ベッドに座ったままのわたしは朝比奈さんが出て行ったドアを見つめる。
種島さんも、朝比奈さんが出て行ってから一言声をかけてきただけで一緒に帰っていった。
「……涼香、さん」
口癖みたいに自然と口元をついちゃう。
「…………」
朝比奈さんから伝えられた言葉を、ううん想いを必死に自分の中でまとめようとするのに、集中できない。
突然のことで頭の中がかき回されて、何一つまとまった答えが出てこない。
私、涼香が好き。
朝比奈さんの、悲痛な気持ちが私の心の中に入り込んで絡み付いてくる。
「好き、……朝比奈さんが……涼香さんのこと」
朝比奈さんが来る前にそうなんじゃないかなって思った。けど、
(あんなの……涼香さんのことを嫌いになるための言い訳。……だった、のに)
思い出そうとしなくても、はっきりと耳に、目に焼きついてる。
本気の言葉と想い。
知らなかった。気付かなかった。仲はいいって、うらやましいってずっと思ってた。けど、好き、だなんて考えたこともなかった。
思い返してみれば、いくらでも心当たりは出てくるのに。
わたしが勝手に涼香さんにキスしちゃったとき、謝りたくて寮を訪れたとき、涼香さんが話にくるっていう電話をくれたとき。冬休みに涼香さんが一人でいるって教えてくれたとき。
心当たりはあるのに、わたしとおんなじように涼香さんのことを想ってたなんて……
涼香さんのことは、あそこまで拒絶して信じようともしなかったのに朝比奈さんのことは疑いを持つこともなく全部信じられた。ううん、さっきの朝比奈さんのことを信じられない人なんていないって思う。
「朝比奈さん、どんな、気持ちだったんだろう……?」
涼香さんが、好きな人が他の人と一緒にいて笑ってるって気持ち。そのときの朝比奈さんの気持ちに思いをめぐらせることすら怖い。涼香さんはそれに耐えられなくて、家を出た。
そのくらい、辛くて苦しくて、圧倒的な、絶望。
あのキスは……そんな朝比奈さんの苦しみが溢れた。涼香さんの意志とは関係なかった……?
本当に朝比奈さんが……無理やりしたんだとしても、許せない、けど……わたしがもし、朝比奈さんの立場だったら……
(しちゃう、かもしれない。キスをしてる間だけでもいいから、わたしのことだけを考えてもらいたいって、思う)
好きって思ってもらえなくても、憎まれても……好きな人が自分のこと考えてくれるなら……
涼香さんだって、その絶望を誰よりもよく知ってるんだから、朝比奈さんを拒絶できなくても仕方ない……
「でも、でも……」
そんなの頭じゃわかってるふりはできても心が誤魔化せない! どんな理由があっても、わたしの目の前で涼香さんは朝比奈さんからのキスを許した。
わかる。きっと涼香さんはびっくりして動くこともできなかった。わたしも声も出せなかったんだから。
いくら考えようとしても、理屈と感情がぶつかりあって何もまとまらない。
「……涼香、さん」
わたしはボスンとベッドに倒れると小さく涼香さんの名前を呼んだ。
「風邪、引いてるって言ってた」
……わたしのせいで。
そう、わたしのせい。毎日、学校終ってから、お休みの日は午前中からずっと。廊下でただわたしのことを待って。なのにわたしは涼香さんととにかく会いたくなくてずっと待たせて。
体だけじゃなくて、心だって疲れてく。風邪くらい引いても、ちっともおかしくない。
好きでもない人にそんな二週間も通いつめるなんて、できるわけない。種島さんや朝比奈さんが言ったとおり、
……わたしのこと好きでいてくれなかったらできるわけがない。
それも頭じゃ理解できる、のに。
「涼香、さん………」
……どうしたらいいの? 涼香さんのこと、許したいけど許せなくて、会いたいけど、会いたくなくて
嫌いになったはずなのに、やっぱり、……好きで。
でも、どうしても許せなくて。
「涼香さん……わたし、わたし……」
意味のなさない言葉を発しながらわたしはわたしの一番望みにしたがって、ふらふらと立ち上がっていた。