学校の教室の半分ほどの空間。
家庭科室みたいにいくつかの水場が用意されていて、そこに所狭しと寮の人たちが集まっている。部屋の中にむせ返りそうなくらいにあま〜い香りが充満しているのはみんなが同じことをしているから。
そうバレンタインを間近に控えて、放課後の寮の調理場は人でいっぱいになりみんなそれぞれ自分のチョコを作っている。グループで作ったり、一人でもくもくと作業をしたりしていて私は一人でやっている。
こんな状況だけど、ううん、こんな状況だからこそきっかけがほしかった。結局ほとんど話せていない美優子はもちろん、梨奈や夏樹に、それと………………………………せつなに。
私は我がままで、最低だって思う。でも、このまませつなのことをほったらかしにしたら私は私じゃなくなる。
抽象的でそれに自己満足なんだろうけど私が私じゃなかったら、私はだめなの。きっと、美優子だって私が私だったから好きになってくれた。
……せつなだって。
私が私であるために、そして美優子やほかの人の前で心から笑えるようになるには【私】じゃなきゃだめ。責任や原因がせつなにあっても、私のために美優子に自分の気持ちを話してくれたせつなを忘れるなんてできない。絶対に。
話せば、せつなを傷つけるかもしれない。それでも、私はせつなと話をしたい。これ以上傷つけたくないからって、せつなから逃げたくない。
区切りをつけなきゃ……
実際のところそれが区切りになるのかはわからない。私の考える区切りなんかせつなには意味ない。というよりも、それは自分で思わなきゃ、自分でつけなきゃ意味がない。
せつなが……自分で区切りをつけなきゃ……
でも、それは自分でだけじゃきっとどうにもできない。私がこんなこといっていいのかわからないけど……好きな人への想いに区切りをつけるなんて……きっとできはしない。
私だって……さつきさんのこと……好きなのは変わってない……独占したい、のも。
思考をしながらも、ボールに入れたチョコを溶かしていった。ボウルに溶けたチョコに風船をつけて、『バルーンチョコのカップ』を作っていく。
冷やして花のようなカップのチョコになったのにあとはクッキーや果物なんかを載せて完成させる。
これは友達用。
美優子用のはもう作ってあって、後はせつなにあげるのだけ。
(……どうしよう……)
だけど、そこで私の手は止まる。
せつなにあげるっていうのは決めている。受け取ってもらえないかもしれない。だけど、私はあげたいって思っている。たとえ、拒絶されても。
それで絶対に話をする。せつなを苦しめても、このままでいるよりは……私の勝手な思い込みかもしれなくてもマシって……ううん、根拠はないけどそうするべきなんだって思う。私にとってもせつなにとっても。
それが、せつなや美優子が好きになってくれた【私】がすることだと思うから。
(……そう、だよね。それが【私】なんだよね)
そうして、私はようやくせつなのためのチョコを作りはじめた。
「すぅ……」
息を深く吸い込む。
「はぁー」
それから目の前のドアをみつめて無意識に重苦しい空気を吐き出した。
バレンタインの前日。私は自分の部屋の前でたたずんでいる。馬手にはチョコ、弓手はお腹辺りの服を無意識につかんでいた。
持っているチョコはせつなへのチョコ。本命でも、義理でも友でもないチョコ。それを今から渡すつもり。当日じゃなくて、今。
当日じゃないことでチョコの重みを減らそうとしてるのかもしれない。
このチョコをもらってせつながどう思うか正確にはわからなくても、絶対に傷つくことだけは確か。
嬉しさも否定できないかもしれない。でも、それ以上に傷つくのはわかる。けど、とまらない。わかっても……私はとまらない。せつなを傷つけることをやめない。
これは、せつなへの区切りなんかじゃなくて、私が美優子の前で笑うための………そのための通過点なのかもしれない。美優子の前で笑いたい自分がいて、どんな形でもせつなと話をしなきゃ美優子の前で笑えないって思う私がいる。
(だ、けど……)
せつな、だって、このままじゃ、いられない、はず。いつまでも今の関係を続けてたって……だから……せつなの気持ちの区切りを私はつけられなくても……これで……そのきっかけに……
「いいわけ、だよね……」
小さな声でつぶやく。
これは、私の、ため。いくら取り繕うとしても……結局は私が楽になりたいから。想いの狭間で揺さぶられるのに耐えられないから。
せつなは……くるんでるかもしれない。地獄にいるかもしれない。
「だけど、私、だって……」
苦しいよ……せつなと美優子のこと苦しめてるのが苦しい。せつなの痛みをわかるくせにその痛みを苦しみを与えているのが私だっていうのがすごく、つらい。
自分勝手だなんてわかってるよ!? だけど、もう……こうしなきゃ……私だって、耐えられない。
決意は済ませたのに。チョコ作ってから、何度も同じように悩んで、そのたびに振り払って決意を固めたはずなのに。
その決意はチョコよりも簡単に溶けていく。塗り固めても、塗り固めても……私の中から溶けていく。
こんなとき、いつもせつなが背中を押してくれた。揺らいだ決意を支えてくれた。
今は誰もいない。
(逃げちゃ……だめ)
ここで逃げるのは……私じゃ、ない。私じゃないから。
今までずっと逃げてきたくせに。逃げてきたから……こうなってるのに……でも、逃げたら……私じゃない。せつなに受け取ってもらいたい、言葉にして伝えたい想いがあるから。
(だから!)
私はついに震える手をドアノブにかけた。