部屋を出た私は一人屋上に佇みながら、心を殺しながら景色を見つめていた。

 真冬のこの時期、風すさぶ屋上など凍える寒さだが、ここにいたかった。

 私の思い出の場所、だから。

 涼香に振られた場所、だから。

 恋が終わった場所……のはずだった。

「涼香……」

 堪らずに私は涼香の名前を呼んだ。こんな行為意味がないとわかりきっているのに、涼香の、好きな人の名前を呼んでしまう。求めてしまう。

 終わったはず、だった。望みのない恋に終わりを告げて、楽になりたかった。

 涼香の幸せが私の幸せと無理やりに思い込んで、涼香のそばで傷つきながら笑うことを選んだ。

 なのに、結局は抑え切れなくて……同じ痛みを味わうことになった。

 自業自得、とか、身から出たさびといえば、それだけではあるのだ。悪いのは私、好きあっている二人を奪おうとし、引き裂こうとした報いを受けただけ、因果応報。

 言葉にしてしまえば簡単にまとまってしまう。

「美優子、と一緒、だった……か」

 屋上の金網をつかんで、涼香が帰ってきたときのことを思い出す。

 二人並んだ姿を見るのは久しぶりだった。私の一番嫌いな光景。涼香の部屋に戻ってから、涼香を無視しながら涼香を見ていたが二人でいることはなかった。

 それがやっと、あの最悪な光景を見せてきた。

(……美優子のあの様子なら)

 あの美優子の目……おそらく二人はよりを戻すだろう。

(……そう、なってもらわなきゃ……)

 そのために、地獄のような屈辱を味わってまで美優子に話にいったんだから。

いや、始めから美優子は涼香のことを嫌いになったわけではなかったんだし、こうなることはわかりきっていた。私はその時期を少し早めただけ。

 馬鹿な涼香は美優子に話に言ってくれてありがとうだなんて言ってきたけど、涼香のためじゃなかった。

 そういわれたかった、だけ。二人の仲を戻すことで、戻そうとしたという事実で自分の中の罪悪感を弱めて、涼香に……感謝されたかっただけ。涼香にうらまれたくなかっただけ。

 全部自分のためだ。

 不幸な、悲しんでいる涼香を見たくなかった。私のせいで不幸になる涼香を見ていたくなかった。

 涼香の幸せが、私の幸せと偽ることはできなくても涼香の幸せじゃなければ、私は幸せにはなれないから。

 これでいい。

 私は涼香が好き、なんだから。

 これが、涼香を想う、方法なのだ。私が涼香を想う、唯一の方法なのだ。

「…………」

 ポケットに入れていたあるものを取り出す。

 それは、昨日涼香から……もらったチョコ。昨日床に散らばったものをまた包んで部屋に隠していた。今日涼香が来たらそのお礼と、美優子に話にいけと言おうとしていたのだ。

 同じことの繰り返し、だけど。その必要もなかった。

「……あむ」

 取り出したチョコの包みをはずして口に入れた。

 パウダーに包まれたチョコを舌の上で転がす。

(……甘い)

 舌の上でとろけていく。大好きな人にもらった、嬉しくて、悲しかったプレゼント。悲しいのに、惨めでたまらないのに、嬉しいのが否定できない。

 涼香を想う、想っていたい。涼香への想いをなくしてしまったら、この苦しみも悲しみも、涼香にもらった嬉しさも楽しさも、涼香との思い出までなくなってしまう気がして恐ろしかった。

 そんなことはないと、そんなのはただの思い込みとわかっても私は涼香から離れるなんてことができないと今回のことでわからされてしまった。

 地獄の中でささやかな幸せを得ることが私の……生きる……理由なのだ。

(だから、涼香。あなたを想うことだけは、許して……お願い)

 

 

 その日涼香とあったのは夕飯を食べ終えて部屋に戻ったあとだった。夕食の時間ぎりぎりの食堂は人もまばらで静かな中の食事だった。

 涼香と顔を合わせるのは正直気が重く部屋に戻るのも簡単なことではないが、会わなければ会わないで涼香に余計な心の負担をかけてしまう。

「……はい」

 部屋に戻った私は、涼香と二言、三言言葉を交わすとその後はお互い無言で、【いつもの】場所で沈黙に耐えていた。

 それに耐えかねたのは私。

 めずらしく涼香好みの緑茶を入れて涼香に差し出した。

「あ、ありがとう」

 斜めの位置にいる涼香はその茶碗を受け取ると軽くお礼を述べた。

「……………」

 まだ熱いお茶に一口口をつけ、また黙ってしまう。

(私が、話をしなきゃ……)

 涼香の立場からすれば、私に今日のことを言うのはできることじゃないはずだ。涼香が私の痛みを知っているのならなおさら。

 笑顔、といわなくても親友……友達、として振舞わなければ。

(……できる、わよ)

 してきた、じゃない。笑顔で嘘をつくなんて、あの日からずっとしてきた。

 できる、はず。

 平然と嘘をつくことなんて、慣れてしまえば簡単なんだから。

「涼香」

「っ、なに?」

「今日、美優子と一緒だったわね」

「う、うん」

 っふ。らしくない、らしくないわよ。涼香。そんな顔しないでよ。

「仲直り、できたの?」

「……うん」

「そう、よかった」

ここで、私のおかげとか言わないだけまだすくわれる。

これは儀礼。ただの通過儀礼。わかりきっていることを確認して、…………友達に戻る、ための通過儀礼。

 ここで友達にもどる、少なくても戻ったふりをすれば涼香は美優子と仲良くするのに後ろめたい気分になることもない。

(もっとも、私のことをそんな風に想ってくれるのならだけど)

 いや、涼香がそんな風に愚かだから、私はこんなことをしてるのだ。

 そして、これが涼香のためなのだ。これからも私は傷ついていく。しかし、これが罰と責任。

 涼香のために心を犠牲にする、それが私の……愛。

 そう言い聞かせて私は、涼香の友達を装うのだった。

 

 

 ずっ、めずらしくせつながいれてくれたお茶を一口飲む。

 紅茶よりも圧倒的に緑茶のほうが好みな私にとっては嬉しいはずなのに、真水でも飲んでいるかのように味気なく感じる。

「そう、よかった」

 せつなが嘘をついているのがわかる。

 せつなの行動が、言葉が私のためだってわかるからせつなが嘘をついてるって、昔の私のようになんともない顔で嘘をついて傷ついてるってわかる。

「うん」

 わかっても、わからないふりをしなきゃ。

 それが、せつなのためなんだ。

 嘘をついているせつな。

「……昨日の、チョコ、もらったから」

「あ、そ、そうなんだ」

 友達、私たちは友達。

「おいし、かった?」

それをせつなは望んでいるはず。

「……えぇ。」

 嘘をついているせつなに

「そっ、か。よかった」

だまされたふりをする私。

「ホワイトデーはおかえし、するから。期待はして欲しくないけど」

「あ、はは。期待させてもらうよ」

 ぎぐしゃくした会話。でも、友達の会話。

 これでいいのかはわからない。でも、私がせつなにできるのはこれ、なんだ。友達を演じる、ことなんだ。

 せつなの望む友達を演じること。

 それが私がせつなのためにできる唯一のことなんだから。

 

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