好き……

 好きってなんだろう。

 初めて本気でこんなことを考えるようになったのは、せつなに……想いをつげられたときだった。

 今でも思い出すと体が、心が震える。

 あの時は怖くて、怖くて本当に怖くてたまらなかった。それ以外が考えられなかった。せつなが怖かったのは……嘘じゃない。怖いとかそんなレベルじゃなかった。

 でも、それだけが理由じゃない……と思う。もしかしたら、せつなを怖いと感じたのも少しでも認めたくないだけかもしれないけど、体……とくに服の下に触られるのが怖いから。

そういうところに何かをされるのは痛いことしか記憶しかない。

しかも小さいころの、地獄だった日々が同時に頭を侵食していってまともじゃいられなくなっちゃう。

……けど、いくら理由をつけてもせつなに感じた恐怖は嘘じゃない。

私はあの時、はっきりとせつなを怖いと思った。

そして、仲直りして以来私はほとんど無意識に【怖かったせつな】を記憶から排除してた。

 【私のみたいせつな】だけを見て、ずっと過ごしてきたのかもしれない。

 あれから、数ヶ月。

 私はその間に美優子に出会って、さつきさんと中学でてから初めてあって、美優子の家に泊まって……雫との出会いと別れがあった。

 私はその時、本気でって言われたら違うのかもしれないけど私なりに好きってことについて考えてはいた。

 でも、結局せつなの好きわからず、私の気持ちも全然まとまらないままで、わからなくても、まとまらなくてもそんなのおかまいなしに周りの状況は変化していって……

 私は、想いの迷路に迷いこんで、せつなは……自分の作り出した檻に閉じこもってしまった。

 その檻には最低でも二つの出口があって、私はどちらの鍵も持ってる。

 想いの鍵、【好き】の鍵。

 目には見えない心の鍵。

今はまだどちらの扉を開けるのかわからない。

 でも、その鍵を開けるときは……

 もうすぐそこに

 

 

 朝比奈 せつな。

 仲のいい友だちは? って聞かれたら誰より先にこの名前が上がる。小学校、中学校って仲のいい友だちは確かにいたけど、それでも友だちといえば私にとってはせつなだ。

 一緒にいるのが楽しくて、安心で、なんていうかとにかく楽。十ヶ月と一緒にいないはずだけど一緒にいるのが自然。

 学校でも、寮でも、部屋でもせつなと離れることはそんなにない。

 ……それは今も変わってない。

 一緒にいるということ、だけは。

「ふぅ……つっかれた、っと」

 私は部屋にもどると鞄を所定の位置において、軽く背伸びをする。

「…………」

 一緒に戻ってきたせつなは、仏頂面で私と同じく鞄を置くと、制服を着替えることもしないでそのままベッドに横たわった。

 昔は私がこんなことをしているとだらしない、制服がしわになるとか怒られたのに、今のせつなはそんなことを気にしてる余裕すらない。

「…………」

 私はテーブルにひじをついて、寝ながら縮こまっているせつなの姿を見つめる。せつなは背中を見せるように寝ていて、その背中はいつものせつなよりも遥かに小さく、遥かに頼りなく感じた。

 沈黙が部屋を支配する。

 せつなとはこの数日、部屋の中でまともに話をすることがほとんどない。あくまで部屋の中でだけで、学校や寮の中、つまりは人前じゃ仲のいい様子を装っているけど、実際に二人きりになるとこう。

逆にそれが私の心を締め付ける。

 多分、それはせつなも一緒。

 部屋の中でせつなと話が出来ない。

 それだけ、たったそれだけで私の生活は火の消えたように淡白になった気がする。せつなと話せないだけで、部屋にいるのがつらくてたまらない。

 漫画も、雑誌も、小説も、何も読める雰囲気でもなくて、勉強だってもちろんやってられない。

 でも、せつなから離れることもできない。

 お互いに考え事をしながら、時間を過ごすだけの日々。

 正直いって、つらい。

(……こうなることもあるんだよね)

 私がせつなを選ばなければ、もう今までみたいに気さくに話すことはなくかるかもしれないんだよね。

 そういえば、言ったっけ。

せつなとの仲直りのとき、もう一緒の部屋にいたいと思わなくなることもあるかもしれないって。

これが続くなら……確かに一緒にいたいなんて思えないと思う。

 逆に美優子を選ばないのは。

 夏休み前に戻るだけ……とはいえないよね。もう美優子のことを知ってて、一緒にいる楽しさもうれしさも知ってるんだから。

でも、せつなとずっとこうするよりはまし、かな?

「ッ!!

 私は一瞬頭をよぎってしまった考えてはいけない気持ちを打ち消すかのように頭を振った。

 ううん! そんな気持ちで答えを出そうとなんて思っちゃいけない。そんなんじゃたとえせつなだって嬉しいわけない。

 未熟でも、私の想いからでた答えじゃなきゃだめ。

 私の想い。

 胸の中で小さな塵がうずまいては消えたり、まとまったり、私の好きっていう気持ちの宇宙を作ろうとしている。

 幾重にも想いの波は寄せては引いて、私はゆらゆらとさまよっている。

 せつなとこれからもこの部屋で過ごすこと、それはせつなを選ぶ理由にはならない。

 うん、それはわかってるよ。

 私は自分の作った迷宮をゆっくりと進んでいく。

 

 

「あのッ……お話、したいことがあるんです」

 それは唐突なことだった。

 朝、登校してきた私とせつなは校門で美優子に呼び止められた。美優子はひどく憔悴してるような表情で、お世辞にも元気な姿じゃなかったけど、その言葉事態には外見に反して力がこもっていた。

 せつなは変わらず、親の敵でも見るかのような目で美優子をにらみつけたけど、美優子はひるみながらもいつかのように逃げ出すようなことはしなかった。

「……好きにしたら?」

 私が美優子と二人にさせてというとせつなは冷たく言い放って、一人先に校舎へと向かっていった。

 人のいない裏庭に向かおうとしている今でも怒りと寂しさと不安の混ぜたせつなの表情と声は頭に残っている。

 あと、美優子のことも当然……気にはなる。

校門に背中を預けていたことを考えると、私を待っていたんだと思う。ひどく疲れてるようなのは、多分あんまり寝れてないから。

 学校の敷地の裏は山になってるから裏庭には木が生い茂ってるのが目立つだけであとは適当な倉庫と先生のための駐車場があるくらいでこの時間人はまったく見かけない。

 裏庭に入ってから結構な距離を歩いちゃってるけど、美優子はなかなか言い出してこない。迷っているような様子を見せてくるだけ。

 話すって決めているはずなのにいざ二人になったら怖くて言い出せない。そんな様子。

「美優子、話って?」

 私は丁度、裏庭に密かに立つ校木、ケヤキの木のしたで美優子のことを呼び止めた。

 美優子が話しづらいって思ってる気持ちはわかってもこのままじゃ裏庭を抜けちゃう。美優子が私に話したいことがあるように私は、美優子とどんなことでもいいから話したいと思っていた。このまま裏庭を抜けて校舎のほうに戻っていったら、そのまま校舎に行っちゃうかもしれない。

「…………わたし……」

 私の一言がきっかけになったのか、ゆっくりと回れ右をして私に向き直った。

「……わたし、涼香さんに謝らなきゃいけないことがあるんです」

「っ! 謝らなきゃいけない、こと?」

「はい……」

「それってキス、のこと、だよね」

「ッ!!??

「せつなから聞きだした。っていうか、この前二人が寮で話してるのも聞いちゃったんだ」

「あ……」

 美優子が両手を胸の前に合わせながら涙をこらえている。一大決心だったはずのことを私に先に言われてしまいどうすればいいのかわからないって言う顔をしている。

 でも、そもそも美優子が言いたかったのはキス、したっていうことそのものじゃないはず。

「っごめんなさい! わたし、わたし……涼香さんが寝てるのに勝手に、あんな、っこと、して。……この前朝比奈さんに言われたの、だって、きっと……きっと……その通り、だったんです。謝りたかったのは、本当だけど……涼香さんに優しくしてもらえれば、涼香さんと話しできたら、楽になれるって……ひぅ…そう思ってたんです……ひぐ、」

 美優子はついに抑えきれなくなってぼろぼろと涙を流し始めた。溜め込んでいた私への言葉が堰を切ったように溢れてきている。

「わたし、嫌な子、です。はしたない、です。っぅく、自分の、ことしか、考えられなくて……一方的なこと、ばっかりで……わがまま、で、ひっく。やだ、涙、とまら、ない……」

 その、美優子の泣いてる姿に私の胸は締め付けられる。

「……じゃあ、どうして今打ち明けてくれたの?」

「……あや、まりたいって、思ったんです。……朝比奈さんの言うとおり、でも……黙ってたくなかったんです。涼香さんに、隠し事なんて、したくなかった、んです」

「美優子」

「っ。涼香さん、すみません、ごめん、なさい、ごめん……なさい」

 美優子は今にもその場に崩れ落ちそうになって私に謝罪の言葉を述べ続けた。

 気持ちが伝わってくる。私に、キスのことを言えばそれはせつなの言ったことを認めることになるって美優子は思い込んでて、でも、私に隠し事なんてしたくもなくて、ずっと悩んでたんだと思う。苦しんでたんだと思う。

 今、こうしてることだって美優子は私の優しさにつけこもうとしてるって思い込んじゃってる。

「ぅく……ぁぐ……」

 美優子が、泣いている。

 今、私の、目の前で。

 私のせいだなんていわないけど、私に起因している。

 そんなのを見てられない。

美優子の苦しんでる姿なんて、みたくない!

「美優子」

「ッ!?

 気付いたら私の腕にはやわらかな感触が、鼻には甘い香りがしていた。

 美優子を、抱きしめていた。

(……あ、れ? なんで、私美優子のこと、抱きしめてるの?)

 わかんないけど、いつのまにかこうしてた……?

「っ!!?」

 思考で腕の力が弱まったその瞬間、美優子がすごい力で私を引き剥がした。

「そ、そんなことしないで、ください! わたしに優しくしないで!! そんなこと、されたらわたし……っ」

「あ、美優子!?

 美優子は私の腕から逃れると、それだけを言って校舎のほうへ走り去ってしまった。

 私は言葉だけで美優子のことを追いかけて、その場に立ち尽くしてしまった。

「…………」

 さっき美優子のことを抱きしめていた手を、信じられないものを見るかのような目で見つめる。

「なんで、抱きしめたり、したんだろう……?」

 

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