あれからまた週が終わりに近づく。
私は毎日美優子のところに通うのは当たり前になって、そろそろ二週間にもなる。梨奈はあの日以来来てなくて、あれから進展もない。
だけど、帰るときに【さようなら】とは言ってくれる。【また】って言葉がないのは残念だけど、例えそれだけでも会話が出来るっていうのが嬉しい。
それに、気のせいかもしれないし、私がそう思いたいからそう感じるだけなのかもしれないけど少しずつ美優子が心を開いてくれてるような気がする。
そう思う。思いたい。
まだ、私のことを完全に信じられてないだろうけど絶対に信じさせて見せるから。
ただ……
「ごほっ、けほ」
お風呂から部屋に戻った私は、ベッドで火照った体を冷ましていると自然に咳が出てきちゃう。
「がふ、こほ」
息を吸うたびに咳が出そうになって、つばを飲み込むたびに喉が痛む。寝てても、咳一つで思わず頭が持ち上がって体がくの字になる。
「涼香ちゃん、大丈夫?」
下のベッドにいる梨奈が心配そうに問いかけてくる。
「平気―。って言いたいけど、結構辛いかも。頭も痛いし」
「熱、あるんじゃない? 体温計使う?」
「ううん、いい。自覚しちゃうと余計に辛くなるかもしれないし」
病は気からっていうし。
「やっぱり、疲れかな?」
「そうなのかなー。うん、そうかも。最近美優子の部屋の前にいるときはあんまり気にならないんだけど、帰ってくると疲れ出ちゃうのかな」
「美優子ちゃんのところにいきたいって気持ちはわかるけど、無理しちゃだめだよ」
「うん、でも、最近やっと信じてもらえてるような気がするんだもん。ここで一日でもやめちゃったら元の木阿弥になるかもしれない、から。頑張るよ。こほっ」
でも、結構ひどいのかも。会話の最中は頑張って抑えようとしてるのに思わず咳がこぼれる。
「ごほ、かふ」
我慢してた分、中々止まらなくて私は口をおさえながら何度も咳をする。
正直に言ってつらいっていうのはわかってる。体中が熱を持っているような気がするもん。
でも、行かなきゃ。今私が美優子に出来るのはそれくらいしかないんだから。
(うん、だから、明日も……頑張って、いかな、きゃ……)
頭、痛い。今日はもう寝たほうが、いい、かも……
「……か、ちゃん?」
そんな風に思いながらわたしの意識はいつの間にか夢の世界に落ちていっていた。
…………いつもの朝、目を開けると飛び込んでくる景色が見える。
真っ白とは言えないけど、白の天井。よく見ると薄汚れたりもしてる。特に目をそらしたいものじゃないけど、いつまでも見つめていたいとも思えない。
「ごは、ぐふ」
咳をするとその視界がゆれる。
見ていたいとは思もえない。けど、体がうまく動かなくてずっとそれを見る羽目になってる。
平たく言えば、風邪をこじらせた。ずっと美優子のところに通って少しずつ溜まった疲れがついに私の限界を超えたみたい。
筋肉痛とはまた痛みが体のそこかしこにあって、頭は持ち上げようとするとふらってくる。喉も腫れてるせいか声を出すものつらい。
こうして体を横にしてたってつらいのは変わらない。
(だけ、ど………)
私は痛む頭を抑えながらどうにか体を起こした。
「涼香ちゃん? どうしたの?」
下で看病というわけじゃないけど、心配してくれていた梨奈が声をかけてくる。
「うん……? そろそろ、行かないと……」
「行くって……美優子ちゃんのところ?」
「うん。だ、って、そうじゃないと、美優子、きっと……私の、こと、待ってて、くれてる、から。また、信じてもらえなく、なっちゃうかもしれないし」
「だ、駄目だよ。ベッドからでるのだってそんなに辛そうにしてるのに」
「あはは、大丈夫、さすがにそんなに長くいるつもり、ないから。でも、顔見せくらい、しておかないと……って顔見てもらえないけどね、かほっ」
「駄目。そんな状態で外になんか出せない。美優子ちゃんだってそんな涼香ちゃんに来てもらったって嬉しくないよ」
「あは…こんな調子悪いのに、来てくれるなんて〜。って、なる、かもしれない、よ?」
そういう小細工は使いたいとも思わないけど、でももし美優子が心を開いてくれるきっかけになるんならなんでもいいかも。
「う〜」
私は、一声意味のないうなりをあげるとそのつもりもないのにボスンとベッドに倒れた。
「ほら、そんなんじゃ。いけないでしょ? 絶対駄目だからね?」
何度も念押しする梨奈に私はベッドの縁を支えにして向き合った。
「はぁ、はぁ。でも、私がいかないと、美優子……私の、こと……また」
「涼香ちゃん」
同じ様なことを繰り返そうとする私に梨奈は少し語気を強めて私を見つめなおした。
なん、だろ。なんか、妙な迫力があるような。お姉ちゃんが妹を戒めるみたいな目。
「この前美優子ちゃんにも同じようなこといったんだけどね。涼香ちゃんは美優子ちゃんのことが信じられないの? 好きなのに、自分が好きになった人のことが信じられないの? 一日涼香ちゃんがいかなくなったくらいで、また美優子ちゃんは涼香ちゃんのこと嫌いになるって思う?」
「……………思わない、けど」
今の美優子は、わからない。思って欲しくない、けど。今の美優子は傷つけちゃってるから、傷つけちゃってるから。だから、会いに……
私は、それ以上うまく言葉がでなくてまたベッドに体を倒した。
(……………)
本当は、言い訳なのかも。私が、不安なだけ。また、嫌いなられるのが怖いだけ。
「……しょうがない。涼香ちゃんちょっと待っててね。私がいなくなったからって勝手に出て行っちゃ駄目だよ」
梨奈はそういうと部屋を出て行った。
そして五分くらいで夏樹を連れて戻ってきた。
「今日は、涼香ちゃんの看病するつもりだったけど私が美優子ちゃんのところに行って伝えてくる。そうすれば、涼香ちゃんも少しは安心でしょ? それにまたちょっと話したいこともあるし。夏樹ちゃん置いていくから何かあったら夏樹ちゃんにお願いしてね」
「梨奈……」
体調がすこぶる悪いのは誤魔化しきれない。もし、これで何かあったりなんかしたら美優子は絶対に気分よくないってのはわかる。
梨奈を、信じてみよう。
「……わかった」
「うん」
梨奈は手早く外に出る用意をしていく。
「ま、そういうわけだから、涼香。おとなしくしてね」
「あはは、よろしく、夏樹」
夏樹と適当な会話をしてると梨奈が用意を済ませて、ドアの前に立った。
「じゃあ、行ってくるね。夏樹ちゃん、涼香ちゃんのことよろしく」
「まっかせて」
「よろしく、梨奈」
「うん」
調子が悪かったからさっさと体を横にしたかったけど、梨奈を見送るまではと私は体をベッドの上で壁に預けながらドアを開ける梨奈の背中を見つめ………
(あ………)
ドアを開けた先、そこに私はある意味美優子以上に会いたくもあり、ある意味誰よりも会いたくないと思っている相手の姿が、
「せつな……」
せつなの姿が部屋のすぐ外にあった。
わたしはベッドの上に座りながら壁にかかっている時計を見つめる。
「…………」
そうしてからできるだけ無感情に目をそらして今度はドアを見つめる。
五分くらいするとまた時計を見つめて、今度は小さくため息をついた。ううん、自然にため息が出ちゃった。
この前の日曜日は、このくらいの時間にはもう来てたのに……
「涼香さん……こないの、か……な!!?」
小さく呟いてからそれを否定するようにブンブンと首を振った。
(……違う。涼香さんは、わたしのこと、なんて……)
きっと、どうでもいいんだから。今まで来てたのだって、どうせただの気まぐれでわたしのこと……好きとかそういうのじゃなくて、ただからかってるだけで……わたしなんかよりも、朝比奈さんのことが好き、なんだから……わたしのことなんて、飽きたらこなくなるに決まってる。
だから、来なくなっても全然不思議じゃなくて、きっと普通で、それが当たり前で、来ないってことが涼香さんがわたしのこと好きでもなんでもないって、遊びだったってことなんだから。
こういうこと考えてると無意識に膝に乗せた手に力が入る。痛いくらいに拳を作っちゃってそこでまた同じこと考えちゃったって気付いて心が沈んでいく。
「……………」
また、時計を見上げてすぐにそらして、これが当然なんだって思って……
涼香ちゃんのことが信じられない?
不意にこの前種島さんに言われたことが頭をよぎった。
また俯いてきゅって拳を作る。
好きになったのに涼香ちゃんのことが信じられない? 涼香ちゃんが美優子ちゃんの気持ち裏切ったり踏みにじったりって本当にするって思う? 美優子ちゃんが好きになった涼香ちゃんってそんな人?
「……違う」
涼香さんは優しくて、可愛くて、時々かっこよくて、まっすぐで、たまにからかいとかで嘘ついたりもするけど、わたしのこととっても大切にしてくれて……わたしの大好きな涼香、さん。
ずっと、そう思ってた。けど……
「でも……でも……」
あの、光景が、涼香さんと朝比奈さんのキスが……目に焼きついて離れない。目を閉じるとすぐにそれが見えて怖くて、悲しくて、涙がでちゃう。
きっと、涼香さんが好きなのは朝比奈さん。仲、すごくいいし、ずっと同じ部屋でわたしの知らない涼香さんのこともいっぱい知ってて………
(……くやしい)
朝比奈さんに負けてるのが、涼香さんに本当の想いを向けてもらえなかったのが。
すごく、悔しい。
でも、どんなに悔しいだなんて思っても涼香さんはわたしのこと、なんて……どうでもいい、んだか、ら……
違う、わたしはもう、涼香さんのこと、なんて……嫌い……嫌い、なんだから。これで、いい。涼香さんなんて、来なくて……
コンコン。
「ッ!!??」
突然のノックの音にわたしは肩を震わせた。
涼香さんのことなんて待ってないはずなのに胸が高鳴った。
(すずか、さ……)
でも、聞こえてきたのは。
「美優子……入るわよ」
朝比奈さんの声だった。