ジャー。

 最近話題のエコとやらをあんまり気にすることなく水を出しっぱなしにしたまま食器なんかを洗っていると後ろからさぼってコタツにいるままの美優子と八重さんの会話が聞こえてくる。

「あの……八重さんは、大学生のとき、管理人さんとど、どんな風だったんですか?」

「みやちゃんと〜? う〜んとー、いつも一緒だったよー」

「え、えっと、あの……さっきのお話のほかにどういう、こと、したり……」

「えーとね〜……」

 こっちは冬、暖房の聞いた部屋とはいえ水仕事をしてるっていうのに後ろの二人は話してばっかり。話が弾むのはいいことだろうけどこっちの身にもなってよ。

 にしても、全部が聞こえてくるわけじゃないけど断片的に聞こえるのは……なんだか色々耳が塞ぎたくなるようなことも多い。普通に考えたら恥ずかしいこと、とか。…………聞き間違いか気のせいとは思うけど、ちょっと……エッチなこととか。

 いつの間にか意識をそっちに向けちゃってるけど、手は休めることなく洗っては隣で食器を拭く宮古さんに渡していく。

 宮古さんは心なしか面白くなさげだ。私と同じように二人が何を話してるのか気にしながら手早く食器を拭いている。

「はぁ……、やっぱり連れてくるんじゃなかった」

 横目で二人の様子を窺う宮古さんが愚痴をもらす。

「すみません、私のせいで……本当はその、八重さんと一緒に過ごすはずだったんですよね」

「いいのよ。それは、どうせだらだらしながら二人でいるだけだから。それを、一日くらい会わなくても死ぬわけじゃないでしょう」

「でも…………好きな人になら、特別なときに会いたいって思いますよ」

「否定はしないけど、節度は守って欲しいわね」

 私は私で自分の作業をしながら、宮古さんとの会話をこなしてやっぱり後ろを気にする。

美優子がやけに熱心に八重さんの話に耳を傾けているのが印象的。

「ねぇねぇ、美優子ちゃん〜? さっきからどうしてみやちゃんのことばっかり聞くの〜? だめだよ〜。みやちゃんはわたしのなんだから〜」

「ち、違います。管理人さんのことが気になるっていうのじゃなくて……さ、参考にというか」

「参考〜? 美優子ちゃんもそういう人がいるの〜?」

「あ、えっと……す、好きな人は……います」

「そうなんだ〜。がんばってね〜」

「は、はい、色々お話ありがとうございした」

 ……全部が聞けたわけじゃないけど、あんまり聞いていて面白くないし、少なくても聞いていたい話じゃない。

 ジャー!!

 私は水の勢いを強くして、少しでも音を遮断しながら食器洗いに集中していった。

 とは、いうもののそこまで量が多くないのでそれから十数分で作業を終えた私たちは二人のところに戻っていった。

「お疲れ様〜」

 さっそく八重さんが宮古さんにえへへ〜と嬉しそうに笑って抱きついていった。

 宮古さんはさっきよりも疲れた顔でじとっと見つめて、呆れたように八重さんを引き剥がした。

 しかし、抱擁を拒否されたことを気にする様子は八重さんにはなく、屈託のない笑顔でさらなる攻めを見せていく。

「あ、そうだ〜。頑張ったご褒美にちゅうしてあげる〜」

 そういって、ためらいもせずに八重さんは、リップで光るピンク色の唇を宮古さんの口元に……

「……………」

 美優子も私も、あまりにも自然というかあっさりとそうできる八重さんを呆然と見送って……

 ちょ、ちょっとドキドキ。人がそういうことしてるのなんて間近で見ることなんてないし。

 ガシ。

 けど、宮古さんは冷静に八重さんの頭を押さえつけるとちょっと乱暴に突き放した。

「むぅ〜、みやちゃんのいけずぅ〜」

「はぁ……アルコールはいれるなっていってるのに」

「あ、そーだ、じゃあ」

 八重さんはやっぱり打ちひしがれることなく今度は私の前にやってきて……

「涼香ちゃんも頑張ったから、涼香ちゃんにしてあげるね〜」

 迷わず私に唇を近づけてきた。

「え……え?」

 私は突然のことに反応できなくて八重さんのまつげが迫ってくるのを他人事のように見つめた。

 八重さんのスピードは緩むことなく……あっさりと私の唇を……

「だ、だめ!」

 奪う直前に私じゃなく美優子が大声を上げた。

「そ、そんな、涼香さんと、キス、なんて絶対だめ。駄目です! 絶対……」

 真っ赤になって訴えかける美優子。

 宮古さんは普段とは違う美優子に驚きを、私は嬉しいような困ったような心地を受け、八重さんは

「ん〜〜?」

 何故か首をかしげて考え込んでいた。

「そっかぁ〜。美優子ちゃん」

 そして、自分の中で何かを結論付けて。

「美優子ちゃんがしてほしかったんだねぇ〜」

 見当違いなことを言い出した。

「あ、え……?」

「一番はみやちゃんだけど、美優子ちゃんも可愛いからいいよぉ」

「え、あの……わ、わたし……」

 美優子は私のときにはあんなにはっきりと気持ちを示したのに自分のこととなったら突然のことに固まっちゃってる。

「ほぉら、美優子ちゃん。恥ずかしがらなくてもいいんだよ〜」

 八重さんが美優子に近づいていく。

 ……本気、だよね。多分、さっきも美優子が止めてくれなきゃ私がされてただろうし。

……美優子が私の目の前で誰かとキスする、なんて……っていうか目の前とか関係なくて……

 駄目に決まってる!

「八重、いい加減に……」

「やめてください!!

 見かねた宮古さんが制する前に私は美優子のことをグイと引き寄せて、そのまま勢いで抱きしめてしまった。

「あ、涼香、さん……」

「キスなんて、こんな簡単にしていいものじゃないです。なのに、私や美優子にしようとするなんて、そんなの駄目です!

 何言ってるのかよくわかんない。でも、私は、子供だからなのかもしれないけど、キスなんて本当に大好きな人とするものであって、こんなあったばっかりの人にされるなんて認められるわけがない。

「え〜。私は二人のこと大好きだよ〜……」

 ……私の熱意意味なし。

 酔っ払いには何をいっても無駄って言うけど、ほんと話が通じない!!

「八重……」

 宮古さんは八重さんが来てからずっと申し訳なさそうにしてて、それが今はさらに極まってる。

「なぁに? みやちゃん」

「ちょっと外でお話しましょう」

「いいよぉ〜」

「二人とも、八重をちょっとおとなしくさせてくるから適当に部屋にいて。なんか、ほんとごめんなさいね」

 と、八重さんを連れて部屋を出て行った。

 

 

 私が感じているのは暖かくてやわらかな感触。いくら冬とはいえこうして自分の腕の中人がいればその感触は直に伝わってくる。

 それと、いい匂いがする。

 美優子の匂い。

「……………」

「って、ご、ごめん!」

 私は宮古さんたちが出て行ってからしばらくそれに意識を奪われていたけど、勝手に美優子を抱くような形になってしまったことに気付いて慌ててはなれると、謝罪を述べる。

 み、美優子が私のことをすきなのは知ってるし、私だって美優子のことはす、好きだけど……その、こんな風に抱いたことなんて一回もないし……そもそも手を繋いだのだって数えるほどしかないし……急にこんなこと……

「い、いえっ」

 美優子は当たり前なのかもしれないけど、怒ることなく恥ずかしげに顔を背けるだけだった。

 でも、美優子がどうというよりも私が勝手に抱くなんて行為に罪悪感というか、後ろめたいものを感じてしまう。

「あの、涼香さん。ありがとうございました」

「え? え……と、何が?」

「さっき、わたしのこと守ってくれて。わたしすごく嬉しかったです」

「あ、あんなの当たり前じゃない。それに、大体美優子のほうが先に庇ってくれたんだし……」

「わたしは、違うんです。ただ、涼香さんがキスされちゃうのかと思うと怖くて、嫌だっただけで……それを言葉にしちゃっただけなんです。でも、涼香さんは守ってくれました」

 微妙に意味が取りづらいけど、多分美優子はただ自分のためにしたっていってて、私は美優子のことを守ったって美優子は解釈してるみたい。

 頬をほんのりと上気させて美優子ははにかんでいる。

「私も美優子を守ろうとか考えてたんじゃなくて、美優子が他の誰かとキスとかするなんて嫌だっただけで……」

 な、なんで私はこういうとき自分を卑下するっていうか、言い訳めいたことをいっちゃうんだろ。

「でも、嬉しかったです」

「……私だって、美優子が言ってくれて嬉しかったよ」

「ふふ、涼香さん、わたしが言ったからそういってるんじゃないですか?」

「そ、そんなことないよ!!

「ふふ、わかってます。こたつ、戻りましょうか」

 なんか美優子は楽しそうに笑って軽く私の腕を引いてコタツに戻っていった。

 戻ってからも美優子はやけに嬉しそうで、私側の脚の端まで寄って色々話をしてくる。

「お二人、遅いですよね」

「宮古さん、結構かんかんだったからね。そうだ、美優子は八重さんになり熱心に聞いてたの?」

「た、たいしたことじゃないです」

 美優子はやけに慌ててる。

 聞いた限りじゃそんなにやばそうなことでもないとは思うんだけど……

「そうだ……えっと……」

 美優子はあからさまに話題を変えようとおろおろするけど、中々見つからないみたいで部屋の中に視線を彷徨わせた。

「あ………」

 そして、その中のあるものに注目して複雑な表情を見せた。懐かしんでるような……寂しがっているようなどちらにも取れるような妙な顔。

「涼香さん」

「なに?」

「わたし、涼香さんと会えてよかったです。本当」

「ど、どうしたの急に?」

「今年も、もうあと少しなんだって思ったら急に言いたくなっちゃったんです。あの日、夏休みの最後の日。涼香さんと出会った日。あんなことされたのは本当に怖かったですけど、でも、涼香さんと朝比奈さんがお話を聞いてくれて、学校、行こうって思えて……」

 美優子の語調はどこか温かみがある。自分の中にある優しい気持ちが言葉にしているような感じ。

「わたし、毎日がすごく楽しいです。学校に行けて、涼香さんがいて、朝比奈さんや種島さん、寮のみなさん……今は冬休みでちょっと寂しいですけど、でもこうして涼香さんと一緒にいられて」

 美優子から素直な感謝と行為が伝わってきて、私は口を挟むこと考えることなく美優子に耳を傾ける。

「あの日、涼香さんとぶつかったりなんてしなければ、わたしきっと学校にもこなくて、今もずっと一人で、例え来年、初めから一年生をやれても一人、だったと思います。ほんと、涼香さんと会えたのは偶然なのに……こういうのを運命っていうのかなって、考えちゃいます」

「……かもね」

 偶然の重なりは必然。運命。

 そう思うとなおさら美優子のことが特別に感じられるきもするけど、偶然でも、必然でも、運命でも、大切なのは今美優子といられることだ。

「美優子」

 私はテーブルの上に乗せていた美優子の手に自分の手を重ねた。

 同年代にしては細くて頼りのない、無垢な手。

「……はい、涼香さん」

 ちょっと泣き虫で、恥ずかしがりやで、そのくせ意外に自分の思うことをはっきりいうこともあって、なにより優しい。

「私も、今ここにこうしていられるのは美優子がいたからだよ」

 美優子がいてくれなかったら、さつきさんと会ったときどうなってたかわからない。

 私の……好きな美優子。相変わらず、美優子にはっきりとは答えられていないのかもしれないけど、私は美優子が好きで一緒にいられるのが幸せだって、それだけははっきりいえる。

「ちょっと早いけど、来年も……ううん、これからもよろしくね」

 だから、きっかけは偶然でも美優子とのいられる今を大切にしてこれからも過ごして生きたい。

「はい!

 美優子のその満面の笑顔を見て私はなおさら心に誓うのだった。

 

19-3/20-1
おまけ

ノベルTOP/S×STOP