……白い天井が見える。

 普段の私のベッドからでは見えない視界。ベッドから降りて見上げたくらいでは気付かなかった汚れが見える。

 近ければ普段は気にならない、見えないものも見えてしまう。逆に言えば、距離を置けば見えないものを見なくてすむのかもしれない。

「涼香……」

 私は、無断で涼香のベッドに横たわり漫然と天井を見つめていた。

 私は涼香の一番近くにいる。でも、きっと心は限りなく遠ざかっている。そんな涼香からみたら私は、どのように見えるのだろう。

 心が遠ざかっているのなら私の見られてもいい私だけを見られているのか、それとも一番近くにいるのだから気付かれたくない、見られたくない私までを見透かされているのか。

 仮にそうだとしても、涼香はそれを表に出したりはしないだろう。気付かない振りをされる。

 それでいい。それが一番、なはず。そうしてくれればこれ以上傷つかないですむから。

「そろそろ、美優子に会ったころかしらね」

 涼香のベッドに体を預けている私は自嘲するように呟く。

 誕生日。一年で一日しかない日。変わりなんて存在しない日。それは、誰にだって一緒。誰にも誕生日は年に一回。私も、美優子も変わりようはない。

 最後にまともに祝ってもらった誕生日は小学六年生のとき。中学一年以降は半ば心を閉ざした愚かで、子供だった私が自分で断ってしまった。それでも一応ケーキなどは買ってもらったが嬉しくはなかった。

その間違いに気付かせてくれたのは涼香。

 だから、特別。特別だった。それを祝って欲しかった。他の誰でもない涼香に。例え、涼香の気持ちが私になくても、美優子にあっても、涼香にお祝いしてもらいたかった。

 勝手な思い込みだろうけど、そうしてもらえれば今日だけは涼香が私のことだけを考えてくれるような気がした。私のことだけを見てもらえるような気がした。

 一日だけ、涼香が私のものになるような気がした。

 それが何よりのプレゼント。

「すずか……」

 泣きそうな声だ。いや泣いている。

 若干歪む目で私は窓の外に目を向けた。

 角度的に空を見ることはできないが、今日はよく晴れて寒い日だ。突き抜けるような青い空。時おり強い風が吹く典型的な冬の日。

 寒くて、冷たくて、ぬくもりが恋しくなる。

 ぬくもり。涼香の、ぬくもりが。

 ゆっくりと両手で体を抱えた。寒さに、虚しさに震える体と心を抱えるかのように。

「ふふ、ふふふ」

 体の下にあるのはやわらかな涼香のベッド。暖かさは感じられてもここに涼香のぬくもりはない。それは美優子のもの。

 涼香は美優子の……

 まるで針の山に寝転がっているような気分だ。痛い、痛いのに涼香への気持ちが突き刺さってその場に釘付けになる。

「っ……?」

 頬の上部を涙が掠めていった。

 他人事のようにそれを感じながら、雫がベッドへと落ちていくのを感じる。濡らしていく。熱い、悲しみの雫が涼香のベッドを。

 泣いてしまう理由。わからない。ただ、ただ悲しい。悲しい。それだけ。

「今の私を見たら、涼香、どう思うかな……?」

 勝手にベッドに上がりこんで、そこで寝そべり、苦しみに耐えながら涙を流す私。友だちのベッドにするのならともかく、想いを寄せて、しかもふられた相手がこんなことをしていればいい気持ちなんてしない。

 絶対に涼香に見られないとわかっている時間。私はたまにこうしてしまう。破廉恥だとしても涼香のことを少しでも感じたくて。

 情けない。未練がましい。醜い、心が醜い。諦観できずに心のどこかでは美優子なんて消えてしまえばいいと思い続けている私。

 勝手にベッドに上がり、しかもそんなことを思っている。願っている。こんなことがばれたら軽蔑されるかもしれない。嫌われてしまうかもしれない。

 もし、そんなことになったら……

「……なったら……?」

 涼香に嫌われたら、軽蔑されたら。顔を見たくないなんていわれたら? 

「…………………」

 想像してみる。

 冷たい目で私を見る涼香。私を見かけるたびに困ったように顔を背ける涼香。部屋の中でも無言で私が何を言っても無視をされる。まるで私がいないかのように振舞う涼香。

 涼香の世界から消える私。

「ッ!!

 嫌! いや、いやいや嫌!

 そんなの耐えられない。耐えられない! もうここにいられない。

 潤んだ瞳でまた天井を見つめる。

「……結局、私のため、か」

 涼香にいい顔をしようとするのは。私なんかじゃなくて美優子を優先しろというのは。

美優子じゃなくて今日は私といて、私の誕生日を祝って! と訴えたい自分を抑えたのは涼香のためでもまして美優子のためでもなく、醜い心をさらして涼香に嫌な顔をされたくなかっただけ。

 親友の振りをして、涼香のそばを離れたくなかっただけ。普段一緒にいられるのは自分だという唯一の優越感に浸って自分を守りたかっただけ。

ここはゲヘナ。想いの渦の中にある地獄。

 ここから抜け出す方法なんてあるのだろうか。

 ないと断言できる気がする。涼香が私に想いを向けてくれることも、私が涼香への想いを捨てられることも考えられないから。

「……でも、もし涼香が私のこと、嫌ってくれたら……」

 嫌ってくれるのなら、私は……

 涼香のことを……

 

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