昨日話したとおり、授業が終ると私は梨奈と一緒に美優子の家を訪れて、いつもの、美優子の部屋の前という私の定位置に着いていた。

 コンコン。

「美優子、私。……元気?」

 軽くノックをして、来たということをアピールするけど、

「…………」

 帰ってくるのはやっぱり沈黙。

 私は、悲しげに一歩下がって扉を見つめる。もう一週間以上、この鋼鉄の心の扉になすすべなく私は立ち尽くすしかない。

「涼香ちゃん、鍵、かかってないんだよね」

 隣にいた梨奈は私のすることを見つめた後、少し考え事でもするかのような顔で問いかけてきた。

「うん、鍵、ないからね」

「じゃあ、入ろうと思えば入れるんだ」

「そうだけど。でも、無理やりじゃ意味ないから。それじゃ、きっと美優子の心に届かないから」

 これは勘っていうか自己満足って言えることなのかもしれないけど、美優子から私を受け入れてくれるって示してくれない限りはやっぱり駄目な気がする。

「そっか。涼香ちゃんらしいね。頑張ってね」

「うん。ありがと、って……ええ!?

 カチャ。

「美優子ちゃん、入るね」

 私が梨奈にお礼を言っている間に梨奈はノブに手をかけてあっさりとこの一週間私を拒絶してきた扉の中に入っていった。

『あ…………』

 思わず、部屋の中に視線が入っていって驚きながら扉のほうを見つめる美優子と一瞬だけ目が合った。

「涼香ちゃんは、入っちゃだめね」

 梨奈はそういうと手早く扉を閉めて、また美優子と私の間の壁が復活する。

(……美優子)

 一瞬だけ見えた美優子の姿を思ってきゅっと胸が締め付けられた。

 一週間ぶりに見る美優子の姿。髪は整える心の余裕もない様子で、目は薄っすらと腫れ、体は心なしか小さくなって見える。お世辞にも、まともとは言えない外見だとは思う。それをさせているのが私ということを考えると胸は痛む。

 けど、何よりも一週間ぶりに美優子の姿が見ることが出来たことが私の心を暖かくさせた。

 まだまだ頑張ろう。

 こんな不意の出来事でじゃなくてまた笑い合うために頑張ろうって、そう思えた。

(でも、今すぐは何にもできないね)

 いくら美優子と話したい、もっと美優子を見たいって思っても勝手に部屋に入る気はないし、もちろん梨奈が美優子と何を話すつもりかものすっごく気になるけど、まさか聞き耳を立てるわけにはいかない。

 私はいつものように対面の壁に背中をつけて、ドアを見つめながら座る。梨奈が気を使ってるのか、部屋の中からはほとんど声が漏れてこなくて何を話しているかは全然わからない。

 もどかしいけど、それでいい。

(……せつな、今頃何してるんだろ)

 部屋の中から意識をそらすために何か別のことを考えようとしたら真っ先にそれが浮かんだ。

 学校では同じクラスなんだから顔を合わせないことはないけど、合わせるだけ。そうなれば二人ともすぐに目をそらす。学校じゃほとんど誰とも話さなくて、周りもなんとなく様子を察してるのか深く聞いたりしてないのは私もありがたい。

寮ではずっと自分の、今は夏樹の部屋にこもってて、夏樹ともあまり話をしないらしい。でも、夏樹からこっそり聞いた話だと、たまに私のことを聞いたりはするみたい。

(せつなとも話さなきゃ……)

 何を話したいのか、何をいってしまうのか、せつなを目の前にしたら私がまともでいられるのか。わからないことだらけ。

 【嫌いになって】

 たまにその言葉が頭に響いてくる。自分で言いたくはない、けどせつなは私のことが好きなんだってわかる。大好きって。そして、叶わない想いを抱く絶望も。そんなせつなからこぼれた、私と違う想いの先。一概には言えないって思うけど、ただ逃げることだけを考えた私よりもはるかに辛い選択って思う。

 だからなのかわからない。今はせつなに怒りっていうのをあんまり感じてない。誕生日の夜には嫌いになりそうにもなった。でも、今はそこまでの気持ちが湧いてこない。

 それは、嫌いになってっていうせつなの言葉に従うのが嫌だからなのかもしれないし、あんまりいい癖って言えない、私の自己否定というか自己犠牲、私のせいだって考えちゃう性格からかもしれない。

 わからない。わからない、けど、わからないから話をしなきゃいけない。美優子とせつな二人が動けないんなら、私が動かなきゃいけないんだから。

 でも、まずは美優子。せつなのほうが話をしやすいのかもしれなくても、私は美優子と話がしたいって思ってる。

「…………さむ」

 時計も、時計代わりになる携帯も持ってないからどのくらい時間がたったのかはわからないけど、私は急に寒気を感じて体をブルブルと震わせた。

 疲れてるとは思う。一週間もこんなことしてれば当然。でも、休むわけにはいかない。

「……………」

 私は、盗み聞きなんてしちゃいけないとは思いつつもまたドアを見つめた。

 梨奈が美優子に何を話そうとしてるのか、わからないけど、多分梨奈は事前に話すことは考えてきてると思うからそろそろ終ってもいい頃のような気がする。

 なんて丁度思い始めると

 カチャ。

「じゃあ、美優子ちゃん少しは考えてみてね」

「……………」

 梨奈が部屋の中にそういい残して出てきた。

「お待たせ、涼香ちゃん」

「別に、待ったわけじゃないけど」

 待っていないでもないけど、待ってるのは美優子。それも自分からこの鋼鉄にも見える扉を開けてくれることを。

「涼香ちゃん、今日はもう帰らない?」

「え?」

 この一週間の私の行動を知ってる梨奈からちょっと衝撃的な一言。

「私の我がままだけど、美優子ちゃんに私の言ったことちゃんと考えてもらいたいの。きっと、涼香ちゃんがここにいるときっと美優子ちゃんそっちに気がとられちゃう」

「え、で、でも、私は……」

 これ言ったらやっぱり私こそわがままなのかもだけど、私がここで美優子を待つって言うのが私の想いを信じてもらう手段って考えてるから、簡単には

「……わかった」

「うん、ごめんね。涼香ちゃん」

 でも、梨奈がそういってる。梨奈にはちゃんとした理由がある。なら、私は梨奈を信じてもいいって思う。

「うん、ごめんね。涼香ちゃん」

「ううん」

 私は立ち上がると、パンパンとお尻の埃をたたいてから帰るときにいつもしてる美優子への挨拶のためにノックをする。

「美優子、ちょっと早いけど、今日は帰るね」

 いつものような軽い挨拶。いつもはこれに沈黙が返される。

「…………………………さよう、なら」

「っ」

 でも、今日は美優子の言葉があった。これが梨奈のおかげなのかは知らない……まぁ梨奈のおかげなんだろうけどその一言だけで私は少し心を軽くなった。

「うんっ! またね、美優子」

 そして、はじめて暖かな心で寮に帰っていけるのだった。

 

 

「ねぇ、美優子に何言ったの?」

 帰り、梨奈と二人でバスに揺られながら私は、当然の疑問を梨奈に聞いてみた。

「ん、あんまり大したことじゃないよ」

 少し体調の悪い私が少しでも寒くないようにと窓側に座ってる梨奈は私の顔を覗きながらにこやかな様子を見せる。

「大したことないって、今まで私に全然話してくれなかった美優子がさようならなんていってくれるんだもん。気になるよ」

「ほんとに何か特別なこと言ったわけじゃないの」

「ふーん? でも、ちょっとくやしいかな。私が一週間以上も通ってほとんど口聞いてもらえなかったのに、梨奈はあぁやって少し話すだけで美優子の態度が変わっちゃったんだもん」

「ふふ、私はきっかけになっただけ。美優子ちゃんは涼香ちゃんの言葉だから信じられないっていうのもあるだろうしね」

「……まぁ、ね」

 途端に若干気まずくなって私は顔を背ける。

 その可能性は考えないでもなかった。美優子は私に騙された、裏切られた、遊ばれたって思ってるみたいだし、そう思われても仕方ないところを見られた。だから逆に私のことが信じられないっていうこともあるって思う。

 だけど私は、そうだとしても私のことを信じてもらうために愚直に美優子のところに通うって決めてる。

「それにね、美優子ちゃんが今日さようならって言ってくれたのは、涼香ちゃんの気持ちがあったからだよ」

 勝手に悩み出した私のことをなだめるかのように梨奈は優しくいった。

「え?」

「私がいったことはきっかけにはなったと思う。けどね、それで美優子ちゃんの心が動いたんならそれは涼香ちゃんが今までの美優子ちゃんへの想いがあったからだよ」

「……う、うん」

 真顔でこんなこといえるのは梨奈くらいだし、そんな梨奈だからこんなこと言っても素直に受け取れる。

「好きな人でも、信じるって簡単じゃないもんね。ううん、好きな人だから余計に気になっちゃうこともあるもん」

「梨奈?」

 梨奈は思い出に馳せるような目をしてそういった。

 梨奈も夏樹と何かあったことがあるのもかもしれない。どんなに付き合いが長くても、どんなに仲がよくても、どんなに相手のことが好きでも今までにまったく衝突がないなんてことはありえないんだろうし。

 梨奈も夏樹もきっとそんなことを乗り越えて絆を強くしていった。

(……私も、美優子とそうなれたらな……)

 ううん、なれたら、じゃない。なろう。

「梨奈、ありがとうね」

 私は真正面からお礼を言って、また私の中にある美優子への想いを固めた。

 

 

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