(言わなきゃ……。せつなに)

 寝転がったベッドから白い天井が少し歪んで見える。お風呂上りでしめった髪のままベッドに寝てるせいで首筋につめたい感覚がするけどそんなのに気を回している余裕もない。それ以上に冷たい感覚が心の中にしているから。

「涼香―? 髪ちゃんと乾かさないとベッドが濡れるわよ?」

 下じゃせつながもうそれなりな長さにまでなった髪を乾かしている。何ともなさそうな顔で。何にも不安なんてなさそうな顔で。

 きっと……日曜の誕生日を楽しみにしている心で。

(私は、美優子が……好き。さつきさんと比べたらどうだかわからないけど、でもさつきさんを抜かせば世界で一番好き。美優子の誕生日を祝ってあげたい)

 でも、すでにせつなとは誕生日手作りケーキを作ってあげるって約束してある。私は次の日曜日にそのつもりでいた。

 当然、せつなだって。口じゃ気にするなとか、気を使うなとかいってたけど嬉しそうにしてたのは覚えてる。わかってる。

 美優子も思ってる。私がお祝いしてくれるんだって。そういう話はしちゃってるし、プレゼントどうしようかなとも口にしてる。

けど、せつなのことばれたらお互いが気を使うっていうかきっと誰も楽しめない。約束があったとしても私は……美優子のこと。

「はぁ……」

 せつなにばれないように小さくため息をついて手を上にかざすとそのままペタンと額にくっつけた。

 息ははけても胸に渦巻く暗い気持ちまでは吐き出せない。

 せつなのほうが先でも、せつなのことを優先したらせつなは怒る。美優子の誕生日のことだってどっかから知るだろうし。せつなは怒るし、それはきっとせつなをすごく惨めにさせる。

 さつきさんのところで私が優先されたように。本当に惨めな気分になる。泣きたいのにあまりのことで涙すら出なくて暗い気持ちがどんどん溜まっていっちゃう。

 だから、せつなにも少しでも早く言わなきゃ。

「せつな」

「なに?」

 ドライヤーを止めてせつなが首をこっちに向ける。

 私はせつなから顔が見えない程度に体を起こして、苦虫を噛み潰したような苦渋の表情をする。

「あの、さ……誕生日のことなんだけど」

「だから、わざわざそんなに気を使わなくていいっていってるでしょ」

「……………」

 いわなきゃ……。その日、その日は……

「その日、ってね」

 唇を噛み締める。

「……美優子も……誕生日、なんだ」

「っ………」

 息を飲んだのかもしれないしそうじゃなかったのかもしれない。心臓が破裂しちゃうくらいに跳ねたのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 せつながどんな気持ちか……考えるのすら怖い。

「へぇ、そうなの」

 平然としたせつなの声が聞こえてきた。平静としているそう聞こえる。聞こえてしまう。

「うん、だから、ね……」

「いいわよ。美優子のことお祝いしてあげなさいよ」

「……うん」

「あ、一応聞いておくけど美優子には私が誕生日だって教えてないでしょうね?」

「うん」

「言う必要なんてないわよ? 美優子は人に気をつかいすぎるところもあるから私のことなんて知ったら気にすると思うし」

「うん……」

「なんて声してるのよ。まったく。そもそも私は初めから誕生日なんて無理に祝ってくれなくていいって言ったでしょ」

 平静に聞こえるのは私が焦ってるからなのかな。私が信じられないくらいに感情の波に揺れているから。

「私のことを気にして美優子に気付かれたり、美優子のことちゃんと楽しませてあげなかったら承知しないわよ?」

 もう、話さないで……。痛いよ。せつなの声、ものすごく痛い。

「さて、私お姉ちゃんに用事があるんだった。少し行ってくるわね」

 せつなはあくまで【普通】なまま部屋を出て行く。私はその見るに耐えない背中を見つめ、自然に左手が心臓のあたりの位置に来ていたいくらいに握り始めた。

 ときなさんにはさっきお風呂であったじゃない。今さらなんの用があるのよ。言い訳に過ぎないってわかってた。わかって……

 私は中から痛む胸の痛みを自分で握り締める痛さで紛らわせながら、滲んでしまう視界で呆然と天井を見つめた。

 

 

「ふ、ふふ……」

 私は自虐的に笑いながら壁にもたれかかった。

 体中の力が抜けて、自分の力が立っていられない。

(……落ち込む必要なんて、ないわよ)

 わかってる。わかってた。涼香が好きなのは、美優子。私じゃない。私と比べるようなことがおきれば美優子を選ぶのは必然。当然。

 落ち込む必要もなければ、悲しむ必要もない。むしろ私のほうを優先されるほうが惨めなだけだ。そっちのほうが何倍も悲しくて痛い、はず。

 はず、なのに、この虚脱感は……

「……好き……」

 私だけに聞こえる声で呟いた。

「涼香、大好き」

 もう二度と涼香の前じゃ言ってはいけない言葉。

 覚悟は済んでいた。未練とかはあの時涼香にふられたあと流した涙で全部体から出した。……けど、それもその時はだったんだろう。涼香といればいくらでももう抱いちゃいけない気持ちが際限なく湧き出てくる。

 それでも私は確かに諦めていたし、純粋に二人のことを応援した。

(……違う、わね)

 二人の間に距離があれば、入り込めるような隙があったら気持ちがそこに流れていってしまいそうだったから涼香をけしかけたりもした。なのに涼香ったら奥手で、全然私の気持ちどころか好きなはずの美優子の気持ちまで理解できない鈍感ちゃんで。いつまでたっても隙間を埋めようとしない。

 生き地獄。涼香といるのは怖い。わかってるから、知ってるから、涼香の気持ちを無視したところに私の幸せはないから。だから、生き地獄。煉獄、恋獄で心を焼かれ続けている。醜悪な心を。お似合いだ。私には。それが、お似合い。

 そう、私は醜悪だ。心がどこまでも醜いくせにそれを取り繕う最低の人間。

 【いいよ】、【気にしないで】、【美優子に悪いから】

 全部逆! 

 何がいいの! 何を気にしなくていいの! 美優子に悪いから何!?

 嬉しかった! 本当は、嬉しかった! 涼香が誕生日をお祝いしてくれること。ケーキを焼いてくれるってこと。

 だって……その日だけは……涼香を……

(……やめよう)

 もう心の中にある答えでもきちんと言葉にしちゃったら、余計……惨めになるから。つらくなるから。

 私は心が落ち着くまで、涼香の前で平気をよそえるようになるまでしばらく寮をさまようと部屋に戻っていった。

 

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