冬休みのだるさから抜け出した、ある晴れた昼下がり。

 廊下を行く人々は解放感に溢れ、歓談がいたるところから聞こえてくる。冬だから気温はかなり低いけど、建物の中でこれだけ陽も照っていればそんなに気になることもない。

 そんな、穏やかな昼休み。

 いつも通りにせつなと食堂に行こうと別棟への渡り廊下を通っているとあんまり食堂方面に行くときには出会わない人物を見かけた。

「あ、みゅーこー」

 何故か渡り廊下の真ん中あたりの窓からぼーっと外を眺めていた美優子に私は名前を呼ぶと小走りに駆け寄っていった。

「涼香さん……」

 美優子は何故か私が寄っていっても少し悲しそうに顔を伏せるだけだった。

「食堂いくの? お弁当は?」

 美優子はいつもお弁当だし、たまに私たちと一緒に食堂いくことはあってもそれは変わらない。でも、今の美優子は何にも持ってない。ならこれから行くのは不自然だし、忘れたとしてたらこんな所でたたずんでいるのもおかしい。

 私は当然な疑問と思って聞いたけど……

「…………今日は……ないです」

「あ、そうなの? 忘れちゃった? なら、一緒に食堂いく?」

 ってなんか美優子やけに元気ないな。もとからなんでもはきはき言うタイプじゃないけど、それにしても今日は変。元気ないっていうか、なんか気のせいかもしrないけど、やけに不満そうにも見える。

「……いいです」

「あ……っそう」

 今のはどう聞いても、拒絶の【いい】だね。というか、いつの間にか明らかにムスってしてる。

「涼香さんは食堂で食べてればいいじゃないですか」

「? なにいって……?」

「……失礼します」

 な、なんだろ。美優子、怒ってる、よね? わ、私何か怒らせるようなことしたっけ?

 とにもかくにも美優子はムスッとした背中を見せ付けて自分の教室のほうに戻っていった。怒っていそうな感じだったのに、足取りは重たげに。

「美優子、怒ってるわね。当たり前だろうけど」

 一歩下がって会話に口を挟まないようにしていたせつなが美優子が去ったのを見計らってよってきた。

「当たり前って……? 何で? 何かあったの?」

「はぁ? 昨日のことに決まってるじゃない。何、自覚ないの?」

「昨日……? 昨日って……」

 私はせつなに言われて昨日美優子とあった出来事を思い返してみた。

 

 

 あれもお昼。やっぱり食堂に行こうと思っていた私のところに美優子がやってきて。

「あ、あの……わ、わたし、お料理の勉強はじめようかなと思って……それで、……の、……えと……その……お、お弁当……作ってみたんですけど……よ、よかったら……食べてもらえませんか……?」

 なんて、いうからもちろんオッケーしてせつなと三人で食堂いってそこで食べてはみたんだけど。

「……あ、あの、どう、ですか?」

 不安そうに美優子が聞いてきたから私は、多少良心が痛みはしたけど正直に答えなきゃ美優子のためにもならないかと思って。

「まずい」

 って答えたんだよね。

 はっきりそういっちゃうのもどうかと思うけど、なんか褒めるところが見当たらなかったから。奇抜な不味さはしないんだけど、なんていうか全体的に普通に不味くて最初の感想がそれになっちゃった。

 一応、その後入ってたものに対して軽くワンポイントアドバイスをあげたけど、そういえば美優子はなんかまともに聞いてなかった気がする。放課後も寮に遊びに来なかったし。

 

 

「で、私何かまずいことした?」

 昨日のことを思い返しながらもほどほどの混みあいを見せる食堂まできてその隅で三百九十円のランチを食べながらせつなにそれをたずねてみた。

 せつなは二百八十円のきつねうどんを食べながらどうみても呆れてる。

「……それ冗談ならつまらないんだけど」

「は? 何言ってるの? まぁ、そりゃ不味いってはっきり言うのは悪かったかもしれないけどさ。料理がうまくなりたいっていうならはっきり言ってあげなきゃ美優子のためにならないでしょ?」

 不味かったり大しておいしくもないのにおいしいとかいって勘違いさせたままじゃ結局美優子に成長ないもんね。

 私は自分で納得しながら、それほどおいしくはないけど美優子のお弁当よりはましなランチのおかずを食べていく。

「料理の勉強なんて、涼香にお弁当食べてもらうための口実でしょ。なのにあんなこと言われれば怒るわよ」

「あー…………」

 確かに言われてみるとそうなのかも。

「で、でもちゃんと全部食べたよ?」

「食べたっていっても、いちいち口うるさくなにかいったりして。ああいうときはまずくてもどうにか取り繕うものよ」

「むぅ……」

 でも、それってそこはどうにかなるかもしれないけど結局意味ないような気がする。っていうか、私がもたなくなっちゃうし……

「とりあえず、今度謝っておく」

「まぁ、そうしなさい」

 

 

 強い西日が差込み、教室の中が赤く染め上げられる放課後。

 私は、箒にちりとりという姿で思考の半分以上を美優子のことに奪われながら適当に床を掃いては適当にゴミを取っては捨てる。それを繰り返しながら考え事はするけど、どうにも思考はまとまりを見せない。

(……だってねぇ)

 謝るっていっても、何をどういえばいいのか。そもそも何に対して謝ればいいのかよくわからない。

 だって、お世辞なんていっても意味ないんだし、美優子のためにもならない。だって、その場じゃおいしいとか取り繕えても絶対気付くでしょ? それがあとあとになってばれるほうが美優子だって嫌だろうしさ。

 ……なんか、謝るほうがおかしいような気がする。っていうか、美優子も怒んないで悔しかったらおいしいもの作ろうと思えばいいのに。

 でも、私がどう思ったって、美優子……怒っちゃってるんだよね。どうすればいいんだか。

 美優子にあんな顔はさせたくないし……

「涼香―、ゴミ捨ててきてー」

「はーい」

 箒とゴミ捨て係になっていた私はクラスメイトからそういわれて素直にゴミ袋を廊下を通って集積所に持っていく。

 その間もやっぱり考え事は止まらない。

 私って人付き合いはそれなりにうまいほうって思ってたけど、最近はあんまりそう思えなくなってきたよね。いや、多分うまいんだろうけどそれって表面上の付き合いが上手なだけで人と深く分かり合おうとしたりするのは下手っていうよりも正直、こっちにきてから初めて経験することだからどうすればいいかわからない。

 今までは、友だちだからってその人が抱えてる大きな悩みとか相談したこともなければされたこともなかった。っていうよりも、あえてそういうのから遠ざかっていた。でも、本当に人とわかりあうためにはそういうことが必要なんだっていう実感はある。

 お弁当がどうとかだって私と美優子じゃ感じかたが全然違うし、それで美優子を怒らせちゃったんならやっぱり謝らなきゃいけないのかな。

 私はぼけっとゴミ袋をガサゴソと音を立てさせながらも集積所についてそこにいた係りの人に渡してまた来た道のりを戻り始めた。

(げっ……………)

 じゃないはずなんだけど、げっ。って感じ。

 ゴミの集積所は当然だけど、一階で私の教室は二階。それは当然美優子の教室も二階なわけで集積所方面の階段から私の教室に戻ろうとすると必然的に美優子の教室を通る。んでもって掃除のときに教室に荷物を置いている人も多いわけで、まぁ、つまり美優子がいるの。

 私は思わず、階段から廊下に出るところで美優子を見た瞬間に一歩後ずさっちゃったけど、ちらりとでも美優子にそれを見られたりなんかしてたら逆効果過ぎる。

 謝ろうとは思ってるけど、どういえばいいかまだ決めてないからあんまりすぐには会いたくない。

 まったくまだ会いたくないって思ってたはずなのに逆言霊みたいに願いと反対のことが起こらないでよ。

 で、でも別に私が悪いことしてるわけじゃないはずなんだからもっとこう……自然な感じで話かけてもいいんだよね?

 私は勝手にそう決めると、美優子に向かって歩き出した。

「や、美優子」

「涼香さん……」

 ……やっぱ怒ってる? 昼間と纏ってるオーラが変わってない。

「あ、あのさ、今日は来るの?」

「……いかないです」

 怒ってるっていうよりはいじけてるのかなー? どっちにしろ目もあわせてくれないのはかなり悲しい。

「えっとさ、美優子、あの……」

「…………」

「なんていうか、昨日は」

「…………」

 あー! もう、なんで美優子黙ったままなの。なんか怖いよ。昨日はごめんっていうつもりだけど、言葉だけの謝罪でそれに関して詳しく突っ込まれたりして美優子の望むことを答えられなかったらさらに怒らせちゃう気がするし。

「き、気をつけて帰ってね……」

「っ……」

 キッ! っと目つきが明らかに怖くなった。私も美優子の立場だったら怒るかも。いくじなしっていうか……自分が情けない。

「さようなら!

 珍しく大きな声を出して去っていく美優子を見つめながら、私は自分の不甲斐なさともう一つ、

 そういえばこんな風に美優子が怒るのって初めてみるかも。

 と、思うのだった。

 

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