身を清め、一糸纏わぬ姿を薄い青色タイルで作られる湯船に私は体を沈めていく。
「うう、おおう………ふぅ」
その熱いお湯に体が包まれると私は年寄りのような声を出してから、また一つ大きく息を吐いた。
お風呂は好き。
お風呂の壁に背中を預けて体を投げ出して、眠るように目を瞑って、体の感覚を緩めるのか、鋭くするのかはよくわかんないけどふわふわ〜っとなるのが大好き。特に冬はそのまま体がふやけちゃうくらいに長く入ると気もある。
ここに来てはじめての頃は、さすがに体を見られちゃうとか気にしたもんだけどそれも結構すぐなれた。
(……美優子とか、全然慣れそうじゃないよね。恥ずかしがりやさんだし)
見られて恥ずかしい体でもないくせに。
いや、別に見たことはないよ? それにどんなんだって美優子ははずかしがるかな。そういう子だし、美優子は。
(………明日、か)
くだらないことで美優子を思い起こした私は、そのことに思いを馳せた。
いよいよ、明日が……
「すーずかちゃん」
チャプ。
それなりににぎやかな浴場の中、一人隅にいた私の隣に梨奈がめずらしく一人でやってきて私の隣に陣取った。
「梨奈」
私は話をしやすいように投げ出していた手足を戻すと、部屋でテーブルに座るときみたいに浴槽の淵に肘を突いた。
同じく梨奈も部屋で座るときみたいに足を崩して座る。
いや、下半身に注目したわけじゃないよ? 状況説明してただけで、ね。
「…………」
「…………」
目の前に来たのに黙んないで……。
梨奈はちょっと悩んでいるような顔をしながら私の顔を見つめてくる。それだけで何にも言おうとしない。
「明日、美優子ちゃんの誕生日なんだってね」
「っ。知ってたんだ」
「昨日、美優子ちゃんから聞いたの」
「……そうなの」
私は若干気まずさを感じて梨奈から視線を外した。
なんだかむずかゆさを感じる。梨奈は知ってる。明日せつなの誕生日だっていうことも。梨奈は私が美優子のことを好きだって知ってるだろうし、ここで何か私を惑わせたりするようなことは言わないと思うけど、でも何か妙な気分だった。
「どうするの? 明日」
「どうって……美優子とその、買い物とか、いくつもり」
デート、とは素直に言えないのが情けない。
「うん、それがいいと思う」
「いい、のかな」
せつなが誕生日で一緒にお祝いをしようと計画した梨奈がはっきりとそういうのに戸惑いを覚えた。
せつなのことを優先するつもりは、ない。そんなことして一番傷つくのはせつなでってわかっているから。でも、やっぱり引け目は感じる。それは多分自然なことなんだろうけど、でも、まっさらな心になんかなれない。
「私はそれがいいって思う。ううん、そうしなきゃ、駄目」
「……でも、先に約束したのはせつな、だよ」
せつなのこと選ぶつもりなんてないくせによく言うね。
俯いて水面を見つめる。情けない顔がゆらゆらとゆれている。でも、心は揺れてはいない、はず。
「涼香ちゃん。……優しいって素敵なことだよ? でもね、優しすぎると駄目な時って絶対あるって思う。せつなちゃんのこと気にするのなら、せつなちゃんのこと、気にしちゃ駄目」
「あは、矛盾、してるよ」
「でも、言いたいことはわかるでしょ?」
「……うん」
わかるし、わかってた。せつなのことを考えるなら、なによりも美優子のことだけを考えるのが一番だ。矛盾してるけど、そういうこと。
迷っていたわけじゃない。少しだけ、心にしこりが残っていただけ。でも、ここでそれを吐き出せたのはよかったかもしれない。自分の胸の中にだけ溜めていたら、無意識にでも明日それを表に出しちゃってたかも。
梨奈がそんなことを考えてこの話題をしたんじゃないだろうけど、相変わらず梨奈は諭してくれるというか、道をそれないようにしてくれる。
せつなや美優子とは違って意味で好きだし、大切な友だち。
「梨奈、ありがと」
私は素直に伝えると梨奈は優しくふふ、っと笑った。
「どういたしまして。そういえば、プレゼントとか考えてるの?」
って、私が決心を固くしたと思ったら今度は気兼ねなくそういうこと、言ってきますか。心、読んでるわけじゃないよねぇ?
「うーん、本当は手作りで何か作りたかっただけどね。時間がなかったから明日一緒に選ぶつもり」
「うん、そうだね。でも、美優子ちゃんは何でもいいんじゃないかなぁ。プレゼントって何をもらうかよりも誰からもらうかの方が大切って私は思うもん」
「私は、欲しいものもらったほうが嬉しいかなぁ」
私も梨奈の意見に賛成だけどなんだかずっと梨奈の言いなりっぽくなるのは気に食わなかったのでそういってみた。
「じゃ、例えば、私と美優子ちゃんが同じものあげたら美優子ちゃんからのほうが嬉しいでしょ?」
「……否定はしません」
「そういうこと。大切なのは想い、なの」
同い年のくせによく出来た娘さんだと思いながら私たちはのぼせそうになるまで平穏な時を過ごすのだった。
肌を刺す冷たい空気が街中包む。
私は駅の構内で人の波を見つめながら美優子を待っていた。私も美優子もバスでここまで来るんだからバス亭で待っててもよかったんだけど、どっちかが何かで遅くなっちゃったときとかを考えて少しでも寒さをしのげる場所を選んだ。
っていうか、始めから待ち合わせの三十分前には着ておくつもりだったから外はつらいので駅にしようと美優子にお願いしておいた。
「うーん……」
私は駅中にある喫茶店のガラスの前に立ってそこにうっすらと写る自分の姿を見て、小さくうなり声を上げる。
シンプルなチュニックに落ち着いた感じのロングスカートにスカートと同じくらいの丈のコートで自分じゃ特に恥ずかしそうな格好をしてきたとは思わないけど、それを判断するのは私じゃないからどんな格好だろうと気になってしまう。
「むむむ」
さらに、ちゃんと整えてきたし特に乱れてもいないのに軽く髪を整えだす。
うーん、髪ちょっと伸びてきたなぁ。ま、冬は首筋が隠れてくれると気休め程度にあったかいけど。
「…………」
私はまたガラスに映った自分を見つめる。
結局、これ外してないよね。
これ、というのはサクランボのようなボンボンの髪留め。さつきさんから貰った……思い出の品。つける理由はなくなったはずなのに習慣なのか、それとも別の理由かは自分でもよくわからない。
でも、美優子が可愛いって言ってくれた。理由なんてそれだけで十分なのかも。
「す、涼香さん!」
私が少し物思いにふけっていたら後ろから走ってくる音と、か細い少し不安そうな声が聞こえた。
「美優子!? どうしたのそんなに息切らせて」
美優子は目に見えて疲れている。ハァハァと荒く呼吸をして肺に空気を満たそうとしている。
「はぁ、わ、は、あ、わたっ…し、時間、ハァハァ、間違えて、ました、か?」
水色のコートについている白のボンボンを激しく揺らして、美優子は聞いててこっちの方が悪いことしたような気にさせてくれる声をだした。
「え? な、なんで?」
「だ、だって、はぁ。……ふぅ、三十分も前に来たはずなのに涼香さん、がもういるから。一時間、間違えちゃってたのかなって」
「あ、わ、私も三十分早く来ただけだよ。ふぅ、美優子のこと待たせたくなかったから早く来たのに、逆に困らせちゃったね」
「あ、う…そ、そうなんですか……。すみません、早とちりしちゃって」
美優子は体はどうにか落ち着いてきたけど、心は来たとき以上に動揺してしまってる。
「っクス。ほぉら、今日の主役は美優子だよ? そんな顔しないの」
私は美優子が少しでも落ち着けるように背中を軽くさすってあげる。
「す、すみません」
美優子はいちいち申し訳なさそうに謝ってくる。まったくいい子ちゃんなんだから。
体の疲れもあるんだろうけど、勘違いしちゃったのを気にしてるのか中々美優子は顔を上げてくれない。
少しの間そうして、やっと美優子が顔を上げて、自然な顔を見せてくれると私も軽く笑った。
「でもさ、なんか嬉しいよね」
「え?」
「二人して、相手を待たせちゃいけないって同じこと考えて、しかも早めに来る時間まで一緒だったなんて。美優子と同じこと思ってたって思うと私はやっぱ、嬉しい、かな」
「は、はい。わたしも、嬉しい、です。また、同じこと思ってますね」
「……うん」
美優子と、気持ちを共有するのは、好き。今も言葉に出したけど、それだけで嬉しくなれる。その度に美優子と心のつながりが出来る気がしてくるから。
やっぱり、誕生日デートっていうことでお互い少し意識してたんだろうけどこれのおかげでその緊張が解けた私たちはその場で軽くおしゃべりをした。
「よし! じゃ、いこっか」
それもほどほどになると私はそういって、コートのポケットにいれていた手を外に出して美優子に差し出した。
お姫様を舞踏会にでも誘うような感じで。
ふふふ、わざわざ手袋は外してある。直接美優子の熱を感じたいから。
こうしたら? って梨奈に言われた案なんだけど。
「は、はい」
美優子は恥ずかしさの中に喜色を混じらせておずおずと私と同じように手袋を外した手で私の手を取った。
「今日、楽しもうね」
「はい!」
美優子の期待のこもった声を聞きながら私たちは歩きだした。
そして、一日が始まる。
私の……一日、が。