寮に帰ると、ロビーに結構な人が集まってて、遠巻きに茫然自失した私を見つめていた。
そりゃ、そうだよね。美優子、あんなに叫んでたもん。心配で様子を見に来てもおかしくない。あんなに感情むき出しにして、叫ぶ美優子なんて誰も知らない。
あんな美優子、誰も……
「……………」
私はその心配の中に好奇心を混ぜた視線がいたくて、玄関から上がったところに立ち尽くしてしまう。
そう、だ。せつなに、会いにいかなきゃ……
(……せつなに?)
会いたい? せつなに? あって何が言いたいの? 何するの?
(……会いたく、ない)
少なくても、今は。会えない。会いたくない。
「涼香、ちゃん」
遠巻きに様子を見るだけだった人垣の中から一人歩み寄ってきた。
梨奈だ。
でも寄ってはきても、どうすればいいかわからず困ったように私を見つめてくる。
「……………」
「ほらほら、あなたたち、散って、散って」
十数秒ほどそうしてると、やはり遠くから見ていた宮古さんがはきはきとした声で集まっていた人たちを追い払う。
軽い気持ちで首を突っ込んじゃいけないことっていうのはわかってるのか、言われた人たちは文句をたれることなく解散していった。
宮古さんも少し私を見たあと、玄関の戸締りをして部屋に戻った。
「座ろうか」
「……うん」
私は梨奈に導かれるままロビーのソファに座った。
やわらかなソファ。でも、こんな所に座ろうが心が落ち着きを取り戻すなんてできない。
「…………せつな、は?」
会いたくはなくても、気にならないことはない。それに、美優子のことはせつな以上に話したくない。
「夏樹ちゃんがみてる」
「……そう」
今は、それだけでいいや。それ以上せつなのこと、聞きたく、ない。
それから少しの間沈黙が場を支配した。
真冬の玄関先で冷えるに決まっているけど、今はその方が落ち着く。心を凍らせて何にも考えたくないって思う。
でも、現実はそうはいかない。
「……なにが、いけなかったのかな?」
考えようとしなくてもこうなった現実が湧き上がってくる。
「え?」
「プレゼント、忘れてきちゃったのが、悪かったのかな? それとも、プレゼントなんてあげようって思ったこと自体駄目だったのかな? それとも、誕生日約束してたのに破っちゃったことが悪かったのかな? それとも、さ……せつなのこと、ふったくせに、友だちでいようとしたことが間違い、だったのかな?」
聞いてる梨奈は何を言われてるのかわからないと思う。けど、私は続けていくしかない。
「私、美優子のこと好き、だよ。一番、好き。でも、さ、せつなのことだって、好きで……プレゼント、くらい、さ、いいじゃない。当たり前、でしょ? 友だちに、親友に誕生日プレゼントあげるなんて……」
「涼香、ちゃん。でも、それは……」
「わかってる、よ。プレゼントなんて、あげてもせつなは嬉しくても、傷つくんだ、って。わかってたの。でも、私はせつなのこと、好きで、せめて、プレゼントくらいあげたかったの」
泣きそうだけど、涙は出ない。途切れ途切れに内から溢れてくる言葉を無感情に吐き出している。
「っあは…嫌いって言われちゃった。あの、美優子に、だよ? あの美優子があんな風に取り乱して、叫んで、さ。初めて、みたよ、あんな美優子。触ろうとするとさ、バシってはじかれちゃうんだよ。触るのもだめ、声をかけるのもだめ、見るのもだめじゃさ、私、美優子に何もできないじゃん」
「涼香ちゃん……いい、から、今は何も言わなくても」
梨奈は優しく声をかけてくれるけど私は何も感じられない。焦点が合わない目で自分の膝元を見るくらいしかできない。
「もう、やだ。どうすれば、いいんだろ。美優子には、嫌われちゃうし、せつなのことは……きら、いになっちゃい、そう、だし……それ、に……」
自分のことは、もっとなによりも嫌悪してしまいそうだった。
「涼香ちゃん、落ち着いて? 今は何も考えないでいいから」
「……落ち着いたら、さ、何か変わるの、かな?」
「わからない。でも、今は、落ち着こう」
梨奈は私のことを軽く抱くとそのまま頭を抱えて自分の胸に抱き寄せた。
「…………うん」
息がつまりそうだし、胸は張り裂けそうだし、頭がぐるぐるで気持ち悪い。出所のよくわからない自己嫌悪と自己否定でおかしくなってしまいそうだった。
「……ひっぐ、っく」
そんな気持ち悪さを自分の中だけに押しとどめることはできるはずもなかったけど、体の外にわめき散らすこともできない。ただ、梨奈に抱かれて私はぽつ、ぽつっと断続的な涙を流した。
理由はわからない。とにかく涙が出て、押し殺すつもりもないのに押し殺したような嗚咽が漏れた。
「ぅっく、はっん…ひっく」
結構な時間そうしていたと思う。正確な時間はわからない。ご飯を食べに行く人が通ったりもしたんだからやっぱりかなりだったとは思う。
「梨奈、も、いい、から」
「うん」
落ち着いた、と思う。枯れるほどの涙を流したわけでも、胸に渦巻いた気持ちを吐き出せたわけでもないけど、少しだけ頭はすっきりした。
泣きながら自分の中にあるもやもやした場所を進んでいた感じで、その靄の中で私のしなきゃいけないことを見つけた気がする。
「梨奈、ありがと。うん、ありがと」
「どういたしまして」
梨奈の声は底抜けに慈愛に満ちていた。ありがたい友だちだ。何かにつけて私にとっての正しい道を導くための光をくれる。
「涼香ちゃん、さっき触るもの駄目、見るのもだめ、話すのも駄目じゃ何もできることないっていったよね」
「……うん?」
「あるよ。できること、それはね、美優子ちゃんを想うこと。それって大事なことだって思う」
それは、遠くに見えるだけで直接的なものじゃない。私が敢えて選ばなければ意味を成さない光、でも、梨奈は暖かくそこ教えてくれる。
「……うん」
「で、どうしたいかな? 涼香ちゃんは」
「まだ、ちゃんとはわかんない。でも、美優子をこのままにしたりはしない」
やっぱり私が最初に思い浮かべるのは美優子だ。せつなのことをまだまともに考えられないだけなのかもしれないけど、でも先に思い浮かんだのは美優子だった。
「そっか。うん。あーあ、ちょっと残念、この隙に涼香ちゃんを私のものにできるかなーってちょっと思ったのに」
私が立ち直った様子を見せるとすぐこれだ。まったく。
「そんなこといって。さっきまでの私じゃ、梨奈のおめがねにはかからないでしょ?」
「そうかもね」
そうだ、私はこんなところで立ち止まってくよくよなんてしてなれない。起きてしまったことを悔やんでても始まらない。何も解決しない。
苦しんでいるのは私だけじゃない。ううん、私なんてそんなことするヒマなんてないんだ。
私ができることをしよう。美優子にできることを。
(うん。私は美優子が好きなんだから)
私は胸の内に決意を込めて立ち上がった。