せつなが去り二人きりになった部屋で私と美優子は私のベッドに上がっていた。
ベッドに腰を下ろして壁に寄りかかる美優子に私も隣に座って見つめる。
「それで、美優子。話って、何?」
このまま黙っているわけにもいかないはずなので私から切り出してみる。
「…………」
だけど、美優子は無言だった。膝元を見つめながら何かを思っている。勝手な想像だけど、決意を固めてるのかもしれない。どんな話をするにしても、覚悟がいるって思うから。
もちろん、その決意を固めてはきたはずだけどそれでも相手を目の前にしたら揺らいじゃう。
私だって、そうだもん。
「涼香さん……」
「っ。美優子?」
美優子は突然私の手を握った。指と指を絡ませて。
「しばらく、こうしててもいいですか……?」
「うん」
繋いだ手からは美優子のあったかい熱が伝わってくる。私は強く握り返すわけでもなく、私の手の先に美優子がいるっていう事実をただかみ締める。
私の手の中に美優子がいる。
あんなことがあって、美優子が部屋に閉じこもっちゃって、信じてもらうために毎日通って、風邪引いちゃって、せつなが話しに言ってくれて、美優子が会いに来てくれて、それでもちゃんと仲直りができなかった。
そんな美優子が私の隣でこうして手を握ってくれる。それがたまらなく嬉しかった。
顔が赤くなったりはしてないけど、口元が自然に緩んでしまう。
どきどきも隠せない。
まだ美優子が何を言うのかはわからなくてもそれは嬉しかった。
「っ、美優子……?」
手を繋いでいるだけだった美優子が肩を寄せて頭を預けてきた。
「すみません、こうさせてください」
「……うん」
さっきまで美優子でいっぱいだった私の頭の中に別の人間が入ってくる。
それは……
(……せつな)
こんな光景を知っている。せつなと倉庫に閉じ込められたときと同じ。手は繋いでいなかったけど、こうして私に頭を預けて何かを思っている。
そしてそれを知るすべは私にはない。
だめ、せつなのことを考えてちゃ。今はそんなこと思っちゃだめ。美優子のことだけを考えなきゃ。
数分だったのか、十分ほどだったのか、それとも数十分だったのかわからない。
美優子は私に体を預けたまま少しだけ、ほんの少しだけ幸せそうに口元をほころばせていた。
「……涼香、さん」
そして、私の握る手に力を込めるとようやく口を開いた。
「何?」
「私、涼香さんのこと、好きです」
「え……」
「好きです、涼香さん」
「あ、ありがとう……」
手をそのままに美優子は体をむき合わせて、決意のこもった瞳で私を見つめてきた。
私は美優子のいきなりの告白に戸惑いながらも胸を暖かくさせて、私も素直な気持ちを返す。
「私も、美優子のこと、好きだよ」
「……はい」
美優子はそれに頬を染めながら返してくれた。
このまま、簡単に想いを通じ合わせられるなんて想像もしてなかったけど、やっぱりそううまくはいかないことはそのまま明るくならなかった美優子の表情を見ればわかった。
「朝比奈、さんは……」
「っ、せつ、な?」
「朝比奈さんのことは……好きですか?」
(っ!!??)
予想をしてなかったわけじゃない質問。だけど、美優子の口からせつなの名前が出されることにどこか不安と小さな恐怖を抱いてしまう。
答えに迷うところかもしれない。でも、私は迷わない。決めたから、隠し事なんてしないで自分の気持ちを素直に話すんだって、決めてるから。
「……好きだよ。せつなのこと」
「そう、ですよね」
美優子の声は悲しみでも喜色でもない。予想していたことがそのとおりになったような声だった。
「でも、ね、美優子……」
「私、この前来たときからすごく、考えました」
まだ続きのあった私の言葉を意図的にさえぎられて私は口を閉ざした。
「涼香さんのこと、たくさん。朝比奈さんのこともずっと、考えてました」
「どんな、こと?」
「色々、です。私、何も知らなかったんだ、とか。朝比奈さんのことすごく傷つけてたんだとか、私、一人だけ何も知らないで涼香さんに優しくしてもらって……本当にずるいですよね」
「そ、そんなことないよ」
「……ううん。そうです。自分のことばっかりでただ涼香さんに私のこと見てもらいたいって思って、それ、ばっかりで……本当に、ずるい、ですよね……」
無知だった自分を恥じて、無意識にせつなを傷つけてた罪に押しつぶされている美優子はとても小さく見えた。
「わたし、朝比奈さんのこと、好きです。とっても、大切なお友達、です。涼香さんといつも一緒にいて、うらやましいって思ったり、ううん、妬んだりしたけど、それでも……あの日、涼香さんだけじゃなくて朝比奈さんもいてくれたから、わたしは……学校にこれたんです。お二人みたいに、なれたら、って、わたしもこんなお友達が、欲しいって……」
心細そうな美優子。自責と呵責と苛まれて、自分の心に押しつぶされてしまいそうな美優子。
私は手の中にある美優子の手を強く握り締めた。崩れてしまいそうな美優子を支えるように。
「なのに……朝比奈さんの、こと……あんなに傷つけて、でも、どうしても、許せなくて、朝比奈さんにすごくひどいことしてるのに、……わたし朝比奈さんになにもできない。それ、どころか……わたし、涼香さんのことが、大好きで、朝比奈さんに悪いって思っても、ひどいことしてるってわかっても、涼香さんのこと好きなんです! どんなに理由をつけたって涼香さんのこと好きなのは取り消せないんです」
「美優子……」
私は繋いでいる手をそのままにあいていた手で美優子のことを抱き寄せた。
柔らかな感触と、優しいにおい。私に泣いてるところを見せたくないのか、涙をこらえながら震えていた。
「……どうして、こんなこと、してくれるんですか……?」
「美優子がして欲しいように見えた、から、その……」
そう、見えた。美優子が私の想いを欲しがっているって、そう見えた。それに、なにより私が抱きしめたかった。苦しんでいる美優子のことを支えたかった。
「なんで、そんなに優しいんですか……? わたし、こんなにひどい子なのに、早とちりで涼香さんのこと嫌いになって、信じられなくなって……朝比奈さんのおかげでまた、涼香さんに会いにいけた、のに……朝比奈さんをずっと傷つけてて……」
こんな風に自分を責めてしまう気持ちはわかる。けど
「そんな、……ひどくて……最低で……自分のことだけ、しか考えられない、のに、優しくなんて……」
美優子が今自分をどんな風に考えてても、私の答えは決まってる。
「美優子が、好きだからだよ」
気持ちを込めた。これだけの言葉に、私の気持ちをありったけ全部込めて言葉にした。美優子の心に届くように。
私のためにわずかな隙間を空けて閉ざされている美優子の心に届けるために。
「私は美優子が好きだよ。美優子が自分のことどんな風に思ってても、私はそんな美優子だから、誰よりも優しくて、人のことを思っちゃうような美優子だから、すきなの。大好きなの」
「すずか、さん……」
美優子の瞳から溜まっていた涙が零れ落ちる。
少しすると、美優子は私の背中に手を回すときゅっとつかんでくれた。美優子の心に入り込んだ私の想いに手を触れてくれた。
「わたし、も……好きです。涼香さんのこと……大好き、です。それだけは変わらなかった、です。嫌いって言っちゃったときも、朝比奈さんが来てくれてから悩んでいるときも、涼香さんのこと好きっていう想いは変わらなくて、ずっと……涼香さんが好きでした」
「美優子っ……」
抱きしめている手に、繋いでいる指にこれ以上ないほどに想いを込めた。美優子に私の気持ちを知ってもらいたくて、美優子の気持ちをもっと感じたくて。
(美優子……)
拒絶された。嫌いって言われた。信じてもらおうとがんばった。でも、なかなかうまくいかなかった。もしかしたら、このまま嫌われたままになるんじゃって本当は不安にもなった。美優子が来てくれたときだって、嬉しかったけど怖くもあった。まだ私を受け入れてもらえなかったから。
なのに、今美優子がいる。
ここにいる。
私の手の中で、私を好きって言ってくれている。
「ねぇ、美優子」
「……はい」
そのきっかけをくれたのは……せつな、だ。
仲直りするきっかけをくれたのはせつな。ううん、初めて美優子に好きって言えたのだってせつながいてくれたから。
(……せつな……)
私は一瞬、ほんとに一瞬だけせつなの姿が頭の中をよぎった。諦観して私を見つめるせつなの姿が。
美優子は自分がせつなのことを傷つけてるっていった。けど、違うせつなを傷つけているのは私。私、なんだよ。
「涼香、さん?」
「っ」
私は美優子の呼びかけにはっとわれに返った。
「……美優子、あのね」
「はい」
「私、美優子のこと大好きだよ。でも、もしかしたらこんな風に喧嘩することだってあると思う。また泣かせちゃうこともあるかもしれない」
「…………」
「だけど、私が美優子のこと好きなのは変わらない。たとえ、喧嘩したって、もし泣かせちゃったって、嫌いなんかならない。ずっと美優子のことを大切に思うって誓うよ。だから……」
私はせつなのことを傷つけている。こうすることがせつなを傷つける。それをわかっても、こうすることがせつなの想いに応えることって綺麗ごとを言える。言うしかない。
「わたし、も、です。わたしも涼香さんのことをずっと大好きで、大切って想います」
私たちはいつのまにかお互いに顔を見合わせていた。
「うん、ありがとう、美優子」
「涼香さん……」
そして、私は美優子に、美優子は私に惹かれていった。
『……ん』
想いを伝え合う口付けを交わした。