すでにまっくらとなった世界に私の叫びが響いた。美優子はそれに反応して、立ち止まってくれる。
でも、振り返ってくれることはなくてその場に立ち尽くしたまま。
「美優子!」
私は走るまでもないその距離を全速でかけて美優子の元にたどり着いた。
私が真後ろに立っても美優子は振り返ってくれない。
「みゆ、……」
その背中に手を伸ばせない。
さっきのせつなとは違う絶望。まるですべてを拒絶してしまっているかのような小さな美優子の背中。まるで夜の闇に溶け込んでしまっているような暗い気持ちが伝わってくる。このままじゃそのまま美優子が闇にさらわれてしまうような錯覚を受けた。
(そんなの)
駄目!
私は引き寄せるように美優子の手をとっ……
「っ!!!」
ブン!
美優子の手に触れた瞬間、ものすごい勢いではじかれた。
「みゆ、こ……?」
名前を呼ぶのすら恐ろしくなってしまった私だけど、それでも呆然と美優子の名前を呼んだ。
美優子がゆっくりと振り返る。
(あ、あ…ああ)
こ、わい。怖い。なんでかわかんないけど恐ろしい。体の自由が奪われて、胸だけが異常に高鳴っていく。
「み、ゆこ、あの……」
追いかけてきたけど、話をしたかったけど、何にもいえない。どうやってさっきのことを説明すればいいの? そもそも説明とか、意味があることなの?
「……わたし」
固まってしまった私をよそに美優子は俯き、いっさい私に顔を見せることのないまま、ポツリ、と言葉を発し始めた。
「涼香さんが、キスとかしてくれないの、涼香さんがわたしのこと、好きだからなんだって、大切に想ってくれてるからこそ、してくれないんだって、思って、ました。寂しかったけど、そう思えば、誤魔化せたし、それは嘘じゃないって、さっきまで、思ってました」
嘘じゃない、嘘じゃないよ。私は美優子が好きだから、大切だから、簡単にそういうことしたくなかったの。大切に美優子との想いをはぐくんでいきたかったの。
「で、も……ちがった、んですね。わたしの、勝手な思い込み、だったん、ですね。っふ、あは……はは」
そんなことない! そんなことないの!
言葉にしたいのに、言葉にして美優子に伝えたいのに、声がでない、よ。
美優子はその間にも声をふるわせて私への、憎悪をはいていく。
「あ、は、わたしの、こと、なんて本気じゃ、なかったんです、ね……。遊び、だったんです、か?」
「違う!」
やっと声がだせた。言わなきゃ耐えられなかった。
「なに、が、ですか? 何が違うんですか!?」
「違うよ、私は、美優子のことっ!」
「うるさい!」
「っ………」
うる、さい。うるさい? 美優子が、いった、の?
美優子がこんなに感情を、剥き出しにして取り乱すなんて始めて、それが私への……憎しみで。
「わた、しは美優子の、ことが好き、なの。私が好きなのは、美優子なの」
「……そんなこと、朝比奈さんにも、ううん、わたしのいないところじゃ誰にだって、言ってるんじゃないですか?」
(っ、美優子がこんなこと、いう、なんて……)
「ち、がう。私は、私が好きなのは、美優子、だよ。信じて、私は美優子が……」
「じゃあ、どうして、すぐに追いかけてきてくれなかったんですか? 何かの間違いだって思いたかったから、わたし……入り口で待ってたのに……」
「それは……」
だって、あのままじゃせつなが……誇張じゃなく、消えちゃいそうだった、から……でもそんなこと美優子に……
「は、あは……しん、じる? 涼香さんを、ですか? あは、どうやって、どうやってですか?」
ポタ
(あ……)
気付けば美優子の足元に染みが出来ていた。
どうやって。
わからない。今の美優子に信じてもらう言葉なんてきっと存在しない。私の言葉じゃ届かない。でも、他の方法、なんて。
言葉だけじゃ、足りない想い。うまく言葉にできない想い。それを伝える方法を私は、知ってる。
けど……
不本意だろうと、私はせつなとキスをしてて、美優子はそれを見てる。なのにキスなんてできるわけがない。
「これじゃ、だめ……?」
私は俯いている美優子を優しく抱きしめようとした
「ッ!!」
ドンッ!
でも美優子は私が美優子の体に触れた瞬間、力いっぱい突き飛ばしてきた。
「あぅ! 」
細い病弱な腕から信じられないくらいの拒絶が伝わって、力じゃなくてそれに私はよろけた。
「触らないで!」
「っ。み、ゆ……」
「呼ばないで!」
「っ……」
完全な拒絶。私は黙って美優子を見つめるしか。
「……みな、いで……」
それ、すらも許されなかった。
私は言葉の通り、ううん。見るなって言われたからじゃない。ショック、で怖くて、見れなかった。
「………………」
私の声は枯れてしまった。美優子にすべてを拒絶され想いが出口を見つけることなく彷徨ってしまう。
「きら、い……」
「え……?」
「きらい、です。すずかさん、なんっ……て…、嫌い。大嫌い!」
「っーーー」
貫かれた。抉られた。
美優子の言葉に私は胸を刺され、心を抉られた。絶望感。ビルの屋上から落ちていくような圧倒的な絶望感。抗うこともなく、なすすべすらない。
「さよう、なら……」
「ま、って」
言葉に、ならなかった。振り返り、遠くなっていく美優子に想いどころか言葉すら届かない。
結局私は、その場からふらふらとニ、三歩前に動いただけで美優子を追いかけることなんてできなかった。