちがぃ……ま、す」

 美優子の声に震えが混じってきた。音量は小さくなって今にも泣き出しそうな雰囲気。

「卑怯ね。無防備な涼香にあんなことしておいて、涼香の気持ち、無視しておいて。挙句には涼香の優しさに付け込もうとしてる。……さいってい!

「っぅぐぅ……」

「あんたが涼香に会える資格なんてないのよ! 行かせない、涼香になんて絶対会わせない!

 

 ……二人の様子を知りたいから黙って聞いてようと思ったけど、いくらなんでもひどすぎない? 

 異常だよ、こんなの。

 これ以上ほおって置けない。

「っぅく……し、つ、れい、しま、す」

 せつなの様子に我慢できなくなって飛び出そうしていた私は美優子のその言葉を聞いて踏みとどまる。というよりも固まってしまった。

 さっきはまだ泣いてはいなかったけど、今度ははっきりと泣いてる声だ。

 泣かせたの? せつなが。

 多少事情は飲み込めたし、美優子はきっと罪悪感とかもあるんだろうけど、友だちを泣かせるなんて。

 ゆるせ……

「っ!!?

 せつなに対して、怒りすら感じていた私はその場に固まっていて、その息を飲む音が聞こえるまで周りにまったく集中していなかった。

「すずか……」

 せつなが、目を見開いて私を見上げていた。すぐに、階段を上って私の目の前にまでくる。

「聞いて、たの?」

 さっき美優子と話していたときとはまた違う、でも背筋の冷たくなるような声。

「……うん」

 ここで嘘をつけるわけがない。

「盗み聞きなんていい趣味、ね。涼香にそんな趣味があったなんて知らなかったわ」

「と、友だちを泣かせるよりは、ましだと思う、けど」

 せつなはさっきの美優子とのことで気が張ってるのか口調が荒い。つられてるわけじゃないけど私も似た感じになってしまう。

「泣いて逃げたってことは図星だったんでしょ。私が泣かせたわけじゃないわ」

「ッ!

 なに、その言い方。まるで全部が美優子のせいとでも言ってるかのよう。

「それ、本気でいってるの?」

 誰がどう見た……聞いたってせつなが泣かせたようにしか思えないでしょ。それに本当に図星だったとしてもせつなが泣かせたっていうのは事実じゃない。

「……冗談言ってるように聞こえるの?」

 頭が真っ赤になった。

「っ! せつな! っ……」

 気付けば叫んでいたけど、次の言葉が見つからなくて私は、くやしさにも似た感情だけを顔に示しながらせつなをにらみつけた。

「……話すことがないならもういくわ。どいて」

 せつなは私のにらみに答えることのないままそういった。私の横を通れば先にはいけるのに。

「…………」

 私は混乱しててどうすればいいのかもわからなかったけど、どいたら負けのような気がしてそこを動かない。

「どいて」

「っ……」

 せつなが私をにらむように見つめてきて私は思わずひるんだ。せつなの目にうっすらと涙が浮かんでいた。

 泣い、てるの? せつなも。

 私がそれに思考を奪われていると、せつなはあっさりと私の横をすり抜けていった。

 私は待てともいえずにただ怒りと寂しさを抱える背中を見つめたままその場に立ち尽くすのだった。

 

 

 私のせいなのかもしれない。

 ううん、私のせいだと思う。

 私はせつなと別れたあと、どこか呆けながら気付けば寮の最上階にいた。窓縁に腰を下ろして焦点をあわせず窓の外を見つめる。

ここは埃っぽくてあんまり人が来ない。無意識にそういう場所を選んでたみたい。

 私の中途半端さが、多少無理にでも【今】続けようとした私の身勝手さが、こんなことを招いた。

それはわかってる!

でも、私は今それ以上にせつなのことが、せつなのあの態度が気に触って仕方なかった。自分のことを棚にあげてっていうのもわかってるけど、正直、せつなに……怒りを感じてる。

美優子を……友だちを泣かせておいて、悪びれた様子すらみせないせつなに。

「それに……あの言い方」

 まるで、美優子のことなんてもう友だちじゃないとでも言ってるみたいだった。

言っていいことと悪いことがある。せつなは友だちじゃないって直接口にしたわけじゃないけど、暗にそういってるようにしか聞こえなかった。

「……っ!」

 私は唇を噛み締めて窓に手をつく。窓から見える景色は美しく、琴線に触れはしてもその綺麗な景色と自分の心とのあまりの差に情けなくなってくる。

 せつなが怒ってる理由。

 もうほとんどわかってる。せつなはきっと私のことで、自分のためもあるんだろうけど、私のためにも怒ってる。

 ……怒ってくれてる。

 それもわかってるし、せつなが怒る気持ちだって理解、できる。

 でも! 同時に友だちにあんなひどいことをいうせつなに怒りも感じてて……あのせつなの涙がきっと美優子を傷つけることで自分の傷ついちゃってるんだってわかっても。美優子への諸刃の剣で傷ついてるってわかってても……せつなへの憤りは抑えきれない。

「どうすれば、いいんだろう」

 こんなこといくら思っても、口に出しても、何か答えが出てくるわけ、ないんだよね。所詮答えは私の中にしかなくて、誰かが教えてくれるわけでもなければ、解決してくれるわけでもないんだから。

「……うん、そうなんだよね」

 私は誰にいうわけでもなく、そう呟いてそこを後にした。

 せつなと話をするために。

 

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