ビュウゥ。

 冷たい風が吹きすさぶ。

 青い空に、冬の強い風に流される雲。抗うこともできずただ流れていく雲。私はそれを少しみつめた後、視線を前に戻した。

 見えるのは屋上の入り口。

 屋上のフェンスから少し前にでた位置で屋上の入り口を、ううん、見ている方向はそうでも見ているのは違う。私が見ているのはここにはいない人の姿。

 せつなの、姿。

 別に今さら、夏休みのことや……あのせつなをふったときのことを思い返してるわけじゃない。

考えてるのは今のせつなのこと。

(どうして、あんなこと……言うのよ?)

 ずっとせつなが部屋に戻ってきたときに言われた、【話しかけないで】という言葉のことを考えてる。

 わけ、わかんないよ。なんでせつなにそんなこと言われなきゃいけないの? 戻ってきたのは……せつなの意思でしょ? 

 私が戻ってきてって言ったってせつなはそれを断れたはずでしょ? 私を拒絶できたはず、でしょ?

 そうしなかったのはせつなでしょ? なら、話しかけないでなんていわないでよ……

「……違う、できなかった……のかな」

 私は小さく首を振った。

 私を拒絶しなかった、じゃなくてできなかった、のかな。

好きな、人のことを拒絶するなんて、できない……よね。でも、それなら……やっぱり話しかけないでなんていわないでよ。

「……………」

 わかってる、つもり、なの。誰も私がせつなのことを気にすることなんて望んでないって。

 美優子はもちろん、梨奈や夏樹だって事情を知っていればせつなのことを気にしちゃいけないっていうと思う。

 なによりせつな自身にだって、私に何を言われても、されてもそれは優しく傷つけられるんだって私は知ってる。その痛みを。

 だからそもそもせつなのことを気にしてるなんて私だけ。頭の中じゃ、わかってるつもり、居心地が悪くても、後ろめたい気持ちがあっても、せつなのこと気にせずに美優子のことだけを気にするのがきっと正しいんだって。美優子のことを想うのが正しいんだって。

 わかってる、つもり。

「で、も……」

 せつなの気持ちをある程度は察することはできて、せつなが私のために、そうせつなは私のために美優子に話をしにいってくれた。自分を苦しめるのが判りきってるのに、他の誰でもない私だけのためにせつなは美優子に会いに言ってくれた。自分の気持ちを……美優子に話した。

 なのに、それを忘れて、せつなが原因を作ったからって美優子の前で笑顔になれるの!? 

(げん、いん……?)

 原因、か。そもそも、せつなが悪いのかな? 悪いのって……私、なんじゃないの? だって私が、せつなにプレゼントなんてあげようなんて思わなければ……せつな、だってあのとき、あんなことしてこなかったんじゃないの? 

 やっぱり、私が悪いの? こうなちゃったのだって……自分の責任、なの? 

(ち、がう)

 理由があったって、せつなのしたことは……許せないことって、思う。でも、それは私の責任でもあって……

 きっとこれ、こんな風になんでも自分のせいって考えるの私の悪いところとは思う。

だけど、せつなのこと忘れて美優子の前で笑うなんてやっぱりできないの。

 私以外だれも望んでなくても、なにより私がどんな形でも、どんな結果になっても、せつなと話をしなきゃ、美優子の前でも心から笑うなんてできない。

 でも、せつなは話すら聞いてくれない。

(……せつなと、話、したいよ……)

「せつな……」

 私はそこにいて涙を浮かべていたせつなの姿を思い起こしながらせつなの名を呼んだ。

「どうすれば、いいんだろう」

 そして、決して答える人のいない、私の中からしか出るしかない答えの呟くのだった。

 

 

 でも、どうすればいいもなにもとにかく私から動かないとせつなが私と話してくれるなんてない、よね。

 私はトボトボと部屋へ向かって歩いていた。固い床の感触を感じながら屋上で考えていたことを思い返す。

 誰かに相談できたらとも思うけどそれで解決することじゃないこともわかってる。それに私の中に、どんな形だろうとせつなとちゃんと話をしなきゃ美優子にも向き合えないっていう答えがある以上相談したとしても、その相談相手からの提案や答えを私が受け入れられるかわからない。

 責任は私にあるんだから、結局私がどうにかしなきゃいけない問題なのは変わらないし。

(だから……)

 私は部屋の前まで戻ってきて入り口で立ち止まった。

 せつなと話を、しよう。

「ただいま」

 ノックすることもなく部屋に戻っていった私を出迎えるのは

「…………」

 沈黙。

 せつなは部屋にいる。

 でも、ルームメイトの帰還に一言もかけてくれることはなかった。

 ベッドで私を避けるように、壁側をむいて横になっている。私が見ることになるその背中は見ていて気持ちいいものじゃない。

 あの、せつなと美優子の誕生日のときほどじゃなくても見ているだけで不安になってくるせつなの背中。

 私はそこに手を差し伸べたかった。それがただの自己満足だったとしても。

「せつな、あの」

 私はゆっくりとベッドに近寄っていって、せつなに声をかけた。

「……………」

 当然のように返事はない。戻ってきた日からそう。せつなから話しかけてくることも無ければ、私から話しかけたって沈黙を返されるだけ。

 それ以上踏み込むのが怖かったけど、でも話をしなきゃ今の場所から変わんない。変われない。

「聞いて、私せつなと話がしたいの」

 何をどう話そうかもわからないけど、話がしたい。

「…………」

「せつなは嫌かもしれないけど、私は、それでも話がしたい……」

「…………」

「私このままじゃ、駄目だから、だから」

「……黙って」

「っ」

 久しぶりに投げかけられたせつなの声に一瞬震えはした。

 けど、

「い、や。私、せつなと……?」

 ひるみながらも前に進もうとした私にせつなはむくりと起き上がって

「あ………」

 無言のままベッドから降りると

「せつな……」

 パタン。

 私を拒絶するかのように部屋から出て行ってしまった。

 

 

 ガヤガヤ。

 憂鬱な気分で休み時間を過ごす私の耳になんだか喧騒が聞こえてくる。

「ねね、あんた誰にあげるの?」

「え〜、あたしは〜……」

「……うそ〜、ショックー」

「えー、かぶってるんだけど……」

 机に肘を突きながら何騒いでるんだろうと聞き耳を立てるとそんなことが聞こえてくる。

 何の話だろ? そういえば、最近何かやけに教室っていうより、学校全体がざわついてる感じだけど。

「すずかー」

 その丁度、ざわついているグループ……まぁ、ほとんどがそうだけど、とにかく今まで話してた人たちの一人が私のところにやってきた。

「んー? なに?」

「涼香はさー、バレンタインにチョコ作るの?」

「バレン、タイン……あぁ」

 うん、そう言えば、もうそんな時期だ。

 あぁ、だから学校全部が浮ついてるような感じになってるのか。

「なに、その気のない返事は」

「あぁ、何でも。チョコ、か」

 美優子やせつなのことで完全に忘れてた。中学の頃までは、本命とか義理とか関係なくお菓子作るのが楽しくて友だちにはほとんどあげてたけど。

「どうしよう、かな」

 私は肘はそのままに指を口元に持ってきて首をかしげた。

 どうしよう。完全に忘れてた。

 美優子は、覚えてるかな? 覚えてる、よね。そういうの、結構気にしそうだし。

 せつなは……

 頭にせつなを思い浮かべると私は視線を机に落とした。

 せつなも、覚えてはいると思う。でも、だからって……それを口にするわけ、できるわけないだろうけど。

「涼香?」

「え? あっ! えっと……まぁ、……多分作るとは、思う」

「へぇー、ねね、義理でいいからあたしにも頂戴よ、涼香の作るお菓子っておいしいからさー」

「あぁ、うん……」

 それどころじゃないんだよ……

「なんかあんまり乗り気じゃないね。本命オンリーとか? ってか、本命いるの?」

「あぁ、うん……そだね。どうしよう」

「……なんか、それどころじゃないっぽいね。まぁ、いいや、もし作ったら頂戴ね。あたしもお返しくらいはするから」

「あ、うん」

 目の前にいる友達を差し置いて、美優子とせつなのことだけに思考を奪われて上の空になってた私に気を使ったというか、愛想を尽かしたのか社交辞令のようなことを残して去っていく。

「バレンタイン、か……」

 私は自分だけの耳に届くような声を出して、それを頭の中に実感させる。

 美優子には、あげるとは思う。こんな状況でも、今の今まで気付かなかったくせに今さらだけど、美優子にはあげたいって思う。

あとは梨奈や夏樹にも、あげたい。色々お世話になったし、くれるだろうからお返しもしないと悪いし。

 でも……

(……せつな)

 今度は心の中だけでつぶやく。

 友チョコが普段の感謝を表すものなら……って、みんなそんなの考えてるわけじゃないけど、私は友チョコって普段の感謝を形にするものだって思ってる。

 その意味なら、せつなにあげない理由はない。

 でも今のせつなにそんなことしても……

 私はチラリと斜め後ろに視線をやった。

(っ……)

 そこにはまるでであった頃、ううん出会ったときよりも心を閉ざし、孤独に住むせつなの姿があった。

 

 

23-1/23-3

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