「せつな」

 私は部屋に戻ると同時に先に戻っていたせつなの姿を発見してまず名前を呼んだ。

 せつなは私から真正面の位置でテーブルの前に座り俯き加減のまま目だけを私のほうに動かす。表情は、固い。

「……なに?」

 発せられる声も重苦しくて、私はそれに目を伏せたくもなる。

 だけど、そうもいかない。

 私はせつなの正面に座って、せつなを見つめる。

「美優子と何があったのか教えて」

 ピクッとせつなのこめかみが震えた気がした。

「話すことなんてないって、言わなかった?」

 せつなの声はあくまで涼しい。でもはっきりとした拒絶がこもっていた。

「教えて」

「……黙って」

「やだ。……私の、こと、なんでしょ。私のことで、二人が喧嘩してるのに私が蚊帳の外なんておかしいよ」

「喧嘩なんてしてないわ。あれが悪いことをした。だから諌めている。人として当然でしょ?」

 【あれ】……、美優子のことを……【あれ】

 無意識に拳に力がこもる。

「み、美優子が悪いことをしたとしても、な、泣かせることはないでしょ」

 い、今はその話だけをしにきたんじゃないんだから、抑えないと。

「……言ったはずだけど、私が泣かせたんじゃないって。あれが勝手に泣いたんだって」

「その言い方やめて!!

 私は机を叩いて叫んでいた。

 こんなこと話そうと思ってわけじゃないのに、ううん、こんなことじゃない! 美優子のことをまるで、友だちじゃないどころか人扱いすらしてないような言い方にもう我慢が出来ない。

「美優子のことなんだと思ってるの!?

 私が声を荒げてもせつなは涼しい顔を崩さない。ただ、表情は変わんなくても私を見つめる瞳はどんどんどす黒いものを宿し、私を射抜いていた。

「さっきは聞けなかったけど、今度ははっきり聞く。美優子のこと……」

 否定、して。違うって言って。

「……もう、友だちだって思ってないの?」

 お願い。そんなことはないって言って。いくら美優子が悪いことしてても、どんなにせつなが怒ってても。でも、まだ美優子は友だちだって、そういって!

「…………………」

 お願い! じゃないと、私……

「…………………………………………そう、よ」

「っ!!

 私は反射的にテーブルに身を乗り出し、せつなの顔をめがけて手を振り上げていた。

 頷くとき、せつなは私の顔を見なかった。見れなかった。それに気付いていた私はそこで一瞬躊躇をした、けど……

 パンっ!!

 次の瞬間には、左頬に熱い痛みが走っていた。

「あ……?」

 呆然となって、せつなのことを見る。

「なん、でよ……どうして、涼香は……」

 そして、さらに泣き出しているせつなをみて驚く。

「あの子のことばっかり気にするの……? っく、私の、気持ち……知ってるくせに……なんで、あんなこのことばっかり気にするのよぉ……ひっく」

「ぁ……あ」

 その言葉を聞いた瞬間体が金縛りにでもかかった気がした。耳を塞ぎたくなったのに、手も足も瞳すら動かせない。

「ひどい。ひどい、わよ……私が、いつもどんな気持ちでいると思ってるの? いつも怖くて、不安でたまらないのに、涼香はいつも私じゃなくて、他の子のことばっかり気にする。雫ちゃんのときはまだ我慢できた! でも、あの子は違う! 違うのよ!

 せつなは完全に取り乱していた。涙を流し、顔を嫉妬と悲しみにゆがめるその姿に普段の面影はない。

 そこから伝わるのは……

「……涼香、答えて……」

 声帯を無理やりねじっているような、苦しい声。

私を竦ませる、せつなの言葉。

「な、何を……?」

「……あの子のこと、…………好き、なの?」

「と、友だち、だもん。す、好きに決まってる、よ!

 こんな答え、誰も望んでないのに、私はそういうしかなかった。

「違う!! そういうことじゃないの!」

 そんなこと、わかってる! わかってるの!!

 でも、そんなのわかんないの!!!

「私と、あの子、どっちが……好き……? どっちが、大切、なの?」

「っ、く……わかん…ない、ひっぐ、わ…かんないよ……」

 私は俯いて頭を抱えた。

 なんで、私、泣いちゃってるの……? もう頭の中がぐちゃぐちゃで今何を考えてるのか、何を言ってるのか、言えばいいのか何にもわかんない。

 しばらくの間、私ははしたなく机の上に座ったまま抑えることなく涙を流し、せつなはこみ上げる感情を押し殺そうとしたまま私を見つめていた。

「……ぅぐ、……ひっぐ……」

 まるで針の山の上に座っているような気分になって、ここにこうしてるのがいたくて、怖くてたまらない。

「……あの子がなにしたか、教えてほしい……?」

 私のしゃくりあげて泣く声が響いていた部屋にせつなの震えた、悲痛すぎる声が聞こえた。せつなは力も光もない、けど意志を秘めた目で私を見ている。

「……っ?」

 私は涙をとめることないまま反射的にせつなを見返した。

 せつなの瞳は悲しみの海のようで涙が波のようにゆらゆらと揺れていた。

海、光の一切届かない、悲しみの海。

そして、後悔の海。

 せつなは心の底から謝っているような、どこかくやしそうな複雑な表情で身を乗り出し私にゆっくりと顔を近づけてきた。

「ッ!? ぁ……あ……」

 何しようとしてるのか、わかるのに……わかっちゃうのに……体が、動かない。

「や、やめ……」

 て、って言えない。

 言いたくないの? 言えないの? 

 わかん……ない、何にも…考えられない。

「……すずか」

 せつなが目を閉じる。

 

 ポタ……

 

すると、そこから今までは流れていなかった涙が零れ落ちた。

 そのまませつなは自分の唇を私の、唇に……

 迫る、迫ってくる、私の唇を奪ったその唇がまた。

 走馬灯がめぐるみたいにすべてがゆっくりに感じる。

 でも、ゆっくりだとしても、確実にせつなは私に近づいてきていて……

 その距離は……ゼロに……

「……っや!!

 ドンッ!!

 私の体が勝手にせつなを突き飛ばしていた。

「あ、わ、私……」

 床に崩れるせつなを信じられないような目で見る。

 つ、突き飛ばすつもりなんてなかったのに、でも、こ、怖くて……

「……ごめん、ごめん……ごめん」

 私はまた激しく嗚咽を漏らしながらごめんと繰り返した。そうとしか言えなかった。

 このままじゃ、また……せつなと……いや、そんなの、いや。

「……ごめん……頭、冷やして……くる……」

 私はこれ以上ここにいるのに耐えられなくてゆっくりとテーブルから降りるとせつなに背を向けて部屋を出て行った。

 逃げたくなんかない。でも、あのまませつなの前にいたって泣いちゃうだけ。そんなになっても何も意味がない。

 私は頭がぐちゃぐちゃになりながら、せつなから遠ざかことだけを考えて部屋から離れていった。

 

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