美優子が来てくれた日から三日。

 私はずっと学校を休んでて、あの日以来美優子と会ってない。でも、梨奈からちゃんと学校には来てるって話は聞いている。いつもの美優子に戻ったわけじゃないらしいけど、学校に来てくれてるってだけでも嬉しい。

 それと、遠まわしにせつなの様子を梨奈に聞いてみたけど私から話すことじゃないって言われてしまった。

 梨奈がそういう風にいうのも珍しい。いつもならそれとなくなにか言ってくれるのに。

 そりゃ……言えるわけないのかもしれないけど。

 私がいくらせつなのこと気にしたって、せつなはそれを望んでないのはわかってる。私の同情なんてせつなには裸の心に刃を突き刺すようなものだってわかってる。

 美優子だって私がせつなのことばかりを気にしていたらいい気持ちになるわけがないのもわかってても、それでも、気にせずにはいられない。

 せつなのことをどうにかしなきゃ、私は美優子にだって向かえない気がする。せつなも美優子も望んで無くても……私の気持ちが整理つけない。

 だからこの三日、一人静かな寮で寝込みながらせつなのことばかりを考えていた。

 そんな三日目の午後、学校じゃ一日の最後の授業が終るくらいの時間、突然宮古さんが部屋にやってきた。

「友原さん、調子はどう?」

「あ、大分よくなりました」

 私は仮にも管理人さんを相手に寝ながらしかも上から見下ろすのは悪いと思ってベッドから出ようとする。

「あ、いいわよ。そのままで、少し話をしたいだけだから」

「あ、いえ、もう大丈夫です」

「そう? じゃあ、悪いけど私の部屋に来てくれない? もうすぐみんな帰ってくるかもしれないから」

「は、い……?」

 基本的に人に聞かれてまずい話をする人じゃない。ということは、ある程度なんのはなしか予想できるような気もした。

 まだ若干重たい体を引きずって宮古さんの部屋についていった。

「コタツ、入っていいわよ」

「あ、はい。ありがとうございます」

 私が言われたとおりにコタツに入っていくと、宮古さんは少し困ったように髪をなでながら宮古さんも私の対面に腰を下ろした。

「さて、と……」

 宮古さんは眼光を鋭くして私のことを見つめた。

 そこまできつい瞳じゃないけど私を萎縮させるには充分な力。ううん、きっと話題に予想が付いてるからそのことに私は心をひるませている。

「今、朝比奈さん、あの部屋にいないわよね」

「……はい」

「種島さんと朝比奈さんが入れ替わってるのは知ってるの。詳しくはわからなくても理由があるっていうのもわかってるつもり」

「はい……」

「でもね、やっぱり理由があるってわかっててもあんまり長期間このままにしておくわけにもいかないのよ」

「……はい」

「だから、単刀直入に聞くわね」

 宮古さんは机の上に組んだ両手を乗せて真剣な目で私を射抜いた。

「はい」

 私はそれから目をそらさずにいるのがせいいっぱい。

「朝比奈さんと、もう一緒の部屋にいられない? いたくない?」

「……………」

「もし、どうしてもそうなら、部屋を変えてもいいけど……」

 ……昔、ときなさんがせつなと一緒にいたくないかって聞いてきたとき。私はそんなことないって答えた。思わず、怒鳴っちゃうくらい。せつなのこと嫌いになるなんて、絶対にないってそう伝えた。

 けど、今は

(っ)

 胸にむかむかした正体不明の気持ち渦巻いて私はそれを外に出すことも無く、でも体の中に抑えておくこともできずに宮古さんから見えない位置で拳を握り締めた。

「……せつなには、聞いたんですか?」

 こんなことを聞いてどうするつもりだろう。もし聞いていたのならせつなの意見を聞いてから考えようだなんて卑怯なこと思ってるんのかな。私は。

 今度は自分の不甲斐なさに唇を噛み締める。

「えぇ」

「っ! なんて、答えてました?」

 あくまで卑怯な私を、宮古さんは深い森の湖のような落ち着いた瞳で見つめていた。

「友原さんが嫌なら、そうするって」

「……そう、ですか」

 なにそれ……なんで私まかせなの。ずるいよ……そんなの。

 ううん、わかってはいるつもり。ずるいのは私だって。なによりも私が応えなきゃいけないんだってことくらい。

「それで、どうする? 友原さん」

 そんなの私のほうが聞きたいです。

「…………………………………私は」

 長い沈黙のあと私はかすれるような声をだした。

 もし、この前美優子に話を聞いてなかったら私は別の答えをしていたかもしれない。

 でも、せつなは……美優子に話をしにいってくれたの。美優子にだけは知られたくなかった気持ちを話してまで自分の責任を感じてくれてたの。

 だから、私の答えは。

 

 

 学校が終って、数時間。

 宮古さんの部屋から出た私は自分の部屋に閉じこもっていた。ベッドに戻る気にはなれなくてテーブルでドアを見つめてはそらすということを繰り返していた。

 

「せつなと……別れたくは、ない、です」

「そう。じゃあ、近いうちに戻ってもらうわよ」

「いえ……今日、にしてください」

「………わかったわ」

 

 さっき宮古さんとした会話を思い起こしながら整理できるはずもない気持ちを少しでも纏めようとしていた。

 カチャ……

 しばらくそうしていた私に待ち望み恐れていたことが訪れる。

 …………凍りついた表情と死んだような瞳。

 静かな音を立てて開けられたドアから入ってきたのはそんなせつなだった。

「せつ、な……あの」

「……………」

 私は思わず立ち上がってせつなを出迎えた。

 何を、言おう……なんていったら……

「あ、の……おか、えり……っ」

 言葉を見つけることのできなかった私の横をせつなは無言で通り過ぎていった。私に一瞥もくれることなく。

「あの、せつな……」

「…………」

 せつなは応えない。まるで私そのものがこの部屋にいないかのような振る舞いだった。

 それに私は異様な不安を覚えてしまう。一瞬でいろんなことが駆け巡ってくる。やっぱり、今日からだなんていうんじゃなかった、とか。そもそも戻ってきて欲しいなんていわなければよかったとか。どうしてこんなことになっちゃッたんだろう、とか。

 顔すら向けてくれないせつな。

 気を引きたかった。まずは話してもらえなきゃ何も意味ないって思った。

「せつな……………ありがとう、ね」

 それを聞いたせつながどんなことを感じるなんて考える余裕なんて無かった。

「なにが、よ……」

 凍った表情も、死んだ瞳も変わらないけど、声は泣きそうなくらいに震えていた。

「美優子が、来てくれた、から」

「っ……なにも、変わって、ないのね。涼香、は……」

「え……?」

「変わってないっていってるのよ!! あの時と同じまま……夏休み入ったときのまま……なにも……変わって、ない」

 力のこもらない瞳を潤ませてせつなは想いに声を滲ませた。

「え……、なに、が……?」

 確かに変わってはないかもしれない。自分じゃそうは思ってる。最低なまま、卑怯なままとは自分じゃ思ってる。

 けど、せつなが言っているのはそういうことじゃないと思う。

「っ……」

 心を押し殺そうとしているせつな。完全に抑えようとしているだろうに自分でも気づかない隙間から気持ちが漏れていく。

「そういう、ところが……何も、変わってないっていってるのよ」

 せつなは私に背を向けた。哀切の漂う背中から、泣いているような声が響いてくる。私を見れないんだって、私に顔を見られることを拒否しているんだわかって私も部屋の入り口で凍ってしまう。

「……話、かけないで」

「っ。え……」

 心に穴が空いてしまったような不安な感じがした。

 話しかけないで。

 そう言われた。

(待ってよ……)

 なんでそんなこと言うの? 言われても仕方ないかもしれないけど……でも、そんなこと言うなら、はじめから部屋に戻ってこなければよかったじゃない。私が嫌なら部屋から出て行くっていったんでしょう? 

 なら、なんで話しかけないでなんていうの、よ。

「せつな……」

 私はわけわからないまま、せつなの名前を呼んだけどせつなは私の声なんて聞こえなかったかのように自分のベッドに横になってしまった。

 

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