西条 美優子。

 付き合いの長さと親密さはイコールじゃないだろうけど、夏休みが終ってからの付き合いなのに、他の友だちと同じ、ううんそれ以上に友だちであることが当たり前。

 せつなと同じように一緒にいて楽しいし、嬉しい。今は確かにちょっと険悪になっちゃってるけど、それでも美優子がいなくなるなんてこと考えたくすらない。

 かけがいのない友だち、だから。

 友だち、だからあんなふうに苦しんでるところはみたくないし、原因が私なら……私でも助けてあげたい。

 あんな泣いてたり、悩んでたり、苦しんでたりする顔はみたくない。

 美優子には笑顔でいて欲しい。

 でも、いくら私がそう望んでも美優子は今、泣いていてる。

……どうすれば美優子はまた私に笑いかけてくれるんだろう。

 

 

 ひらひらと鮮やかな落ち葉が舞っている。涼やかな風が吹いて、地面に落ちた葉がまた舞い踊る。

 下を見れば、裏庭のせいか手入れがあまく落ち葉が視界を覆う。逆に上をみると木々にはほとんど葉がなくなって寂しい様子。

 授業の終った放課後。

 私は朝、美優子を……抱きしめた校木の下に来ていた。

 朝も人はいなかったけど、放課後の今も、部活動の生徒がたまに走ってくるくらいでほとんど人は見かけない。

「なんで、だろ……?」

 私は朝そうしたように自分の腕を見つめる。

 今日一日そればっかりを考えてた。

 美優子が苦しんでるところを見ていたくなかった。

 でも、あんなことすれば、美優子が私の優しさに触れればそれが逆に美優子を追い詰めるってわかってたはずなのに、気付いたら美優子が私の腕の中にいた。

「そういや……」

 振り返ってみると、美優子相手だとこんな風になることが何回かあった。

 さつきさんと会った夜。美優子の家に泊まった朝。

 自分の気持ちが制御できなくなったっていうか、得たいの知れない感情が頭を出してきて、思ってもいないはずの行動を勝手にしちゃう。

 ほっぺにキスするつもりが、唇にしてたり、ほっぺ触ってたら急にキスしたくなっちゃったり、泣いてる姿見てたらいつの間にか抱きしめてたり。

「………………」

 私はぼーっと空を見つめる。

 それってやっぱり美優子が、特別……ってことなのかな?

 でも、誰だって友だちが泣いてれば慰めてあげたいって思うし、抱きしめるくらい友だちなんだからそんなにおかしくないはず。

「わかんない……わかんないよ……」

 軽く首を振って、私は歩き出した。

 前を見ることはできなかった。

 

 

(わかんない、のかな……わかりたくないの、かな?)

 相変わらず私は真っ暗な部屋で見えない天井を見つめていた。

 こうして夜寝る前のベッドが一番集中して考えられる気がする。

 ……朝起きるとその考えたこと忘れちゃうこともあるのが問題だけど。

(……本当はわかってるの、かな?)

 せつなのことに関しても、美優子のことにしても本当はわかっていることをわからない振りをしてるのかな?

 ゴロン、と一つ寝返りをうつ。

(それも、わかんないや)

 頭に浮かぶのは、せつなと美優子の二人の姿。

 想像の中ですら微笑んでくれていない二人。

 ……二人の中の私も笑ってないのかな?

 不意に、そんなことも考えちゃう。

(私は、せつなのこと好き)

 かけがいのない存在だって思ってる。

(でも、美優子のことも、好き)

 美優子も本当に大切な、私の……私の……

(私の……?)

 友だちだし、親友だし……

(今日の……せつなだったら、私、どうしたんだろう?)

 せつながあんなふうに泣いてたら? 

(やっぱり、抱きしめてた?)

 せつながあんなふうになくなんてあんまり想像もできないけど、あのせつなが髪も振り乱し、顔をゆがめて涙を流して嗚咽をもらしてたら?

(そんなの、わかるわけない、や)

 想像じゃ自分の気持ち以上のことはできない。美優子を抱きしめたのは、自分で思ったことじゃなくて体が勝手に動いた。今だって、美優子にそういう想像はできない。

(でも、せつなに相手にそうなったことって、あるのかな?)

 せつな相手に押さえきれなくなったことって、ある? 

 つい、文句を言っちゃったとかじゃなくて。

 記憶の糸を辿って、せつなとのことを思い返してみる。

色んなことは思い返されるけど、美優子のときみたく自分が抑えきれなくなったり、思いがけないことをした光景は浮かんでこなかった。

その美優子相手に抑えきれなかった状況と同じ状況がせつなとであったわけじゃないから一概に比較なんてできないのはわかってる。

(……けど、キスのときだって)

 美優子にキスしたときも、したいって思っちゃったときも自分が抑えきれなくて勝手に体が動いてた。

 せつなのときは……私のことを、嫌いじゃないっていうことを信じてもらうためで、今思うと突発的ではあったけど多分【考えて】したことだった。

 それって……

「っはぁ。……はぁはあ」

 私は呼吸を忘れていたかのように荒い息を漏らした。

 胸が苦しい。そこに触れれば、すごい脈動が伝わってくる。

 ドキン、ドキンって。

(私……私は……)

 わかろうとしなかったのかもしれない。

 わかりたくなかったのかもしれない。

 どっちも大切だから。

 二人とも大好きだから。

 でも、私は

 私は……

(美優子のこと……………………………………………………………………………………好き、なの?)

 

 

 好き? 

 私が、美優子のこと……好き?

 一睡もできないまま朝を迎えた私は寮の朝ごはんも食べないで、誰もいない学校の教室に来ていた。

 ただし、自分の教室じゃない。

 一年一組。

 美優子の教室。

 なんの変哲もない教室。冷たい朝の空気に包まれ、静寂を保っている。

 そこに足を踏み入れ、真っ直ぐに美優子の席に向かっていった。そうして、机の上を指でなぞる。

 昔っていうほど昔じゃないけど、こんな風にせつなのときにも同じことをしたことがある。あの時もこんな風に悩んでて、それで少しでもせつなの気持ちが、せつなの好きが知りたくてせつなのことを知ろうとした。

 今は、きっと違う気持ちでここに来ている。

「よ、っと」

 イスを引いて美優子の席に座ってみた。

 そして、教室全体を見回してみた。

 黒板からは少し遠いけど、窓には近くて外は比較的見易い。でも、意外と後ろの窓際っていうのは教壇からは見えやすかったりもするんだよね。

 これが、美優子の見てる風景。教室。

 そのまま私は体を倒していって顔を机に引っ付けた。

(みゆこ……)

 浮かぶのは昨日の泣き顔。

 あんな顔みてたくないのに、美優子には笑顔でいて欲しいのに泣かせたのは私。私は美優子が幸せそうにしてるのを見るのが好き。笑顔だったり、楽しそうな姿だったり、私がそれを崩しちゃってるってわかっててもそんな美優子になってもらいたい、したい。

 美優子の笑顔や楽しそうな姿を守ってあげたい。

 そういうこと思うのもやっぱり、美優子のことが好き、だからなのかな?

(でも、私が美優子のこと……好き、だとしても。それって美優子の好きとはきっと違うよね……? だって……ぅ、ねむ……美優子のこと一緒にいたいとは思ったことは何度もあっても独占したいとかって思ったことはないし、それに……ぁ、ぅー、くらくらする。他の人と、いたってその人のことがうらやましい、とか、嫉妬することも、ないし。一番、一緒にいるはずの梨奈にだって……むぃ、なんか…意識が……むしろ学校でいつも美優子と一緒にいてくれたり、気にかけたりしてくれてありがたいって思うくらいだし。や…っぱり、美優子の【好き】とは、……違う、よね……そんなんで、美優子に…こたえ、られ……答えても、いぃの、か、……な……?)

 くー。スー、

「……ぁ、あの……か、さん」

 んぅ……? なんか声が聞こえる。さっきまで誰もいなかったはずなのに。

「す、涼香、さん。お、おきてくだ、さい」

「ん……あ、れ? みゆ…こ?」

 うっそ!? 美優子ってこんなに早くこないでしょ?

「って、あれ?」

 寝ぼけ眼で教室を見ると、すでに人で溢れている。ガヤガヤと喧騒も聞こえて……げっ! せ、先生までいる。

 も、もしかして……

 いつのまにか、寝てたの?

 血の気が引いてからだがサーッと冷たくなる。

 先生はまだ教室に着たばかりで私には気付いてないみたいだけど、この教室にいるってことは多分私のほうにも来てる訳で…

 しかも、美優子に美優子の机で寝てたのを見られちゃったわけで……

「ご、ごめん美優子!

 私は勢いよく飛び起きて机を空けると美優子に頭を下げた。

「そ、その、えっと……」

 まだ頭が働いていなくてちっとも言い訳が思いつかない。

 美優子も困惑した様子でしどろもどろになってる私のことを見つめている。

「と、とにかくごめん!

 私はそういい残して、教室から全力で去っていった。

 

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