あまり役に立たなかった美優子とすき焼きを作り上げ、コタツテーブルの上に瓦斯コンロを置いて鍋をのせる。すき焼きで肉も野菜も取れるからテーブルの上にはご飯のまだないお茶碗とたれようの器、それとお好みのタメに生卵を用意しておいた。

とりあえずコンロに火はつけないままの状態でさつきさんを待つ。

「そういやさ、美優子」

 そして、こたつでぬくぬくしながら美優子とおしゃべり。

「はい、なんですか?」

「やけに荷物多いけど、何もって来たの?」

「あ、着替えとか、です」

「着替えって、泊まるの?」

「あ、はい。電話でいったんですけど……。だ、だめですか?」

 聞いてないよ。でも、考えればこの時間にきて夕飯だけ一緒ってのもおかしな話か。

 美優子は不安げな様子で私の反応を窺っている。ここで駄目とか言ったら、どうなるんだろ。

泣き出しちゃったり? それはそれで面白いけど、そんなことするわけにもいかない、か。

「けど、いいの? やっぱり、家でゆっくりしたいんじゃ」

「そ、そんなことないです。あ、家にいるのが嫌なんじゃなくて……わたしは、涼香さんと一緒にいるのが……一番、嬉しいから。その、お母さんも涼香さんが一緒ならいいって言ってくれて」

「そっか。ありがと。こっちも、さつきさんと二人だけだと、息がつまる……わけじゃないけど、私も美優子と一緒のほうが嬉しいよ」

 無意識なのか知らないけど、私は気づけば予防線を張ったようなことを美優子にいう気がする。情けない話だ。

「あ、ありがとうございます」

 美優子はこんな一言だけで、一転して嬉しそうな様子を見せた。

「にしても、誰に私がこっちにいるって聞いたの? 美優子にはいってないよね?」

 美優子は私が帰る予定日から一回も寮に来てないし、私は時期が時期なだけに美優子に迷惑がかかるんじゃと思って連絡してなかったから。

「昨日、朝比奈さんからメールが来て、涼香さんが一人で寂しがってるから、ヒマなら顔出して欲しいって」

「……そ。せつなが」

 誰がいつ寂しいなんていったのよ。そりゃ、一人寮に残されるのは不安といえば不安だったし、人の少なくなった寮で夜トイレとかいくのがやけに怖く感じたりもしたけどそんなところまで見抜かなくてもいいじゃない。

 ……って、違うか。私に……気を使ったんだよね。私が相変わらず煮え切らないから、せつなはたまにこういうことをする。

「美優子。来てくれてありがとうね」

「は、はい!」

 なんか、それからは色々話が弾んでいった。お腹がすいてきたことも気にならないくらい。

「にしても、宮古さん遅いね。もう結構経つけど……ってか、あの人なんだったんだろう」

「お友だちのところにいったんですよね」

「まぁ、多分友だちなのかな、ものすごく仲良さそうな感じだったけど。私のことさつきさんの恋人とかいっていきなり怒り出したり」

「こ、恋人!?

「酔っ払ってた感じだから、何言いたいのかわからなかったけど」

 そろそろ宮古さんを無視してでもご飯を食べたくなってきたけど、噂をすれば影とやらで外から帰ってきたと思しき音がした。

「帰ってきたみたい、ですね」

 美優子がそういうように玄関が開く音がしたけど、そこからは何故か二人の話し声が聞こえてきた。

「ほら、こっち」

一人は宮古さん、だけど。もう一人は……

「わ〜、ここがみやちゃんのお家なんだ〜。来るの初めて〜」

 ……この声、やけに間延びした話し方。電話の人だ。

 この管理人室は玄関から近くにあって入ってきたらすぐにたどり着くはずだけど、どうやら宮古さんが連れてきた人が色々ふらふらとしてそれをさつきさんがとがめてるみたい。

 私と美優子は出迎えるため名残惜しくも、コタツからでたところで顔を見合わせて聞き耳を立てる。

「ただいま。遅くなってごめん。あと、ついでに変なもの連れてきちゃって……」

 やっと部屋に戻ってきた宮古さん。けど、あの電話をする前からの疲労した表情と申し訳なさを織り交ぜて謝ってきた。

 そして、その後ろからもう一人入ってくる。

「変なのだなんてひど〜い。みやちゃんのいじわる〜」

 そういって入ってきたのは優しそうな印象を受ける真紅のコートを着た女性。髪は長くウェーブがかかってて、ふわふわとした童顔の笑顔と雰囲気がなんだか幼く見えさせる人だった。へべれけな感じだけど、でもどこか育ちのよさが感じられるような佇まいもしてる。

美優子と並んで部屋の入り口で二人を見つめる。

パッと見の印象だけど、面倒見のいい宮古さんと電話と見た目の印象でどこか子供っぽいこの人との組み合わせは、なんだかアリな感じ。

「大学のときの友だちで、八重っていうの。ほんとは連れてくるつもりはなかったんだけどあんまり駄々をこねるんでね」

「だって〜、みやちゃんいつも一緒なのにきてくれないんだも〜ん。年越しはいつも一緒なのに〜。あ、そうだ〜、さっき電話でてくれたのはどっちのこ〜?」

 八重さんと、紹介された女性はふらふらとしながら出迎えに出ていた私たちを値踏みするように見比べた。

 う……お酒くさ……、

 電話で話したときから予想はしてたけどどうやら大分酔ってるみたい。

「あ、私、ですけど……」

「あ〜、あなたなのぉ。お名前は〜?」

「す、涼香です、けど……?」

 八重さんは顔を私と同じ位置に合わせてまじまじと見つめてくる。とろんとした目が私を見てきて、お酒の匂いが直にくるのは結構きつい。

「わっ!?

 そうしていたかと思うと、八重さんは急に私の頭をなでてきた。

「お名前いえてすごいね〜。よくできました〜。ちゃんとお留守番もできるんだぁ、えら〜い。先生が褒めてあげるね〜」

「は、はぁ………?」

 まるで子供に話すような口調で私が反応に困っているとコートを脱いだ宮古さんが助け舟をだす。

「八重は、保母さんなのよ。普段は真面目なんだけど、酔うと自分が子供みたくなっちゃってね。変なことしたり、いったりするかもしれないけど、あんまり気にしないで」

「変なことなんていわないよ〜。あ、こっちの子は〜? 涼香ちゃんのお友だち〜?」

 八重さんは私を見ていたかと思うと急に方向転換して美優子のことに興味を移した。

「あ、はい。美優子と、いいます」

「美優子ちゃんっていうんだ〜。……おっぱい大きいね〜」

「えッ! あ、あの……きゃあ!」

 美優子のことを見ていたかと思うといきなり八重さんは美優子の胸に手を伸ばした。

「や、やめて…ください」

 ふにふに。

 美優子の懇願も無視して八重さんは美優子の胸を揉んでいく。美優子はすぐに真っ赤になって今にも泣きそうになっていた。

「やっぱり、みやちゃんよりもおっきい〜。すごいな〜ッ!!??

 私はあまりのことに固まっちゃってたけど、当然それを見かねて宮古さんが首根っこを掴んで美優子から引き剥がした。多分怒ってはいるんだろうけど、それ以上に諦めたような顔。こういうことにはなれているって感じがする。

「いきなり生徒に手を出さないで。あんまり変なことするとベッドに縛りつけるわよ」

「あれ〜。みやちゃんって縛るの好きだっけ〜? でもいいよ〜、みやちゃんになら〜」

 縛るの好きって……。しかも、そうされてもいいってどういう意味、だろ。

 私は思わずどう反応すればいいかと思い美優子に目配せをしてみたけど、美優子はちょっと顔を紅くして、なにやら考え事をしてるみたいだった。

 美優子……それはさっき胸触られたから赤いだけで変なこと考えてるわけじゃないよね? い、いや確かにそんな風に聞こえなくなくもないけど……ほら、酔っ払ってる人のいってることなんだし……

「はぁ……とりあえず、ご飯食べちゃいましょ。ごめんなさいね、わざわざ待たせちゃって」

 唯一、場の空気に支配されていない宮古さんがそういって私と美優子はやっとコタツに戻っていけた。

 

 

 でも、ご飯を食べてるときも八重さんの奇行は止まらなかった。

 四本足のコタツに四人で入れば必然的に、全員が向かい合う形になるはずだけど、八重さんは無理やり宮古さんと同じところに入って

「はい、みやちゃん。あーん」

「自分で食べるっていってるでしょう。静かにしてて」

「む〜、みやちゃんのいじわる〜。いつもは、ちゃんとしてくれるのにぃ〜」

「なにするっていうの。まったく」

 いろんなことで宮古さんにアプローチをかける八重さん。宮古さんはそれを静かに流して、八重さんが不満を言うっていうパターンがずっと続いてる。

 私と美優子はそれに圧されてなんか二人のことを見守りながらあんまり話もできないですき焼きを食べていた。

「じゃあ、涼香ちゃんにあげちゃうもん。はい、涼香ちゃん。あ〜ん」

「え、あ、あの……」

「え〜、涼香ちゃんも食べてくれないの? 涼香ちゃんもしかしてわたしのこと嫌い〜?」

「あ、え、えっと……」

 どう反応すればいいのか全然わかんない。嫌いとか、そういう範疇に入れられない気がするこの人は。でも、断ると泣くわけじゃないだろうけど色々いってきそう。

「え、っと。じゃあ、いただきます」

「はい。どうぞ〜」

「あ、ありがとうございます……あむ」

 八重さんが箸にはさんだ豆腐を私の口元に持ってきて私はそれを口に含む。

「わ〜い。涼香ちゃんはいい子だね〜。はい、もう一つあ〜ん」

「あーん」

 って、雫にこうしてもらったのを思い出して思わず口に出ちゃった。

 まずいかなと思いながら、横目で美優子を窺うと……

「……涼香、さん」

 怒ってるのか、妬んでいるのか、羨ましがってるのかはわからないけど、伏し目がちに私を見ていた。

「えへへ〜、涼香ちゃん可愛いね〜。みやちゃんもね、大学生のときはわたしのお弁当こうしてたべてくれたんだよ〜」

「……っ」

「へ、へぇ〜」

 今まで八重さんの行動を常に呆れたように流していた宮古さんがここで初めて動揺を見せた。

「お弁当……」

 それと、美優子がなにやら呟く。

「あ、あの、お二人って……その、すごく仲、いいですよね」

「うん、ラブラブだよ〜」

「…………ラブ、ラブ」

「大学生の頃はね〜。わたしがいっつもお弁当作ってあげてたの〜。おうちが隣だったからお泊りっこしたり、あとね〜、一緒にお風呂入ったりして洗いっこしたりしてたんだよ〜」

「……お泊り……お風呂……洗いっこ……」

 美優子がひとつずつ確かめるかのように、重要そうな単語を呟く。その顔は……赤い。まった、妙な想像してるんじゃ……

 でも、気付けば私も食事の手をとめて八重さんの話に聞き入ってしまっていた。

「一緒に寝るときはね〜……?」

 楽しそうに話す八重さんを宮古さんがまた首根っこを捕まえる。

「八重。ちょ〜っと黙ってね?」

 一見、穏やかだけど迫力のこもった声。

「え〜、どうして〜? わたし嘘いってないよ〜」

「いいから、黙ってて。ほんとに縛るわよ」

「ぶ〜。は〜い」

 宮古さんの恫喝に八重さんはしぶしぶ最初いた美優子の正面の位置に戻っていった。

「い、今のって本当なんですか?」

 あんまり聞いていいような内容じゃないかもしれないけど、なんだかんだで気になったので口に出してみた。

「嘘よ」

「本当だよ〜」

「えっと、あのどっちが……」

「友原さん? それに西条さん? 私と今さっき会ったばかりでこの酔っ払った人間の世迷言を信じるの? 休みを潰してまで寮に残ってあげてる私のいうことが信じられない?」

「あ、えと……し、信じます。はい」

 この他を圧するような言い方こそ、八重さんの話が本当だって物語ってるような気もするけどここは宮古さんについておかないとどう考えてもまずい。

 私も美優子も頷きはしたけど、八重さんの言動は止まることはなかった。

 

 

19-2/19-4

ノベルTOP/S×STOP