どうして、こんなことになっちゃたんだろう……?
私はベッドの上でそれだけを考えていた。
真っ暗な部屋の中。私の心と同じ光のない闇の中。
そこで私は、自虐心と慙愧の念に苛まれながら、後悔の軌跡を辿っていた。
(……なんで、なの……?)
私は、ここでの生活が楽しかった。友だちといられて、親友と過ごせて、生家にいたときの最悪なことも、さつきさんのところにいたときのみたいな地獄を味わうこともなく、自然な笑顔で自然な私で過ごすことが出来た。
藤澤先輩にふられたときは悲しくても、その悲しさの分だけせつなとの仲が深まったような気もして、それは嬉しかった。
「ぅ、ん……」
下段でせつなの息を漏らす音が聞こえた。せつなも、眠れてないのかもしれない。
「…………」
せつなは今、何を思ってるんだろう。
私? 美優子? それとも何か別のこと?
せつなに想いを告げられたとき、私は待っててって告げた。ここでの生活を失いたくなかったっていうのはあるし、何よりわかんないまま答えたくなかった。
そのままずるずると夏休みを過ごして、美優子に出会って友達になって……親友だって私は思ってる。
藤澤先輩のことでせつなとの絆が深まったように、さつきさんと美優子をあわせたことで美優子の存在は私の中ですごく大きくなった。せつなと同じくらい、ある意味じゃそれ以上に。
美優子に想いを向けられたときは戸惑った。でも、美優子を傷つけたくなくて、『今』を壊したくなくて、結局は気を失っちゃったけど怖いのを我慢してでも受け入れようって思った。
けど、今日のせつなのキスは、拒絶しちゃった……美優子のときとは全然状況が違うから一概に比較なんてできないけど、ね。
どうして、だろ……
私は、あえて中途半端になることで『今』を続けようとしていたはずなのに、その中途半端さは逆に『今』を続けるところかそのすべてを壊してしまった気がする。
ううん、壊しちゃってる。
私の求めていた『今』は遠く、まったく別のものに変容してしまった。
続けようとしたのは私。
壊してしまったのも私。
そして、『今』私のせいで、かけがいのない、なによりも失いたくなかった親友二人が苦しんでいる。泣いている。
私の、せいで。
私の求めた、続けようとした『今』はうたかたの夢のように泡となって消えてしまった。
「っ……」
私はいつのまにか頬に涙が伝う感触に驚きはしたけど、ぬぐうこともせずに胸に渦巻いた不安と絶望のままに枕を濡らしていく。
ふと、夕食前の梨奈と夏樹の小さな口論を思い出した。
あの二人のことながら、あれを引きずることなんてあるわけないだろうし、仲が悪くなるなんてこともあるわけない。でも、あの光景は私の心にさらに暗い影を落としていた。
美優子のことを心配してくれた梨奈にはありがたいって思うし、夏樹もせつなのことを思ってくれてるのは嬉しい。
でも、それで意見をぶつけ合う二人を見るのは苦痛だった。
私のせいで、他の人の日常までを壊してる気がして……
本音を言えば、すべてを捨てて逃げたいっていう気持ちはある。さつきさんのところから逃げたように。
それで、せつなや美優子、他の友だちがどんなに悲しんだとしても……このままずっと傷つけていくよりはましに思えるから。
けど、それはあくまで私が、罪悪感を少しでも小さくしようとしてるだけ。
傷ついた、傷つけた二人をみたくないだけ。
だから、逃げない。
今度はすべてを捨てて逃げたいなんてしないよ。
一方的ではあっても、あの日、雫との思い出の公園で誓ったんだから。
そういえば、あの時梨奈に言われたっけ。精一杯に想いを伝えたあとにうじうじ悩んでも仕方ないって。
でも、私の中に答えられる気持ちはないのかもしれなくても、もうそんなことだって言ってられないんだよね……
このままじゃせつなも美優子も自分の心に押しつぶされちゃう気がする。そして、その重りを取れるのは、私、しかいない。
どちらかには今の何倍もの苦痛を与えてしまうことになるかもしれなくても、もう傷ついた二人を見ていくことは耐えられないから。
(……答えを出さなきゃいけないんだよね)
「っ!! 」
それ思い至った瞬間、胸の中で何かが飛び上がるような感じがして、次の瞬間には深い海のそこに落ちるような何ともいえない拒絶感が沸きあがった。
私はそれを何度も自覚しながら、手探りに自分の作り出した迷宮を歩き始めた。
ガヤガヤと休み時間の喧騒が耳を打つ。私はそれを聞きながらも自分の席で、じっと机を見つめていた。うるさいはずなのに不思議と考えごとには集中できていた。
答えを出さなきゃいけない。
それは……もう、決めた。
決めはしたの。
でも、あれだけ二人に想いを向けられても二人が私にくれる好きを私はまだわからない。ちゃんとわかってから答えるって二人にはいったはずだけど、そんなことしてたら私の大切にしたい人、物、時間、全部が壊れちゃう気がする。
好きってなんだかはわからない。
でも、私は苦しんでる二人を放って置くなんてできない。まして、その原因の根元にあるのは私。責任を取らなきゃいけないのも。
「っ…………」
せつなが今も私を見ているような感じがする。ちょっと前はわかんなかったのに、今は感じる。
視線から感情がこぼれてくる。強くて、悲しくて、悲痛な想い。
私は、感情を隠して何かをするっていうは悲しいけど、得意になっちゃってるからこんな状態でもある程度うまくやれるけど、せつなは私と、美優子以外はほとんど目に入っていない気さえする。
それをさせているのは私。
(……せつな)
友だち、親友。友だちとして、クラスメイトとして、ルームメイトとしてなら好きっていえる。大好きって。
恋人とか……そういうのじゃわかんない。
私が思うのは一緒にいたいということ。
(……美優子は……)
せつなのことを考えていたら、同時に美優子のことも気になってしまう。
っていうか、美優子今日来てるのかな……? 昨日、せつなにあんなこと言われて……泣いちゃってたのに。
「……みてこよ」
私は小さく呟くと立ち上がる。せつながついてきて、私が美優子の様子を見に行くところなんて見せたくないけど、でも、直接美優子のことを目に入れたくなった。
「っ……?」
私が立ち上がり、教室から出ようとしてもせつなが追いかけてくる様子はなくて、じっと席に座ったままだった。
せつながついてくるのは少し不快にも感じてたのに、なくなったら今度はそのしなくなった理由が気になってしまう。
でも、今はそれよりも美優子のことが気になって、私は足早に一組の教室に向かっていった。
いなかったら……と思うとそれだけで胸が締め付けられたけど、幸い美優子はいてくれた。
「…………っ」
廊下から、その姿を確認した私は一瞬の安堵の後、胸に湧いた嫌な感じに顔をしかめる。
美優子の様子が普通に感じられなかった。机が少し曲がっていたり、髪が少し乱れていたり、制服の着こなしが少し乱れていたり、そんな少しの違和感が集まって私を嫌な感じにさせる。
服装の乱れは心の乱れ、なんてくだらない教師の言い分と思っていたけど、美優子の心がどれだけ乱れているか、私にはわかる。
私は美優子が好きだから。
これも、きっと友だちとして。
美優子が言ってくれる好きとは違う。
でも、学校にきているということを確認できただけでも安心というか、嬉しい。美優子も大切な友だちだもん。
せつなも、美優子も、私の大切な、大好きな友だちだもん。
比べるなんてできない、したくもない。
「…………もう少しだけ待ってて」
私は誰にも届かない声で、でも、美優子に向けて言い放つと踵を返してきた道を戻り始めた。
せつなと、美優子。
美優子と、せつな。
私が好きなのは……私が一番好きなのは……
まだ、わからなかった。