帰郷前日、迎えに来てもらう時間の確認のため管理人室で電話をしていると、まったく予想だにしていなかったことをいわれた。

「え? ちょ、ちょっとそれって、どういう意味?」

「……だから、その、帰ってくるから年明けにして欲しいのよ」

「年末に帰って来いってうるさくいったのはそっちでしょ」

「……ごめん。でも……その、本当に、ごめん」

 さつきさんは電話に出たときから妙に申し訳なさそうで、ついには年が明ける前には帰ってくるなといってきた。

 ひどく不安定な声でまるで怯えてるようにも聞こえた。

「……………………………わかった。私は私でなんとかする」

「ごめん」

「さつきさんに、そんな風に謝られるなんて初めてかもね。……じゃあね」

 私は乱暴に受話器を置いて、そのまま電話の前に立ち尽くした。

 ……帰りたくないとは思っていた。またあの家に一時的とはいえもどりたくなんかないって。でも、やっぱりさつきさんや隆也さんに会いたいっていう気持ちはあるにはあった。

 何かあったわけじゃないとは思う。最初に電話にでた隆也さんも変わりないように思えたし、気になったのは年明けならいいっていったこと。

 逆に言えばそれ以外はいいってことで、年末にその理由があるってこと。どこか出かけるのとかだったら、私がついていけばいいし、私がついていけないところだとしても別にあの家で一人残されたって、何か問題があるわけでもない。せっかく帰ったのに会えないということだけを除けば。

 でも、どう考えても私に後ろめたいことがあるって感じだった。さつきさんが私に後ろめたいって思うようなことなんて……あるのかな? 私に会わせたくない人がその間に家にいるとか? 

「友原さん? どうしたの」

 電話を終えたのにそのままそこを動かない私のを不審に思ったのか、宮古さんが私の顔を覗き込む。

 そこで、重要なことを思い出す。

 年末、三十日から二日の午前中までこの寮が閉められるということを。普通よほどの理由があろうが実家に帰れないなんて人はいない。だから、ここが閉められるのはある意味自然なのかもしれないけど、そんなことされたら私はその間宿無しになってしまう。時期が時期なだけあって数日といえど、友だちの家に泊めてもらうというのもしずらいし……

「じつは……」

 私はとっさに思いついたことを素直に宮古さんに頼むのだった。

 

 

「ふぅ……」

 部屋にもどった私はいきなりため息をつく。

 そんなこともすればそれを聞いた人に何があったのか聞いてくださいっていっているようなものだけど、無意識にそれが出たのかも。

「どうしたの涼香?」

 私と同じく、明日の昼に寮を出るはずだったせつなが荷物の再確認をしながら私のことを気にかけてくる。

「実はね……」

 今さっき、宮古さんに話してきたようなことをせつなに話すと、せつなは手を止めながら聞いてくれて、どこか寂しそうな様子を見せた。

「でも、帰らないってどうするの? 寮が閉められちゃうじゃない」

「あ、それは大丈夫なった」

「なに? ……美優子の家に泊めてもらう……とか?」

「んなわけないでしょー。いくらなんでもこの時期にそんなことできないよ。宮古さんに話したら、自分も残るからここに残っていいって。ちょっと悪い気もするけど、ほかにあてがないもん」

「それは、よかったっていえばいいのかわからないけど、宿無しにならないのはよかったわね」

 まぁ、確かによかったかどうかは自分でもよくわからない。帰りたいって気持ちも帰りたくないって気持ちも両方あったんだから。

「ま、とにかくせつなは私のことなんて気にしないで向こうでゆっくりしていってよ。あ、おみやげも忘れないでね。夏休みの時にときなさんからもらったやつがおいしかったから、またあれで」

「はいはい」

 こうして、私は年末を寮で過ごすことになった。

 

 

 時は流れて、早くも大晦日。

 一昨日までは、まだ数人のこっていた寮も今は私と宮古さんだけになって廊下とかを歩くと、広く感じるというよりもすでに怖くすら感じた。

「友原さん。夕飯どうする?」

 寮がそんな感じなので私は管理人室に居座っていた。というよりも宮古さんが誘ってきたんだけど、確かに自分の部屋ならともかく人の気配のないロビーとかには絶対にいられない。

「なんでもいいですけど、材料があれば私が作りますよ?」

 私たちは今、二人してコタツに入りながら年末特有のどうでもよさそうなテレビを垂れ流している。

 この部屋だけは和室で床が畳だけど、それがやっぱりコタツにマッチしてる。他の部屋にはないから寮でもコタツに入れてなんだか得した気分にもなる。

「そういうわけにもねぇ。一応、管理人としてのプライドもあるし……」

「蕎麦でいいんじゃないですか? やっぱり、年越しですし」

「蕎麦はそばで別に作るつもりなのよ」

「うーん、じゃあどうしましょうねー」

 あー、コタツに入ってるせいかなんだか思考がちゃんとできない。

 トゥルルル。

 その後もまとまりを欠いたまま時間だけが過ぎるような会話をしていると着信音が部屋に響く。

 電話? こんな日に?

「はいはいっと」

 宮古さんはコタツの魔力からあっさりと抜け出して受話器を手にした。

「あら、西条さん」

「ッ!?

 西条さん? 美優子!?

 宮古さんの一言に私は激しく反応してコタツに寝そべっていた体を起こして、正面にいる宮古さんの会話に釘付けになる。

「うん……えぇ、いるわよ。友原さん」

 私の名前が出てくるってことはやっぱり美優子か。美優子にはこっちに私がいるなんて教えてないはずだけど……

「えぇ、もちろん大歓迎よ。友原さんも喜ぶわよ。うん、……うん。あ、今日バスやってないから私が向かえにいくわ。今からで大丈夫? えぇ、じゃあ、今からいくわね」

 カチャン、と受話器を置くと宮古さんは嬉しそう、というよりは楽しそうな顔をする。

「美優子、だったんですか? 今の」

「えぇ、そうよ。喜びなさい友原さん、今日の夕飯は決まったわ。夕飯は美優子ちゃん」

 宮古さんは意味不明なところで言葉を区切って、コートと和机の引き出しにあった財布とバイクのキーを取り出す。

「が、持ってきてくれるすきやきよ」

 わかってたけど、意味不明なところできらないでくださいよ。美優子を食べるとかどんな宗教の儀式ですか。

「今から、迎えにいってくるけど、悪いけど友原さんは留守番しててくれない? 大丈夫よね。一人で残しても」

「平気ですよ。子供じゃないんですし」

「私から見ればまだまだ子供よ。ま、いいわ。なるべく急いでいってくるから」

 宮古さんはそういってさっさと部屋を出て行った。玄関くらいまで送ったほうがいいかなとは思いつつもコタツの魔力からは抜け出せず、そこからいってらっしゃいというのが精一杯だった。

「にしても、わざわざ持ってきてくれるなんて」

 ま、すき焼き食べられるのに越したことはないからいいけど。

 残された私は新聞のテレビ欄を見ながら何か見たいのでもやってないかと探すけど、特に見当たらず、それでも適当にテレビを回していると

 トゥルルル。

 また電話がなった。

 また、美優子、かな? なにかいい忘れたことがあるとか?

 ここでとっても宮古さんへの連絡手段はないし、コタツからは出たくないけどもし美優子だったらと思うと取らないわけにもいかない。

「っうっん!

 妙な掛け声を上げてどうにかコタツを這い出ると受話器を取る。

「もし、も……」

「みやちゃ〜〜ん! わたしだよ〜〜〜」

 すると、間延びした女性の声が聞こえてきた。

「はい?」

 美優子、じゃないね。どう考えても。

「ねー、みやちゃーん。どうして会いに来てくれないの〜。さみしいよ〜」

「あ、あの、どなたですか?」

「えー、みやちゃん、ひど〜い。わたしだよ、わたし〜」

 え〜と、振り込め詐欺?

 間違い電話かなとも思ったけど、「みやちゃん」という単語が気になった。みやちゃん、宮古さん、のこと、かな?

「あ、あの、宮古さんに何か御用ですか? すみませんけど、宮古さんいま……」

「え〜。じゃあ、あなたはだぁれ?」

「あ、え、私は……」

「あ〜〜! みやちゃんの恋人〜!? ひどーい! わたしがいるのにぃ! あー、だから会いにきてくれないの。クリスマスも一緒にいてくれなかったしぃー。ひどい、ひどいよぉ」

「あ、あの……」

 ちょ、っと何、この人? 宮古さんの友だち? なんだか、しゃべり方が子供っぽいけど、子供というよりは酔っ払ってるような……

「もう、ぜったい許さないんだからぁ。あやまったって許してあげないんだからぁ。べ〜だ!!

 ブツ!

 電話が切れた。

「………………………」

 私は受話器を戻すことも忘れて呆然とする。

 狐に化かされるってこんな気分を言う気がする。現実感がないっていうか、あったことが信じられない。

「……宮古さんが帰ってきたら言えばいい、よね」

 そうして私はこたつに帰っていった。

 

 

 しばらくすると宮古さんが美優子を連れて帰ってきた。

 私は、美優子を迎えるのにコタツで寝たままじゃと思いコタツから出て美優子を迎えた。

「いらっしゃい。美優子」

「あ、あの、よろしくお願いします」

 美優子は軽く頭を下げて管理人室に入ってくる。

 タートルネックで赤のカットソーに白っぽいロングカーデ、下はバイクできただけあってジーンズ。

 トップスは可愛いけど、美優子は背の大きくないしジーンズはちょっとだけ違和感あるかも。あんまり見る機会のない姿で得した気分にならなくもないけど。

 ってか、荷物が多い感じだね。バックが二つある。

「西条さんには出迎えの言葉があるのに私にはないの? 友原さん。はい、これ冷蔵庫にしまっておいて」

 あとから部屋に入ってきた宮古さんが不満、というかイジワルなことを言って手に思ってすき焼きの材料と思われる袋を私に渡してきた。

 あれ? んじゃ、美優子の持ってるのってなに?

 私はいわれた通りに管理人さんの部屋にだけ特別ある冷蔵庫に渡された材料を詰めているとさきの電話のことを思い出す。

「そうだ、宮古さん、さっき変な電話があったんですけど」

「変な電話?」

「はい。えっと、なんていったらいいのかよくわかんないんですけど……多分、宮古さんと同じ年くらいの人で酔っ払ってたのかわかりませんけど、みやちゃ〜んっていって、なんで会いに来てくれないの? とか、許さないとか……よくわからなかったですけど」

「あー……うん。なんとなくわかった。ったく、携帯通じなくても寮にはかけてくるなっていったのに」

 宮古さんは心あたりがあるみたいで鞄から携帯を取り出すと、疲れたような感じに部屋の外に出て行った。

 なんだろ、と気にはなったけど、とりあえず冷蔵庫に詰めるものを詰めた。

「あの、お手伝いします」

「大丈夫、大丈夫、すぐ終るから」

「あ、はい」

「ほら、そんなところに突っ立ってないであったまりなよ。外寒かったでしょ」

 と、我が物顔で美優子をコタツに連れて行った。

「……っ。だから〜。生徒が残るから私も残るっていったじゃない! 埋め合わせはちゃんとするから…………クリスマスは毎年のことでしょ……さっき電話に出たのは残ってた生徒! ……違うって、何で私が生徒に? っ〜〜……」

 部屋のドアは半開きになったままでそこから宮古さんの電話の内容が聞こえてくる。よく通る宮古さんの声とは反対に私と美優子はそれに聞き耳を立てたまま、うるさくしないように黙る。

「……はぁ。もう、わかったわよ。二十分だけそっちいくから。いい!? 二十分だけよ? 絶対延長はなし! わかった!? じゃあね!

 数分すると、宮古さんが部屋を出て行くよりさらに疲れた顔で戻ってきた。

「ごめんなさい、二人とも。少し出てくるわ。悪いんだけどご飯は作っておいてくれない? 出来ても帰ってこないようなら先食べててもいいから。あ、でも、私の分は残すように」

「は、はぁ……」

 宮古さんはまた財布やら免許やらが入っている鞄を持つと幸い着替えずにいた外着のまま出て行った。

 私たちは状況を飲み込めないままお互い顔を見合わせる。

「ま、よくわかんないけど、もう少ししたら一緒にご飯つくろっか」

「は、はい」

 そして私たちはろくに話もしないまま一緒に料理を作るのだった。

 

19-1/19-3

ノベルTOP/S×STOP