この辺で一番大きなデパートの三階。ここは主に女性用のものがそろっていて、服とかがほとんどだけど今私たちはこの階には一個しかない雑貨屋を見ている。

 ちょっと照明が暗めで内装も質素な落ち着いた感じのお店。

 美優子は同じ店内だけど今はちょっと離れて、お互い好きなものを見ている。

「…………」

 今私が見ているのは髪留め。

 今のに不満があるわけでもないし、美優子が可愛いってくれたのは嬉しい。でも、だからって他のを持っていちゃいけない道理も、他のを付けちゃいけない道理もない。イメチェンするわけじゃないけど少しくらい買ったって罰は当たらない、よね。

「うーん……」

 目の前の棚に色、形さまざまに並んでいるけどどうにもしっくり来なくて私はうなり声を漏らす。

 他のをまったく持ってないわけじゃないけど、今までは予備として適当に買ったものだったし、髪留めに関してはじっくり選んだことないから好みとか考えたことない。

「ん……?」

 ただ、自分のはそんなに深く考えたことなくても人のを選んだりしてあげたことは結構ある。

 私はある髪留めを手にとって見つめた。

 それは鳥の羽根を模した銀のバレッタ。丸みを帯びた羽根の先端がどこか優しさのようなものを感じさせてくれて、キラリと光る銀色は気品を持たせている。

(……これ、せつなに似合いそう、だよね……)

 美優子が今現在となりにいないというのが私の心を緩めたのかもしれない。

(……別に、プレゼントあげるくらいは、いい、よね?)

 せつなには絶対に私のことなんて気にするな。考えもするな。って厳しく言われた。昨日お風呂で梨奈にも言われた。

けど、プレゼント、くらい。渡すのは帰ってからで美優子に見られることはないんだし……

 これくらいは、いいよね。今日せつなのこと考えるのは今だけ、これだけだから。

 私はそう決めると手早くそれをレジに持っていった。美優子に買ったものを見られたら困るから。

 プレゼントするつもりだけど包みは断る。早くして欲しいのもあるし、今日は小さな手さげしか持ってないから後々美優子に見られる可能性が高くなっちゃう。

「涼香さん、何買ったんですか?」

「っ!?

 丁度お金を払って袋を受け取ると美優子がその様子を隣から覗いていた。

(……見られて、ない、よね)

「あ、髪留め。ほら、私もずっとこれだとやっぱ子供っぽいでしょ」

「え、でも、それは……」

「うん、さつきさんからのだし、美優子が可愛いっていれくれたのは嬉しいけど、でも、色々あるからね」

 色々、なんだそれ。平然と嘘をつく。せつなへの誕生日プレゼントだなんていえるはずはないのは当然でもここでさつきさんのことを引き合いに出すのは卑怯だ。

 にしても、言っちゃった手前あとで自分用にも買っておかなきゃ。それと、言っちゃったんだもん。着けなきゃ、ね。

「美優子は何か買わないの? プレゼント、するよ?」

 実はまだ美優子へのプレゼントを決めていない。ここに来るまでに何か欲しいものはと聞いたけど。

「あ、い、いいえ、わ、わたしは……涼香さんと、こうしていられるのが一番のプレゼントですから」

 と、こんな感じ。

 美優子が親以外からお祝いしてもらうなんてすごい久しぶりだろうに。

 そりゃ、美優子がそれでいいならいいのかもしれないけど、私はやっぱり何かあげたいのに。物で人への気持ちなんて量れないかもしれないけどさ。

「あ、あんまり恥ずかしいこと何回も言わないでよ。ま、まいいや。そろそろ別のところいこっか」

「はい」

 私はまた美優子の手を取ってその雑貨屋を跡にした。

 

 

「こ、これは……」

 その同じ階。ランジェリー売り場を通りかかった私はあるものを見つけて驚きの声を上げる。

「これ、みゅーこが持ってるやつだよね?」

 丁度展示品に、昔美優子がしているのをみたのと同じやつを見かけてそれに釘付けになる。

 薄いピンクのブラジャー。トップのあたりはまるで花をあしらってみたいで可愛い。当然私がつけたりなんかしたら、っていうかつけられるようなものじゃない。

「え、は、はい。え? で、でもどうして涼香さんが知ってるんですか?」

「あ……」

 私はこの時若干狼狽してて、思わず最初の言葉を発してしまったけど、よく考えると迂闊な発言。私が美優子のブラを唯一拝見した機会は昔美優子が体調を崩して寮に泊まったあの時だ。

 無断で服をはだけさせたとき。

「あっ……」

 美優子にそれに思い至ったのか急に顔を赤くして恥ずかしそうに顔を背けた。純情な子だ。

「ぁ、あの、えっと。それで、何を驚いていたんですか?」

 思い返したのを打ち消すためかわざわざ自分から話を進めていく。

「いや、値段がね」

「え? はい。えっと、一万円と少しですね」

「何でそんな平然と言えるの? え? 一万だよ?」

「? そう、ですね? それがどうかしたんですか? 肌につけるものですし、このくらい……普通じゃ、ないんですか?」

 お互いうまく歯車がかみ合わないみたいで疑問符を浮かべながら会話を続けていく。

 普通って……そんなことないよ、美優子……。一万円だよ、一万円! そりゃこれ一個買うだけなら買える値段だけどさ。でも、ひとつや二つですむもんじゃないじゃない。

 私は思わず、周辺のものに値段に目を見張ってみた。

「…………」

 高い。一万円とはいわなくても私が普段つけているのよりもはるかに高い。さっきの口ぶりだと美優子はこの辺のばっかり持ってそうな感じ。

私なんてせいぜい上下で二千円か三千円なのに。

「むむむ……」

 私はうなりながら美優子の胸に注目してみた。

 今まで自分が着けるものしか見てなかったけど、やっぱり大きかったりすると値段も比例するんだね。うーん、大きい人にはそれなりに苦労があるね。あんなのばっかりそろえてたら破産しちゃうってば。ん? 待ってよ。実は高い分何かが違うとか。いやむしろ発想が逆なのかも。大きいから高いのを着けているんじゃなくて、高いのを着けているから大きいとか? なるほど値段が上がった分未知のエネルギーで胸を大きくするわけだね。なら私も同じのをつければ………

「あ、あの? 涼香、さん?」

 私の邪まな目で胸を見続けたせいか美優子は困惑しながらそれに耐えていた。

「あっ! いや、ごめんごめん。気にしないで、下いこっか」

 って、んなわけないよねー。別にサイズが小さかろうと高いものは高いんだし。ま、小さいままでもいい理由というか、言い訳は発見できました。

「は、はい」

 結局この場で美優子に起こったことは、恥ずかしい記憶を思い起こさせられしかも邪まな目で私に胸を注視させられるだけでした、っと。

 

 

 冷たい風が吹きすさぶ外のバス亭。私と美優子はそこで二人してバスを待っていた。まぁ、バス亭ですることなんてそれ以外ないからわざわざ言うことでもないだろうけど。

まだ日は高い。今日一日遊び倒して疲れたからじゃなくて、実は今日は私が美優子とデートするよりもむしろ美優子の家でお母さんが直々焼いてくれたケーキや手料理なんかでささやかなパーティをするところにお邪魔するって形。

 ちょっと寂しいような気もしないでもないけど、そもそも美優子の誕生日を知ったのが今週。美優子の誕生日は毎年の予定。いきなり変えてもらうわけにもいかない。

 別に、美優子のことを独占したいわけじゃないけど…、いや、うーん。美優子が家で祝ってもらうのは当然だし、美優子だって私といれば嬉しいのかもだけど、だからって毎年の予定を変える必要もなくて、えと、美優子のお母さんに私が負けてるってわけでもないし……そもそも勝負じゃないわけで。

(……何、考えてるんだか)

 らしくもない。こんなこと今までは考えることもなかったのにな。

「ふぅ」

 私はベンチに座りながら思わずため息。美優子の前で迂闊だったかなと思って、美優子に悟られないように目配せをしてみた。

「…………」

 美優子は私のため息に気づいていないっていうよりもなにか、別のものに目を奪われているみたいだった。

 何かなと思って視線の先に目を向けてみるけど、その先は駅前広場で人も物も溢れかえっている。美優子の見ている大体はわかっても何かまではわかんない。

 この寒いのに中央噴水に近づく親子連れ、この辺に住み着いてると思しき鳩の群れ。はっきりと私の角度から見えるのはこの二つ。あと美優子が見ていると思しき場所は私の角度からじゃ広場の木に隠れてよく見えない。

 その中でちょっとだけ見えるのはベンチに座る一組のカップルらしき人影と、犬を連れている老人。人以外じゃ公園向こうに見えるお店と宣伝の看板、かな?

「美優子? 何見てるの?」

 美優子の視界が見えるわけじゃないんだから想像はできても実際のことはわかんない。

「……………」

「みゅーこー?」

 でも、名前を呼んでみても何か思惟の含んだ眼差しをするだけ。

 むぅ、私が隣にいるっていうのに私以外にこんなに目を奪われるなんて失礼じゃないの? 

 あ、冗談だよ冗談。

 じぃー。

 美優子は真剣そのもの。心をここにあらずって感じ。

(……冗談かな?)

 って冗談に決まってるって何思ってんだか。そもそも私が美優子の気持ちにどうこういう資格なんてあるわけないんだし。

 でも、おもしろくはない。

「みゅ〜こ」

 私は身を乗り出して美優子の目の前に顔を出した。

「ひゃっ! そ、そんな、いきなり……」

「わっ!

 美優子が何か分けわかんないことを言いながら大げさに驚いてきたので、私も同じように身を引いた。

 な、なんでこんなに驚いてるの? 

「え、あ。美優子、えと、何がいきなり、なの?」

「あッ! え? えっと、わ、わたし……えと…あの、ち、違います!

「何が?」

「え……ぁの……」

 美優子は何故か頬を真っ赤に染め、両手でそれを覆い隠した。

「な、何でもありません……」

 そのあとも両手を膝の上にそえ私から顔を覗かれないように完全に俯いてしまった。

 私は困惑しながら結局美優子の見ていたものが何だったのか理解することのないままバスに乗って美優子に家に向かっていった。

 

 

 涼香さんは、わたしのことを大切に想ってくれてる。それはわかってるし、とってもうれしい。

 涼香さんは優しくて不器用で、想いを大切にしてて、わたしのことを大切に想ってくれてるからこそ、キスとか抱いてくれたりとかしない。

 わたしの想像だけど、涼香さんは軽い気持ちでそういうことしたくないんだって思う。軽い気持ちって言っちゃうと違うかもしれないけど、とにかくしてくれないことが涼香さんの想いを感じられることだって思ってる。

 それは……嬉しい。すごく嬉しい。わたしは涼香さんのそういうところも大好き。大好き、だけど

 ……やっぱりすこし寂しい。

 涼香さんが私のことを大切に想ってくれてるって、好き、だって思うけど涼香さんはその証をくれない。言葉にだってほとんどしてくれない。

 さっき、バス亭から見えた人たち。はしたないって思う。駅前なんかで……キス、して。

でも、そんな風に人に見られてもいいって思えるくらい相手のことが好きなのかな、とか。涼香さんは例えしてくれるようになってもあんな風に人前なんかじゃ絶対にしてくれないだろうな、とか。涼香さんが……わたしにしてくれるときが本当に来るのかな、とか。考えちゃった。

 わたしがそんなのこと考えてたからかもしれないけど、涼香さんの顔が目の前に現われたとき、すごくびっくりした。して、くれるのかと思っちゃった。

 はしたないって思われるかもしれない。でも、したいって思うの。

でも違うの。キスがしたいのは嘘じゃなくても本当に望んでるのは違う。キスならわたしからしても、きっと涼香さんは恥ずかしがっても嫌がったりはしないって思う。でもわたしが欲しいのはそれじゃない。

 涼香さんはキスをすごく大切に思って、重いことだって考えてる。わたしもそうだって思う。だから、それをしてくれたらその分涼香さんの気持ちを感じられて、もうきっと何も考えられなくなっちゃう。そんな涼香さんの気持ちが欲しい。

 いっぱい言い訳を考えてしても寂しいのは誤魔化せない。それに……絶対にそんなこと絶対にないんだって思っても、不安になっちゃう。本当に涼香さんがわたしのこと、好きなのかって。

 だから欲しい、です。涼香さん。涼香さんがわたしのことを好きだっていう証が。

 

 プレゼント。

 

 いらないなんていっちゃった理由は、本当はそれ。一日涼香さんを独占することは何よりもうれしいプレゼントなのも本当だけど、欲しい、です。

特別な日なんです。

一年で、一回の。

涼香さんに出会って、初めての。

 誕生日、なんです。

 プレゼントが、涼香さんがわたしのこと好きな証が。

 欲しいです。

 

 

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